表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/13

1 街で一番

(けい)、今すぐ脱いで」


 きちんとしたスーツに身を包んだ男性から冷たく見下ろされ、俺は作業着の襟元をぎゅっと掴んだ。

 二人で並んで話すには少々狭いクローゼットルーム。

 アルファとベータにはあるまじき距離感だが、断じて色っぽい話ではない。

 

「あ、礼知(あやと)さん、落ち着いてください。これは違うんです!」

 顔の怪我を隠すように腕を上げたのは失敗だった。袖口が少し下がって、紫に変色した手首を見られてしまった。

 しかも、かなり、じっとりと。


「自分で脱げないなら私が脱がそうか」

 この人ならやりかねない。

 焦った俺は、言い訳を放り出して起こったことをすべてぶちまけた。


「いや、誤解なんです! 出禁のはずのベータが着ぐるみダンスを披露した挙句、お嬢さんと駆け落ちするなんて騒ぎになったら――誰だって殴りたくもなるでしょう!」


 いつも品行方正な礼知さんが、ぱかっと口を開けたまま黙り込んだ。

 ああ、俺ときたら……。

 なんでよりによって彼に、こんな顔をさせちゃうんだろう……。


 高校の卒業式を済ませたその足で、俺は便利屋として働くためにこの街へやってきた。

 そして初仕事でさっそくクライアントの不興を買った。

 その因縁の相手をさらに怒らせちゃったわけだから、今度こそクビは免れない。


 本当にどうして、こんなことになっちゃったんだろうな。

 そう、はじまりはあの日――。

 ダサすぎるパーティー会場の飾りつけに、思わずうなり声をあげたことがきっかけだった。


   ◇  ◇  ◇


 


(けい)、何やってんだ。ほら、そっち持って!」

 先輩の怒鳴り声はもちろん聞こえていたが、俺はうーんと首をひねった。

「本当にこの、歯茎みたいな色の壁紙貼っちゃうんですか? 白いピアノに合わせるならせめてもう少しスモーキーなピンクの方が……」

「歯茎っておまえな……、それがクライアントの依頼なの! 教えただろうアルファの命令には――」

「よろこんで!」

「よし、分かってんならちゃんと持ってろ!」

「へーい」


 返事はしたものの、俺は顔をしかめっぱなしだった。

 明日のパーティーのために、作業着姿の男たちがあちこちで忙しそうに働きまわっている。

 俺もその一人。

 

「でもこれ、クライアントのお嬢さまの、誕生日パーティーでしたよね?」


 お嬢様の好きな色がピンクという話だったけど、本当にこのピンクか?

 それに明らかに盛りすぎだ。


 ステージ中央のピアノは辛うじて白だった。だが、床にはウォールシールのハートが気持ち悪いほど貼られているし、背景には「LOVE FOREVER」と書かれた謎のネオンがかかってる。


 客席に並ぶのは真っ赤なデザイナーズチェア。

 なぜかラッピングペーパーに包まれている。

 これって、座っていいもの?

 コンセプトがいかれたパーティーとかならわかるけど、お嬢様の十四歳の誕生日にこれはない。

 同情しちゃうよ。


 よく、先輩たちは黙っていられるよな。

 ひょっとして、おっさんたちには、この酷さがわからない?


 設営が終わった後も、どうしても引っかかってしまって、俺はこっそりと会場に戻ってきた。

 提案の範疇で、なんとかもうちょい改善できないかな。

 などとおせっかいなことを考えていたのだ。

 そして大きなため息をついてしまう。


「無理だな。せめてあの壁紙を引っぺがせばマシになるだろうに」


 簡単にはがせるぞと、悪魔の囁きが聞こえてきそうだ。


「だったら何とかして頂戴!」


 不意に幼い声が響いて、俺は慌てて振り向いた。そこには中学生くらいの少女が立っていた。ツインテールに黄色のふわっとしたスカートの。この子まさか……。

 


壺河(つぼかわ)様の――お嬢様ですか?」

「そうよ! ねえ、それよりあなた、これ直せるんでしょう!?」


 お嬢様は涙目だった。やっぱりこの惨状はお父上の暴走か。

 同情はする、だけど理性はやっちゃダメって言っている。


「手直ししたいのは山々ですけど、クライアントの指示ですから」

「いやよ、あたし、こんなの!」


 あたし、だって。

 都会の女の子は、こんなしゃべり方をするんだな。

 地元のクラスメイトとは全然違って、気取った感じだ。古い映画にでも出てきそう。

 俺はちょっと逃避気味にそんなことを考えた。


 女の子の宥め方なんて知らないし。

 ところが黙っているうちに彼女の声が震え始めた。


「明日はお友達も来るのよ? それなのにこれじゃ品がないって笑われちゃうじゃないの」


 ヤバいかな、これ。

 クライアントを裏切るのと女の子を泣かせるの、どっちが重罪なんだ?


「ねえ、聞いてるの!」

「あー、申し訳ございませんお嬢様、社の決まりでそういったことはできないんです」

「だって、あたしの誕生日なのよ!」


 彼女は両のこぶしを固く握って、ぐっと涙をこらえていた。

 ここで彼女が、その涙を一粒でもこぼしていたのなら、俺は逃げ出していたかもしれない。

 けれどお嬢様は譲らなかった。

 その姿勢に感服したとか同情したとかではない。

 俺は彼女の気持ちを言い訳にして、自分の美意識を守ったわけである。


 下品なピンクの壁紙と、椅子をくるんでいた謎のラッピングを外す。

 ステージ上のハートのウォールシールもかなり減らした。減らしただけと自分をごまかして。


 そのあともちょいちょいと調整した結果、お嬢様にはお褒めの言葉をいただいた。

「信じられない、パパのセンスじゃないみたい! 可愛い!」

 パパのセンスではないですねと、ツッコミは心の中に留めた。


「お嬢様、お父上に伝えてくださいね、自分の望みだって。ちゃんと取りなしてくださいね!」

「ええ、もちろんだわ!」


 当日はお嬢様も大満足、クライアントである壺河様も笑顔だったらしいから、これはセーフかなと安心していたのだけど、あとから乗り込んできて怒られた。


「娘のために考え抜いた装飾をなぜ変えたんだ! 指示通りにできないベータなんぞ存在する価値もない! こいつを辞めさせろ!」

 反論しかけた俺の頭を、チーフが無理やり下げさせた。


「申し訳ありません壺河様、榎並はまだ研修中でございまして! 今後このようなことがないよう、きちんと教育してまいります!」

「こんな若いだけのろくでなし、留め置いて何になる! 何がアイドルみたいな顔だ!」


 お嬢様、取りなすどころか、さては余計なことを言ったな?

 顔は関係ないだろ。

 

 顔をあげて反論しかけたが、教育係の先輩まで俺の頭を押さえつけた。

 

「コイツ、高校卒業したばっかりで、まだ何も知らないんです! お許しください壺河様」


 チーフと教育係の先輩が必死にかばってくれなければ、初日でクビになっていたところだ。

 まあ、社にとってはそっちの方がよかったのかもしれないけど。


 壺河様は怒鳴りこんだだけでは収まらず、俺のしでかしたことをあらゆる場所で喧伝した。


 おかげで俺はあっという間に、街で一番評判の悪いベータになってしまった。

 だけど捨てる神あれば拾う神あり。


 どうやら面白い奴がいるらしいと、却って俺に興味を持った人がいる。

 それが礼知(あやと)さんだった。

 彼はこの街でその名を知らない人はいない――和倉(わくら)家の一員だ。



 




お読みいただきありがとうございます。

だいたい21時ごろ、毎日更新する予定です。

よければ、【ブックマーク】や【評価】で応援いただけると、執筆の励みになります!


※感想欄について

いただいた感想はすべて大切に読ませていただきます。

現在、連載(完結まで)を最優先しているため、個別のお返事が難しい場合がございます。あらかじめご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ