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落花情あれども流水意なし

 アルニカは成長した。ビザを手に、海外へ出稼ぎ。

 遠い海を渡り、見知らぬ街と既に数単語知っている言語の空気を吸い、

 その地で彼女は、緊縛師としての技能を身につけた。


 手縄ひとつで、力と意志を具現化する術を学ぶ。

 相手の命を預かる行為。確かな技術なくしては成り立たない。

 アルニカはそれを、まるで自分の身体と精神の拠り所として扱った。


 アルニカはビザが切れる前に、帰国の途についた。


 国いちばんの空港。

 滑走路の光が夜の闇に溶け、旅客たちのざわめきが重なる中、アルニカの目はふと、昔馴染みの顔を捉えた。


「オンデン……?」


留学から戻ったオンデンが、こちらを怪訝な顔で見つめていた。


「緊縛師? まったくすばらしい。じつにHENTAI国家らしい職業だ」


あわてて入ったバーの片隅。

彼の瞳には、かつての幼馴染の面影はなく、今のアルニカを、SM嬢として認識していることが透けて見える。


「……まあ、うちに来なよ。アルニカ」

オンデンの声は低く、落ち着いていたが、どこか遠い響きもあった。


アルニカは軽く息を吐くと、無言で頷いた。

その後、彼の研修医生活に混ざる形で、アルニカは同居することになった。

研修医として忙殺されるオンデンの生活リズムに、自分を埋め込むようにして。


だが、生活の中に静かに流れる不満と緊張が、やがて表面化する。

ある晩、些細な会話が火種となった。


「借金して勉強? 払えなくなったらどうするの? 私のヒモになる気?」

アルニカの声には怒りと不安が混ざる。


しかし借金のカタに小学校すら出して貰えなかったアルニカは、知らなかった。

奨学金制度という仕組みそのものを。


「はあ? 僕を君たちと一緒にするなよ! そんなわけないだろ……!」

オンデンも声を荒げた。

病院での疲労蓄積と、医師見習いとしての責任感で張りつめた声。


雨が降り始めていた。

土砂降り。窓を叩く雨音が、二人の声をかき消すように重なる。

アルニカは息を切らし、衝動に駆られた。

言葉を紡ぐより先に、彼女はアパートを飛び出した。


濡れそぼる街路、雷鳴に混じる轟音の中で、足元の水たまりがはじける。


降りしきる雨に打たれながらも、アルニカは止まることを知らなかった。

土砂降りの夜の街は、まるで彼女の心の内を映すかのように、冷たく、濡れそぼっていた。


「……さよなら、オンデン」

心の奥底で、アルニカは自分に言い聞かせる。

流水は意を変えず、心の黄色い花はとうに散ってしまった。

アルニカは雨の中を歩き続けた。





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