12 彼だけは撮ってみたい
俺はとぼとぼと帰路についた。
目録、気に入ってもらえなかったのかな。方針を変えろと言われるかもしれない。そりゃビジネスとしては、余計なことをしないで手早く終わらせるのが正解か。
情けない気分で寮に帰り、ベッドへ身を投げ出した。
「最後までやりたいな」
つぶやいたところで、決めるのは礼知さんだ。
仕事が遅いから交代だよ。
王子様みたいな笑顔で告げられるのを想像したら、なかなか寝付けなかった。
昨日の不安を引きずったまま、俺はおそるおそる社長室へ出向いた。
「おはようございます。カギを取りに来ました」
「うん。よろしくね」
礼知さんはいつも通りに見えるけど、不満は早めに聞きだしてリカバリに努めたい。
「礼知さん、お屋敷のことなんですが、もうすこし手早く片付けたほうがいいでしょうか!」
「ゆっくりでいいって言わなかったかな?」
「はい。そうなんですけど」
俺は両手をもぞもぞ動かした。正直、もう少し屋敷で作業したい。そのためにはカギの受け渡しの時間をズラしてもらいたいところだけど……。
それだと、礼知さんに迷惑をかけてしまいそうだし。
「それとも、もう面倒になった?」
彼の目が探るように細められる。俺は慌ててぶんぶん首を振った。
「逆です! 俺、ちゃんとやりたくて! がんばりますので、どうかよろしくお願いします!」
「うん。無理はしないように。彗、このところ疲れた顔をしてたから。帰りの時間を早めようか?」
「いえ、それは大丈夫です! バスの時間もあるし」
「そう? なんか彗はさ、時間を区切っておかないと永遠に仕事をしそうだと思ってね」
俺は思わずギクッと肩を震わせた。バレた!?
「……わかってると思うけど、週末の持ち帰りなんかも絶対ダメだからね」
ダメなんて言う割に礼知さんの顔も声も優しくて、俺はますますうろたえた。
ベータの体調を気にするなんて礼知さんは本当に変わってる。
「その……、ありがとうございます。無理はしてません」
「よし、じゃあ今から言う番号をメモして」
「はい」
反射的にメモアプリを開いて、彼の言う番号を入力、復唱する。
「電話番号ですか」
「そう、私用のね。今度からなにかあったらすぐにここへ連絡して」
サラッと言われて、俺は驚いてしまった。私用って、そんな簡単に教えていいのかな。この人の危機管理能力どうなってんだ。
「す、すごいお守りっすね」
「お守りじゃなくてちゃんと使って。なんならモーニングコールをくれてもいいよ。彗の声を聞いたら、爽やかに目覚めそうだ」
どこまで本気なのかまったくわからん。とりあえず流す方向で!
「ありがとうございます。なるべく使うことのないよう気を付けますね」
なんでムッとしてんだろ。もめごとなんてないほうがいいじゃないか。
さいわいなことに、仕事は順調に進んだ。おかげで電話を掛ける機会はまだない。
屋敷に行くと、俺はまず、すべての窓を開けて空気を入れ替える。
玄関ホールは大物でみっちりだったが、二階もなかなかにすごかった。
広間に、どこかの民族の仮面がずらっと並んでるのを見たときは、「手広いな!」って突っ込んでしまったくらいだ。誰もいないのに。
中身が謎の箱も大量にあって、そういうのは部屋から廊下へ運び出し、ほこりを払い中を検めていく。
今回出てきたのは置時計だ。写真を撮って元の箱に戻し番号を振る。
開けてみないと何が入っているかもわからないのが面白い。
夢中になって作業をするうち、すぐ昼になる。
俺は勝手口から庭へ出た。
生垣はきれいに刈られているし、雑草もない。やっぱり誰かが毎日手入れしている気配がある。
これは庭師さんがいるな。
外で食べるとコンビニ弁当でも美味しく感じるけれど、少し皮肉だとも思う。
庭はこんなにも喜びに満ちているのに、屋敷の中はひっそりと枯れている。
もったいないな。いいお屋敷なのに。
俺の座るベンチだって、おそらく毎日掃除されている。主は不在で、座るのは俺ばかりだってのに。
よし休憩終わり!
――と思ったが、ほんの少し寄り道だ。
正面玄関から入ると、広い玄関ホールの左手には赤いカーペットの敷かれた階段がある。
そこから礼知さんがゆったりと降りてくるところを想像してみる。
いいな、似合うな。
今日のぶんの作業を終えて、バスに揺られながら俺はまた考えた。
住まないかな、礼知さん。
気づけば脳内でカメラを構えていた。
人間を撮りたいなんて、今まで思ったこともないのに。
礼知さんの写真は撮ってみたい、なんて……。
ちょっとおこがましいことを考えた。




