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4.3目覚め

 小鳥の柔らかな鳴き声でユアの目が覚めた。部屋の窓から運ばれた、朝の爽やかで涼しい風がユアの頬に触れている。身体を起こそうとすると、痛みを感じたが、昨晩ユアを唸らしていた熱はすっかり消えて、わずかに身体が軽くなっているのを感じた。


 ユアはベッドから立ち上がろうと、編み上げのブーツを履こうとした時、自分が前開きのワンピースに身を包んでいるのに気付いた。ボタンを外して、身体を確認すれば、体中の傷一つ一つにきちんと包帯が巻かれていた。

 脇腹の大きな傷に巻かれた包帯を取り外すと、傷口の半分は、糸で丁寧に塞がれ、もう半分は、ユアが朦朧とした意識の中でかけた治癒魔法によって、傷口が塞がれていた。雑な治癒魔法で塞がれた傷口は醜い跡を残していた。


 ユアは脇腹の傷に再び包帯を巻き直すと、自分が元々来ていた服がその辺に置かれていないか周りを見回した。が、黒いズボンも白いシャツも見当たらなかった。もちろん、身に着けていた剣やナイフも部屋にはないようだった。

 ユアは暫く部屋の中をうろうろ歩き回りながらも、意を決すると、そっと部屋の扉を開けた。部屋の大きな窓から差し込んでいる太陽の光が、部屋の白い岩肌に反射して、朝の眩しさが増している。


 あまりの眩しさに、ユアは目を細めながら部屋を見渡すと、その部屋の隅の台所にアスラの姿を見つけた。

「起きたか。」

 扉を開けたユアに気付いたアスラは、ぐつぐつと音を立てる鍋の中身をかき混ぜながら言った。食欲を掻き立てるいい香りが、鍋から湧き出て、部屋を満たしている。

「もうすぐ朝ごはんができる。そこで座って待っていてくれないか。」


 そう言ってアスラが指を差した場所には、大きなテーブルと二脚の椅子が置いてあり、近くの壁には二つの弓が掛けられていた。

 一つは何の変哲もないよく見かけるような弓だったが、その隣には、白い三日月を縁取ったような美しい形と色をした弓が掛けてあった。艶のある弓弦は、朝の光に照らされて輝いている。白く輝いたように見えたその弓弦は、見る角度によって、淡い青色や薄い紫色に光っているように見えて、とても美しかった。


 不思議な弓だと思いながら、ユアは椅子に座ると、アスラから呼ばれた声に気付いた。

「どのくらい食べられそうか。」

アスラの問いに答える前にユアのお腹が大きな音を鳴らした。その音を聞いたアスラは豪快に笑った。

「身体は素直だな。たくさんよそって持っていくから、待っていてくれ。」

アスラはおおきな丼に鍋の中身をよそうと、ユアの目の前に置いた。アスラが作っていたのは粥のようだった。

「さぁ、食べて。早く身体を治すんだ。」

「ありがとうございます。いただきます。」

アスラの作った粥を口に入れると、鶏の出汁と程よい塩味が口の中に広がった。粥の中には鶏の肉もゴロゴロ入っていて、普通の粥よりも食べ応えがあり、とてもおいしかった。


「そういえば、お前の名を聞いていなかったな。」

勢いよくスプーンを口に運んでいくユアの様子を見て微笑みながら、アスラは尋ねた。名を名乗っていなかったことなどすっかり忘れていたユアは、慌ててスプーンを置くと、佇まいを整え、遠慮がちに答えた。

「ユアです。あなたはアスラさんですか。」

昨晩の曖昧な記憶を辿りながら、目の前にいる女の人が、そう呼ばれていたのをユアは思い出した。


「そういえば、私もまだ、お前にちゃんと名前を名乗っていなかったな。私はアスラだ。ここのルアーニア族を束ねている。」

 アスラはユアの目を真っすぐ見ながら答えた。目尻が少し上がった、さわやかな目と、長い髪を一つにまとめ上げたその姿は、彼女の内面から輝く凛々しさをより一層引き立てていた。


「やっぱり、ルアーニアの長だったんですね。」

 人を束ねるという一点において、アスラは自分と共通しているはずなのに、アスラと自分とのあまりの落差に、ユアは羨望と絶望の波に身を飲み込まれそうになっていた。沈みゆく気持ちから何とか浮き上がろうと、ユアは部屋の中へ視線を泳がせた。


 すると、部屋の隅に置かれた小さな三段の棚が目に入った。棚の一段目と二段目には〈木の根〉〈薬〉〈毒〉などの単語が背に散りばめられた本が数冊。三段目には薬草と思われる葉の入った籠とすり鉢が置かれていた。

「そこにある本、カテラがうちに来た時に置いていったものだ。持って帰ればいいのに、ずっと置きっぱなしなんだ。気になるか。」

ユアの泳いだ視線の先に気付いたアスラは尋ねた。

「少しだけ、気になります。母が医者だったので。」

 そう答えたユアの顔は、ただ純粋に母を慕う子供のような面影と、一人の人間として母を尊敬しているような大人らしい表情を浮かべていた。


「お前の母親は今、アスタリアにいるのか。」

「いえ、二年前に亡くなりました。」

「そうか…。そこにある本は、好きに読んで構わない。」

 その言葉に「いいんですか」と小さい声で、だが勢いのある速さで、ユアは答えた。ユアはその勢いのまま、粥を食べ終わると、器を持って立ち上がろうとした。

「大丈夫だ。私がやるからけが人は大人しくしていてくれ。」

アスラはユアの食べ終えた食器を片付けた。

「この後、お前の傷の様子を見に来てもらうよう、カテラに頼んである。私はラントたちと狩りへ出かけるが、夕刻までには戻る。」

 食器を片付け終えたアスラはユアに向かってそう告げると、壁に掛けられた二本の弓のうち、白いほうの弓を持って、家から出て行った。



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