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4.4薬屋のアレンとユア

 ユアは一人取り残されると、棚に置いてあった本の一冊を取り出して読み始めた。窓から運ばれた風が粥を食べて熱くなったユアの身体にちょうどよかった。ユアは、柔らかな木々の匂いと、涼しい空気に身を包みながら、少しずつ本のページを捲っていった。


 本の三分の一程度を読み終えた頃、少し肌寒さを感じ始めたユアは窓の扉を閉めようと立ち上がった。

薄いレースのカーテンを開けると、白い岩肌に点々とした緑が目立つ大きな岩山の中腹と下から舞い上がってきた一羽の鷹が目に入った。空高くに飛んだ鷹が再び下降していくのを目で追えば、眼下には海のように広い森が広がっていた。

 朝の光を浴びた木々の緑は輝きを増し、葉は柔らかな風を受けて波のように揺れている。葉が揺れて重なり合う優しい音がなんとも心地が良かった。


 窓から身を乗り出して真下を覗けば、この家は辺りよりも盛り上がった岩地の上にあることが分かった。その盛り上がった岩地に、頭一つ突き抜けた煙突のような岩が、植物のように地面から生えている。森を見渡せば、同じように煙突型の岩が密集して、あちこちに点在していた。昨日見たアスタリアの集落とは、土地の環境も家の造りもかなり異なっていた。


 南側の窓を覗けば、先ほどの景色とは打って変わって、連なった煙突型の岩屋を近くで見ることが出来た。向かいの煙突型の岩屋では、女がせっせと家事を行う姿、岩屋と岩屋の間の道には、椅子に座って談笑する老人たちや子供が駆けまわる姿が見えた。

 ふと、視線を感じて目線を上げれば、家事をしていた女と目が合い、ユアは思わず窓を閉めて身を隠した。少し早くなった鼓動を落ち着かせるために、再び本を読み始めようと思ったところで、誰かが家の扉を叩いた。


 アスラが言っていたカテラという人かもしれないと思ったユアは恐る恐るドアを開けた。すると、目の前には、ユアと同じくらいの年と思われる青年が立っていた。

 ユアを見た瞬間、青年の目は険しくなった。そこをどけと言わんばかりの青年の目を見てユアは扉から離れると、青年はユアを無視して部屋の中に入りこんだ。


「カテラさん、薬を持ってきました。」


 そう言いながら、青年は部屋を見回したが、カテラがいないことが分かると机の上に、薬が入っていると思われる布の袋と大きな葉の小包を置き、部屋を出ようとした。


「勘違いするなよ。」

 

 扉の脇に立つユアの前を通り過ぎた時、青年は呟くようにそう言った。突然かけられた言葉に驚くユアに構う様子もなく、青年は言葉を続ける。


「ここに薬を届けたのはお前のためじゃない。カテラさんに頼まれたからだ。俺は、お前らがやったことを許さない。」


 青年のむき出しの敵意が細い針となって、肌に深く刺さっていくのを感じた。

 ユアは青年に言葉を返そうとしたが、どうしても言葉が喉に詰まって、声を発することができなかった。糸くずのように喉で絡み合った言葉を何とか解いて、大きく息を吸い込んだ時、部屋の扉が開いて、朗らかな女の声が響いた。


「アレン、もう来ていたのね。」

「カテラさん。薬、机の上に置いておきましたから。」

扉の前に立つカテラを見て、アレンは表情を和らげた。

「ありがとう、アレン。お茶でも飲んでいく?うちからおいしいお茶を持ってきたの。」

そう言いながら、カテラは部屋の中に入って持ってきた荷物を置いて、台所でお湯を沸かし始めた。


「ありがとうございます。でも、まだ届けなきゃいけない薬があるんです。」

「じゃあ、せっかくだし、これ少しお裾分け。ナラと飲んで。」

カテラは袋に入った茶葉を、別の殻の袋に半分移すとアレンに渡した。

「いいんですか。じゃあ、遠慮なくいただきます。」

「薬、ありがとう。気を付けて配達へいってらっしゃいね。」

アレンはカテラから茶葉を受け取ると、薬の配達へ戻っていった。


「おはよう。そこに腰かけて。傷の具合を見るから。体調はどう?」

カテラはアレンを見送ると、扉を閉めユアに声を掛け、椅子に座るようユアを促した。

「昨日より、身体がだいぶ軽くなりました。」

ユアは椅子に座りながらそう答えた。

「そう、それはよかったわ。アレンの作った薬が効いたのね。包帯を変えるから、服を脱いでくれる?」


 ユアはカテラの指示に従い、ワンピースのボタンを開けて、包帯だらけの身体をカテラに見せた。カテラは腹に巻かれた包帯を取って、糸で縫われた傷の塞ぎ具合を確認した後、ユアが自身の治癒魔法で塞いだ傷の跡に触れた。


「本当にすごい。あなたは、傷を塞ぐ以外にどんな治癒魔法が使えるの。」


「火傷を和らげたり、傷跡を薄くしたり、あとは痛みを和らげたり、私は医者じゃないから、それくらいの簡単な魔法しか使えないし、魔法の質もそんなに高くないんです。」


「でも、ルアーニア人は、治癒魔法を扱える人がいないから、そんな魔法が使えるのが羨ましいわ。」


 カテラはユアの腹に新しい包帯を巻いた。他の小さな傷には、先ほどアレンが置いて行った大きな葉に包まれた塗り薬を塗っていった。

 ユアは小さな頃から、塗り薬が傷口に染み込んだ時のツンとした痛みが苦手だったが、今カテラが塗っている薬はねっとりとしていて、傷口を包み込んでいるような感覚が気持ちよかった。でも、あの薬屋の青年はこの薬をアスタリア人に使わせたくなかったのだろうなとユアは思った。


 ユアの身体中についた傷を一通り見終えると、カテラは治療の最後に、小袋に入った赤い粉薬をカップに入れ、お湯で溶かしたものをユアに飲ませた。その赤い飲み薬を口に含むと、強い酸味が一気に広がって、ユアは思わず顔をしかめた。


「これはね、身体の中で血を作る必要があるときに飲む薬なの。酸っぱいだろうけど、我慢して飲んでね。」

薬を飲んで顔をしかめたユアを見てカテラは言った。ユアは何とか薬を飲み干すも、しばらく経っても、口の中にまだ薬の味が残っているのを感じていた。


「今日もこのままゆっくり休んで。また、明日様子を見に来るわね。」

ユアが薬を飲み干したのを見て、帰る支度を始めたカテラに、ユアは慌てて礼を言って頭を下げた。

「あの、アスタリア人なのに、私のことを助けてくださってありがとうございました。」

「いいの。気にしないで。」

あっさりと返されたその言葉にユアは満足できず、もう一歩踏み込んだ質問をしようと大きく息を吸った。


「一つ、聞きたいことがあるんです。」

「なに。私で答えられることならいいけれど。」

「なぜ、私を助けてくれたんですか。アスタリア人はひどいことをしたのに…。集落を破壊したし、大切な人の命もたくさん奪ったはず。」


ユアがルアーニア人に助けられてから、ずっと考えていたことだった。


「私のことなんて、簡単に見殺しにすることだってできたのに。」


「私は、アスタリア人のしたことを許しているわけじゃないの。さっきの、薬屋のアレンはあの戦いで父親を失ったの。母親は妹のナラを生んだ時に亡くなってしまっていて、今はたった二人でなんとか生活を成り立たせている。それだけじゃない、もっといろんな人があの時アスタリア人に傷つけられた傷を抱えながら生きている。」


そう言ってカテラは、アレンが持ってきた薬を掌の上にのせて、じっと見つめると、そのまま荷物入れの袋にしまい込んだ。


「だから、私はアスタリアという国が行ったことを許すことはできない。でも、それとあなたを助けることは別だと思うの。ただそこに倒れていた一人の女の子だった。だから、あなたを助けようと思ったの。それに、アスタリア人だから見殺しにしていいなんて、結局は彼らが私たちにしたことと変わらないわよね。」


そう言うと、カテラは荷物を抱えて部屋の扉を開けた。扉から差し込んだ外の光がユアの足元の床を照らした。


「あなたを助けてよかったって、そう思えるような人であることを願うわね。」


そう言ってカテラは出て行った。


扉がゆっくりと閉まるのに合わせて、ユアの足元まで届いていた光がどんどん遠のいていく。

自分はそんな風に思ってもらえるような人間ではないとユアは思った。


ユアは途中になっていた本を再び読み始めるも、文字が頭の中に入らなかった。本を読むことを諦めたユアは机の上に顔を伏せて、そのまま眠りに就いてしまった。



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