ハロー、ミスター
市場の朝は、いつも騒がしい。
明るいネオン街。
氷の上に並べられた魚たちは、色艶や重さで値踏みされる。
アルニカはその中のひとつの魚のように、静かに並べられていた。
足音が近づく。大きな声も、笑い声も、すべて彼女には遠くの音。
でも、視線は刺すように肌を撫でる。
誰も声をかけないのに、存在を計るように見つめられる。
胸の奥で、心臓がぎゅっと縮む。
言葉にならない不安が、足先から頭のてっぺんまで伝わる。
「こいつはどうだ?」
「鮮度バツグン! 新鮮ピチピチ!」
「ああ、やれやれ。ここまで来た甲斐があった」
声は軽く、魚を値踏みする。
店主にケチを付けては、値切る。
アルニカは、目を伏せ、手を握りしめる。
市場の喧騒の中で、彼女の世界は止まった。
誰も助けてはくれない。誰も手など差し伸べない。
見えない資本の力学にたゆたうだけ――
ただ、流れに沿って、誰も彼もが加害欲に突き動かされるだけだ。
氷の冷たさが、足元だけでなく心にまで染みる。
通路の向こうから呼ばれる偽の商品名、声、どこかでめくられる紙幣の音。
それは、世界が淡々と回る証拠のように聞こえた。
アルニカは思った。
この都会に、自分の居場所を見つけることはできない。
けれど、生魚が生き延びるためには、ただ耐えて、観察するしかないのだ。
市場の騒音の向こうで、幼馴染みの声が聞こえた気がした。
けれどそれは幻だ。彼は貧しい村の学校で苦学生。
アルニカは氷の上に立つ魚のように、静かに呼吸を整え、次の瞬間に備えた。
「ハロー、ミスター」




