10 じわじわ喜びがこみ上げた
「この前はすまなかったね。無駄足を踏ませてしまって」
俺は、改めて礼知さんに呼び出されていた。
「いえ、俺は別に。この部屋にあるもの、どれも目の保養になりますし」
「彗の目当ては部屋なの?」
礼知さんは少し首を傾げ、笑みを深めた。
「推しはこのローテーブルですね! 脚が龍の爪になってるんです。ほら、玉を掴んでいるでしょう? かっこいいなあ!」
俺は両手でフレームを作って、絵になる角度を探した。そして今が仕事中だと思いだして、そろっと居住まいを正す。
「……すみません」
チラッと礼知さんを見ると、口元を隠すようにして微かに震えてる。
怒ってはいないな、笑ってんなあ。
恥ずかしさを堪えてじっとしていると、彼は「部屋と言えば」と本題を切り出した。
「あの部屋も好評だよ」
というのは、俺が中を設えたオメガルームのことらしかった。
「特に祖父が気に入ってね」
「へえ……? オメガちゃんは気に入ってくれなかったんでしょうか」
「うん? 祖父の評価よりもオメガの評価の方が気になる?」
「え? ああ、なんか、有名な人なんでしたっけ? 経済発展の立役者? みたいな」
すると礼知さんは小さく吹き出した。笑いのスイッチ入っちゃったのかな。
「君にかかれば祖父も形無しだな」
「す、すみません。雲の上すぎるとあんまりその……」
「雲の上、ね」
礼知さんはふっと顔をそむけた。ほんの一瞬浮かべた寂しげな表情を繕うようにして、笑みを纏う。
「君が気に入ったといったそのローテーブルも、もともとは祖父のものなんだよ」
何だ今の、気のせい――?
戸惑いながらも俺は知らないふりでそっちの話題に乗った。
「へえ! めっちゃ趣味がいですね!」
「祖父はコレクター欲が強くてね、古いものでも新しいものでも、気に入ったものを次々集めてしまうんだ」
俺の中で礼知さんのおじい様が、『なんか偉い人』から『素敵なコレクションを持ってる人』にランクアップした。
ちょっと見てみたいな。
「……気になる?」
「はい、少し」
礼知さんの手前、俺は遠慮がちに頷いたけど、本当はかなり興味がある。
「じゃあ、ついておいで」
礼知さんに連れられて、俺は運転手付きの高級車に乗り込んだ。
車はオフィス街を抜け、緑の多いエリアへ向かった。
たどり着いたのは、二階建ての洋館の前だった。文化財とかに指定されていそうな雰囲気だが、少々荒れている。
白い壁はひび割れているし、緑の屋根は塗装がはげている。
それでもふしぎと、庭だけはきちんと手入れされていた。
「もともとは祖父が住んでたんだ」
「素敵なお屋敷ですくま」
おっと、変な語尾みたいになっちゃった。
玄関開けてすぐのところ、そこにアナタがいたんじゃ中に入れませんよね? みたいな位置に木彫りのクマがドーンといるんだもん。
「クマ……?」
説明を求めて礼知さんを見つめても、玄関ポーチの柱に手をついて声もなく笑っているし。
意外と笑い上戸なんだな。
「すごいだろう? 祖父は収集癖があってね」
まだ笑いの余韻を残したまま、礼知さんが説明してくれた。
屋敷の中に入る気はないらしく、扉の前に立ったままだ。
「ここを物置にしてたんだけど、そろそろ収まりきらなくなってきたから、新しく倉庫を作ったんだ。そこで、君にこの家の整理を任せたい。君は物の扱いも丁寧だし、悪さもしなさそうだしね」
「ちなみに期限は?」
「期限?」
礼知さんは首を傾げているが、ここはなんとか説得しないと俺が死ぬ。
玄関から少しのぞいただけで、屋敷の中が大変なことになっているのがわかる。
まったく整頓されないままの、博物館のバックヤードみたいだ。
「人手集めて全部手放してがーっと片付けるというなら一日で済みますよ! そうじゃなくて目録作ってしかるべき場所に保存するんですよね!」
「目録か。あるといいかもね。そうだね、作ってもらおうかな」
これは、大変な仕事だぞ。
内心で冷や汗をかいていると、礼知さんはひらひらと手を振った。
「ああ、ゆっくりでいいよ。期限はね、特に考えていない」
「期限がない?」
――って、どういうことだ?
礼知さんは遠くを見やった。
「祖父が存命中はね。中身も増殖すると思うから」
「な、なるほど?」
その時は、まだどこかふわふわしていた。
だけど屋敷を後にしたあと、じわじわ喜びがこみ上げた。
これって、礼知さんが俺を信じて仕事を任せてくれたってことだよな。
それになにより、あそこにあるもの、面白そうな物ばかりだった。
見るだけじゃなく、手入れまで任せてもらえるなんて!
俺は急いで社に戻った。
「チーフ! 俺、礼知さんから新しい仕事を仰せつかりました!」
「和倉様とお呼びしろといってるだろ、榎並ぃ!」
チーフは額に今日もみごとな青筋を立てた。
黙って聞いていると長い長い説教が始まってしまう。
「それよりチーフ、頼まれた仕事っていうのがあや――和倉様のお祖父さまのコレクションの整理でして。目録を作りたいそうなんでカメラを借りてもいいですか。しばらく借りっぱなしになっちゃうと思うんですけど」
みんなスマホを使うからな。
でも、せっかくのカメラをしまい込んでおくのももったいない。
なんてカメラに思いを馳せている間、チーフから返事がなかった。
彼はカッと目を見開いたまま、口もパカッと開けたまま、なにやら放心していた。
うん?
なんか俺、変なこと言ったっけ?
うしろで聞いていた井上先輩が、おそるおそるといったふうに声をかけてくる。
「なあ彗。今、和倉様のお祖父さまって言ったか? まさか功斉様じゃないだろうな」
「そうですよ」
「だ、大丈夫なのか?」
井上先輩は心配そうに口元に手を当てた。
「倉庫の整理ですよ? ご本人と会うこともまずないでしょうし、会っても俺、挨拶くらいはできますよ!」
なのに、みんなしてそんな悲愴な顔しなくてもいいと思う。
「アルファが、雲の上の人ってところは変わんないんだし。相手が誰でもやるべきことに変わりはないって、チーフだっていつも言ってるじゃないですか」
「それは最大限相手を敬ったうえでの話だ! 壺河様に楯突いた件を忘れたのか!」
チーフが叫んだ。
「そうだなあ、おまえの場合はちょっと説得力がな」
新人のころから面倒を見てくれる井上先輩にまでそう言われると、さすがの俺も言い返せない。
喜んで使ってくれるの、礼知さんくらいだしな。




