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停滞温床:III

 小屋へと戻る途中、七奈さんが大通りにある建物を見つけて私に話しかけてきた。

「ねぇ楽來、あれってホムセンじゃない?」

「ホムセン?」

 七奈さんの見ている方を見ると、白く大きなL字を横に寝かせたような建物が目に映った。そのL字の上に伸びた短辺部分には、店名とその店のマークがでかでかと張られている。赤丸の中に白い鶏が描かれたそれは、私の地元にもあるホームセンターと同じものだ。

「ねぇねぇ、ちょっと寄ってかない?」

 七奈さんが軽い感じで寄り道を提案する。けど、

「あそこっていつもゾンビがうろついているから近寄らない方がいいかも」

 今までコンビニに通う時に見てきたが、そこはいつもゾンビがうろついていた。現に今も、店の前に数体のゾンビが見える。そいつらは特に何をするでもなく店の周りをうろうろとしているだけだが、私たちを見つけたら襲ってくるのは目に見えている。敢えて危ない目に会いに行くこともないだろう。

「そっか~、カセットコンロとかあればいいな~って思ったんだけど」

「カセットコンロ、か……」

 確かにそれがあればお湯が沸かせられる。それは現状においてかなり魅力的に思える。濡れタオルで体を拭くにしても、お湯ならかなりましになるだろう。

「うん、カセットコンロがあればカップラーメン食べ放題!」

「あ、そっちなんだ」

 食欲の方が先に来るとは……まぁいいんだけどね。

「ん~どうしよう?」

「そうね……何れは手に入れたいけど、今は止めておきましょう」

 先程のコンビニでもそうだったが、今日はゾンビの数が多い。何もそんな時に取りに行くこともないだろう。

「そだね~、流石に?」

「ええ、流石に」

 私がそう返すと、七奈さんは「えへへへ~」と照れ笑いをする。ホームセンターを通り過ぎてしばらく歩くと、寝泊まりしている小屋へと続く農道が見えてくる。七奈さんを案内するように農道を進むと、赤い屋根をした背の低い建物と、その奥に大きな建物が見えてくる。

「お~、もしかしてあれ?」

 七奈さんは期待に満ちた目をしているが、残念ながら違う。そもそもその二つの建物はしっかりと施錠されていて中に入る事は出来なかった。窓ガラスを割れば中に入れるのかもしれないが、そんな無法をしてまで入るべきじゃないと思う。

「ううん、あれじゃなくてもう少し先にあるやつね」

「そっか~、楽しみだよ~」

 七奈さんが何をどんな風に期待しているのか分からないけど、きっとそれには応えられないだろう。けど、うきうきの七奈さんを見ていると釘を刺すのも躊躇われる。せめて束の間の夢を見させてあげようと、残酷な真実をぐっと飲み込む。

 大きな建物のこれまた大きな扉には「穀類乾燥調製施設」と書かれている。その横を通り過ぎると先程の建物とは比べ物にならない位の小さな小屋が見えてくる。

「あ、あれ?あれかな、流石に?」

 七奈さんが見ている小屋は小さく、壁が赤茶けてはいるものの立派なシャッターがついている。けど、残念ながらそれも違う。そちらの小屋も施錠がされていて入れなかったのだ。

「あーううん。それじゃなくてその左にある方」

「左に?」

 七奈さんが向けた視線の先には、更に小さな小屋が一つ。入口の扉も無く窓の一つも無い。正真正銘のおんぼろ小屋だ。

「お、おおー」

 さすがの七奈さんも引いているかなと思ったけど、意外や意外、瞳きらきら、気持ちうきうきしている。

「なかなか良いね!流石に!?」

「何が流石なの!?」

 しまった、つい突っ込んでしまった。七奈さんが「えへへへー」と照れ笑いを浮かべる。どうやらどんな突っ込みでも良いらしい。

 何はともあれ、七奈さんを小屋の中に招待する。一応、中の整理は済んでいて、二人で寝泊まりするくらいのスペースはある。七奈さんは買い物かごを下すと中をきょろきょろと見渡し、

「狭いね!」

「うん、狭いでしょ」

 率直な感想に素直に同意する。まぁここが狭いのは私のせいではないし、仕方の無いことだ。

「でも屋根があるのは良い感じ!」

 七奈さんはそう言って狭い小屋内でくるくると回りながら「あはははー」なんて能天気に笑っている。何がそんなに嬉しいのやら……

「ここって~ゾンビは~来ないの~?」

 回り過ぎて目が廻ったのか、ふらふらしながらふにゃふにゃした口調で聞いてくる。

「うん、今のところはね」

 そう、今のところは、だ。まだ一週間足らず、ここが絶対に安全だとは言い切れない。

「そっか~」

 七奈さんは外に出ると、辺りをぐるっと見渡す。ここから見えるのは田畑と少し離れたところにある民家くらいだ。その民家の中でもかなり近い位置にある2つの家を指差して七奈さんが聞いてくる。

「あそこの家にはゾンビはいないの?」

 その二軒だけはこの小屋からかなり近く、百メートルも離れていないところに建っている。

「うん、あの家にはいなさそうかな」

 そんなにまじまじと観察したわけではないけど、どちらの家も窓にカーテンが引かれていて、それが動く事はこれまで一度も無かった。車も停まっていないから、ゾンビが突然現れた時には外出していたのかもしれない。

「そっかー」

 七奈さんがぼそっと呟く。と、その時「ぐー」と七奈さんの腹の虫が鳴る。

「あははー、お腹空いたねー」

「うん、ご飯食べようか」

 二人して小屋に戻り、コンビニからいただいてきたパックご飯にレトルトのカレーをかける。

「いただきます」

 七奈さんは行儀よく手を合わせてから食べ始める。私もそれに倣って「いただきます」と言ってからカレーを一口、口に入れる。常温のカレーとご飯は美味しくない。けど、贅沢は言っていられない。私は生きるためだと咀嚼し飲み込むを繰り返す。

「うーん、やっぱりカセットコンロが欲しいね~」

 どうやら七奈さんも同じ感想のようだ。今までは避けていたが、あのホームセンターにもゾンビが少ない時に入る必要があるかもしれない。きっとカセットコンロ以外にも生きていくのに便利なものがありそうだ。

 食事を終えた私たちは、これまでの事を話し合う。七奈さんも修学旅行中だったらしく、ここから少し離れたところにある大きな水族館近くのホテルに宿泊していたようだ。そこでゾンビたちが現れ、何とか逃げ出す事ができたという事らしい。その後はゾンビたちを避けつつ、何とかここまで辿り着いたという事らしい。

「それじゃあ、携帯は何処にも繋がらなかったんだ」

「うん、誰に電話してもダメだったよー」

 そう言って七奈さんは充電の切れた携帯をぶんぶんと振ってみせる。黒い画面しか映さなくなったそれは、もう二度と本来の姿を取り戻す事は無いのかもしれない。

「それで、七奈さんは――」

「もー、七奈って呼び捨てでいいってば」

「え、うん。でも……」

「私も楽來って呼ぶからさ、ね」

 七奈さんがそう言ってにっこり私に微笑む。初対面で妙に馴れ馴れしいのは若干の抵抗を覚える。けど折角生存者と、それも同い年の女の子と出会えたのだ。仲良くなるのに越した事は無いだろう。それに……

「じゃ、じゃあ、七奈……」

「うんっ、楽來!」

 私の呼び捨てに七奈が満面の笑みを浮かべる。その笑顔につい見惚れてしまう。この子は本当に可愛いな、なんて。きっと学校でも男女問わず人気者だったのだろう。私に告白してくれた男子も、七奈が同じ学校にいたら彼女のことを好きになっていただろう。なんて、意味の無いたらればを考えてしまう。

「えっと、七奈はこれからどうするの?」

 くだらない妄想を振り切るために、先程聞こうとしていた事を話す。

「ん~、家に帰れたらとは思うけど~?」

 七奈が腕を組んで考え込む。口元から小さく「むむむ~」なんて呻きが漏れていそうな程に。

 確かに家に帰れたら、とは思う。正直ここにいても何時かは限界が来るのは目に見えている。最初はここにいれば助けが来るのでは、と期待もしていた。けど、既に一週間が過ぎていて尚、何も動きがない。七奈の携帯が何処にも繋がらなかった事も考えると、この現象は世界規模で発生しているのかもしれない。となれば、私たちの取れる行動は限られている。ここに留まるか、家に帰るために移動するか。

 けど、ここに留まるにしても、あのコンビニにある食べ物も減ってきている。もし七奈がここに留まるなら単純計算で2倍の食べ物が必要になる。

 かといって、家に帰ろうにも遠すぎる。どれだけ歩かなくてはいけないのか想像も出来ない。それに、移動するとなるとそれだけリスクも発生する。食べ物や飲み物の入手や、寝泊まりできそうな場所の確保なんてそうそう出来るものでもない。けど……

「……七奈さえよければ、暫くここにいる?」

 けど、の先をぐっと飲み込み、七奈に提案する。

「えっ、いいの?」

「うん。折角こうして出会えたんだし、協力していけたらなって」

「そっか~、そだね~、流石に?」

「うん、流石に」

「えへへへ~」

 照れ笑いを浮かべる七奈を見て、少し罪悪感を覚える。勿論私の言葉に嘘はない。七奈と出会えた事は奇跡のようなものだし、一人でいるよりよっぽど良いとも思える。けど……

「それじゃあこれからよろしくね、楽來!」

 けど、こういう風に言ってしまえば七奈を引き留められる。それが分かっているくせにそうしてしまった。私がまた一人きりになるのを恐れて。

 そんな私の愚かな考えも露とも知らずに七奈が笑顔を向けてくれる。その無邪気さに私は何も言えずに微笑み返す事しかできなかった。心の奥底に刺さった小さな棘の痛みに耐えるように。

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