11 なんで渋い顔してるんだ
「いいか、くれぐれも、くれぐれもっ! 失礼なことをするんじゃないぞ。品物を扱うときは手袋をつけろ。壊してしまったときは絶対に隠すな。すぐに謝るんだぞ!」
「わかってますよ」
チーフときたら、朝からずっとこの調子だ。そろそろ出かけたいな。
さりげなく壁の時計をチェックしたら、見咎められてしまった。
「本来なら、おまえみたいなのは表に出せないんだ。和倉様からご指名いただいたからといって、いい気になるんじゃないぞ!」
「遅刻は失礼に当たらないんですか? このままだと俺、約束の時間に遅れそうなんですが」
「さっさと行けえっ!」
唾を飛ばす勢いで怒鳴られて、俺は上着をひっつかんで駆け出した。
バス停から緩やかな坂を上っていくと、やがて緑の屋根が見えてくる。
今日も楽しみだな!
ここには、ありとあらゆるものがパズルみたいに押し込められている。
陶器、彫刻、絵画、アンティークレース、古書、家具や食器の類。
倉庫へ移動するにしても、先に虫干ししたほうが良さそうなものもある。
急がなくていいということだったので手入れをして、写真を撮って番号を振り、箱に詰める。
大きなものは人を呼んで梱包してもらい、倉庫に運んでもらうという流れにした。
ちなみに記念すべき目録の第一号は、玄関にどーんと置いてあった木彫りのクマだ。
アレがあると物を出し入れできないから、うっかり愛着を持ってしまうまえにお別れだ。
作業は大変だけど気は楽。
毎朝、礼知さんのオフィスに顔を出し屋敷のカギを借り、帰りに返却する。礼知さんからの指示はこれだけだ。
問題があるとすれば、鍵を返したあとのことで――。
自社に戻ると先輩たちが俺の帰りを待ち構えているんだよ。
「きたきた榎並、これ集計頼むわ」
「悪いけどこっちも。明日までに申請書出しといてもらえるか?」
「数字合わねえ、突合手伝え」
目の前に次々差し出される書類を見て、さすがの俺も顔をしかめた。
「いいっすけど。たまには自分でやってくださいよ。俺だってまとめなきゃならないやつがあるんですよ」
「おまえが困ってるとき、どんだけ助けたと思ってる」
「う、はい。その節は……」
すぐ飛びそうな俺のクビが繋がってるのは、先輩方が大いにかばってくれたおかげだしな。
そうして俺は、昼間はお屋敷の整理、夜は事務仕事をすることになった。
忙しいけれど楽しい日々だった。
礼知さんのおじい様は相当な目利きだ。コレクションを見ているだけでも面白い。
俺は手に乗せたまんまるい猫の置物を見て思わずうなった。
猫の要素を極限まで減らしているのに、ちゃんと猫だとわかる。
「この子はやっぱり、座布団に乗せたい感じかな」
目録のための写真だけど、無味乾燥なものにはしたくない。いいものだからさらによく見せたい。どうせなら魅力的に撮ってやりたい。
そんなわけで、箱にしまう頃にはすっかり愛着が湧いている。しまい込まれるだけじゃなく、いつかちゃんと使ってもらえたらいいな、なんて。
「礼知さん、目録こんな感じで作ろうと思うんですけど、どうですか?」
ある程度テンプレートができたところで、俺は目録の見本を印刷して持って行った。
同時に、パソコンの画面も見せる。
写真は正面・側面・背面、それに銘や箱も。素材や用途で検索もできるようにした。
印刷するときはすっきりしたカタログ風に。ついでにポストカードに加工できる仕様は……ちょっと遊びすぎかも。
「うん。すごくいいね」
そう言いつつも、礼知さんは顔を曇らせた。
「だけど彗、これはいつどこで作ったの?」
「カギを返したあと、会社で、ですけど」
「そうとう時間がかかっただろ」
「最初だけちょっと。けど、枠組みさえ作っちゃえばあとはもう入力するだけなので。そんなんでもないです。写真は昼間撮ってますし」
なんだろ。なんで礼知さんは渋い顔してるんだ?
「あ! もしかして、いくらなんでも時間かけすぎでしょうか。それとも、うちの社にデータを置いてちゃまずかったですか!?」
「うーん、そういうわけじゃないけど」
そう言いつつ、礼知さんはまだどこか不服そうだった。




