表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

停滞温床:II

 翌日。いつものように目覚め、いつものようにコンビニへ辿り着いた私は、いつものように店内を確認する。

「今日は数が多いなぁ」

 そう、店内をうろついているゾンビの数がいつもより多いのだ。今確認できるだけでも5体はいる。こういう時は待つしかない。1,2体くらいなら例の力で何とかなるかもしれないが、こう多いとコンビニの狭い通路ではあっという間に挟まれてしまう。

 とにかく待つしかないと電柱の陰からコンビニを見ていると、もう一体コンビニに向かうゾンビを発見した。そのゾンビは妙に浮かれているのかスキップしながらコンビニの入り口へと向かっている。

「っていやいや待って!?」

 スキップ?ゾンビが?思わず木陰から飛び出し、スキップしている者をじっと見る。微かに鼻歌のようなものも聞こえてくる。鼻歌を歌いながらスキップするゾンビなんて今まで見た事が無い。というか……

「もしかして……生きている人間?」

 そいつは白のカッターシャツにチェック柄のスカートを履いている。そのスカートから覗く瑞々しい肌色をリズムよく動かしながらコンビニへと、ゾンビたちの群れの中に行こうとしている!?

「って、ちょちょちょちょー!!」

 思わず叫びながらその能天気な子に向かって走る。私の奇妙な叫びに気が付いたのか、その子がびくっとしてこちらを向く。その子の驚いたような顔を見て、年は同い年位だろうか、生きている人間だと確信する。その子は私に向けて左腕を伸ばし「び……」と言いながら私に人差し指を差した状態で固まっている。私はその手を取ってすぐさま踵を返す。

「っくりした……ってわっ、わわわわ!?」

 なんて声が後ろから聞こえてくるが、どうやら素直に着いて来てくれているようだ。掴んだ手が温かい事に気が付いて思わず涙ぐみそうになる。元の場所まで移動してコンビニの方を見る。どうやら追ってくる者はいないようだ。一息ついたところでその子を見る。女の子だ。白いカッターシャツの胸元には校章らしきものが刺繍してある。恐らく同い年位であろうその子は、ぽかんとした表情で私を見ている。

「お、おぉー」

 不意にその子が右手を私に伸ばしてきた。その手は躊躇なく私の顔を、頬を撫でだす。

「な、なにっ!?」

 突然の事態に戸惑う。思わず身を引こうとして右手が引っ張られる。そういえば手を繋いだままだった。私は繋いだ手を離そうとして、けど指先から伝わる熱をもう少し感じていたいとも思ってしまう。

「生きている人間だー」

 私が戸惑っていると、その子が感心したかのように呟く。そうして頬から温もりが失われる。それを残念に思いながらも、

「う、うん。あなたも生きている人間、だよね」

 念の為というか、一応確認をする。

「うんっ!いやーまさかまだ生きている人間がいるなんて思わなかったよー」

 そう言ってはにかむ彼女を見て、私は思わず可愛い、なんて思ってしまった。恐らく同い年位であろう彼女は私よりも背が高い。私の身長が155cmだから、恐らく160近くはありそうだ。私を嬉しそうに見つめる瞳は真ん丸でキラキラと輝いて見える。愛嬌のある表情と相まって、とても人懐っこく見える。

「あ、そうだそうだ自己紹介しなきゃ!私は赤叉田あかさた七奈なな!よろしくね!」

 そう言って彼女、赤叉田さんは小首をかしげてにこっと笑う。ポニーテールが首の動きに合わせてふわりと舞う。そういう仕草も可愛い、なんて思いながら私も自己紹介をする。

「あ、私は浜谷はまや、よろしくね」

「はまやさんかぁ~、名前は?」

 敢えて苗字しか名乗らなかった私に、赤叉田さんが鋭く突っ込んでくる。

「え、いや、名前は……」

 言い淀む私を余所に、小首を傾げながらキラキラした瞳で見つめて来られる。い、言わなきゃダメなのだろうか……?

「え、えーっと」

 正直、名前は言いたくない。友達にも名字で呼んでほしいとお願いしていたくらいだ。けど、そんな事情は赤叉田さんは知らないだろうし……

「?」

 何より、そんな無邪気な顔をされたら無下には断れない。

「ら、楽來らら……」

 私は覚悟を決めて名乗る。それでもぼそぼそっとした声だったけれど。

「ら?ららら?」

 赤叉田さんが良く聞こえていなかった感じで聞き直してくる。

「らららじゃなくて、楽・來!楽しいのに来るの旧字で楽來らら、ね!」

 赤叉田さんの勘違いを訂正しつつ、漢字の説明までしてしまう。そんな彼女は「おぉ~」みたいな感じで感心している。

 正直……自分の名前は気に入らない。私の両親はどうしてこんなアイドルかアニメキャラクターのような珍妙極まる名前を付けたのだろうか。何より私の苗字は浜谷だ。続けて読めば、はまやらら。この名前のせいで、小学生の時は男子に揶揄われたりもした。あれは確実に私のトラウマの一つになっている。

「それってすっごく良い名前だねぇ!」

 けど、そんな事は露も知らない赤叉田さんは、私の名前についてあっけらかんと言い放つ。良い……名前?瞬間、私の中で得体の知れない何かが揺らめく。それはいけない。それは持ってはいけないものだ。けど、それは抑えられないと分かっている。分かっていても抑えられない。耐えろ……耐えろ……

「楽しい事が來るなんて、すっごく良い名前だよ~!」

 それがどす黒く燻び、燃え上がりかける直前に放たれた赤叉田さんの言葉は、その嬉しそうな笑顔は、私の心に恵みの雨を降らせる。

「え?」

「すっごくいい名前だね~、楽來!うん、気に入ったよ!よろしくね、楽來!」

 そう言うと赤叉田さんは私の手を取って、握手した手をぶんぶんと上下に振る。再び与えられた温もりは私の心に染み渡り広がっていく。

「あ、うん。宜しくね、赤叉田さん」

「七奈でいいよー。あ、ななな、じゃなくて七奈ななね。数字の七に奈落ので七奈だよー。いや~小学校の時は男子たちになななって呼ばれて揶揄われたもんだよ」

 赤叉田さん、いや七奈さんも自分の名前について話してくれる。いや、それにしても、

「それに私の苗字って赤叉田じゃない?続けて読んだらあかさたななだよ?何でこんな名前にしたのって親に聞いたらさ、お寺の住職さんに付けて貰ったからって言うんだよ。だから今度はそのお寺の住職さんに聞きに行ったの!そしたら、生れた日とか時間とかがどうこうとかなんとかとかかんとか?よく分かんないこと言っててさー。もー意味不明だったよー。あ、でもね」

 何この子、滅茶苦茶喋って来るんですけど。しかも笑顔で。話している内容は私からしたら悩みの一つにもなっているような事なんだけど、こんなにも明るくされると何だか……

「う、うんうん、そうなんだ」

「そうだよーそうなんだよー。それでさー、っと」

 七奈さんは突然黙ったかと思うとコンビニの方に視線を送る。私も見ると、ゾンビたちが店から出てきていた。それらが駐車場を横切り、大通りを歩いていくのを見届けてから改めてコンビニの店内を確認する。もう動いている者は無さそうだ。

「七奈さん、もうコンビニの中にゾンビはい無さそうだけど」

「七奈って呼び捨てでいいよ。うーんそうだなぁ、楽來もここに用があったんでしょ?」

「う、うん」

 ここに用があった、か。それは店内の売り物を持ち出す事だ。それは本来なら罪に問われる行為。いくら非常時とはいえ、それを私は今まで繰り返してきた。そんな事は分かっている。分かっていて繰り返してきたのだ。けど……分かってはいても他人からその事を言われると罪悪感が増す。自分一人なら下手な言い訳で無理矢理納得出来ていたものが溢れ出してくる。だから、

「それじゃあ行こっか。また何時ゾンビたちが来るかも分からないし」

 七奈さんはそう言うと握っていた手を離そうとする。けど、私はその手をぎゅっと握りしめる。七奈さんは一瞬きょとんとした顔になったが、直ぐににこっと笑う。この子は本当に可愛いなと思いながら、二人手を繋いでコンビニへと向かう。

「うーん、ゾンビはもういないかな、流石に?」

「うん。流石に?なのかは分からないけど、もういないと思う」

「えへへへ、だねー。それじゃあ入ろっか」

 つい突っ込んでしまったけど、七奈さんは気にしていなさそうに照れ笑いをしている。果たして「だねー」は私への突っ込みへなのか、ゾンビがいない事なのか。

 何はともあれコンビニに入ると、七奈さんが繋いでいない方の手で買い物かごを手に取る。二人一緒に一番奥の飲み物のコーナーへ行き、水のペットボトルを数本拝借して七奈さんの持つかごに入れる。それから食べるもの。パックご飯とレトルト食品、それから栄養バーをいくつか。手を繋いでいるから、取るのは必然的に私の仕事となる。パックご飯はこれで最後だ。空っぽになった棚に補充されることはもう無いのだろう。

「カップラーメン、食べられたらなぁ」

 奈々さんは棚に置いてあるカップ麺の山を見て呟く。

「うん。お湯があればね」

「だよね~。あ、お菓子も持っていく?」

「え、食べたいの?」

「うん。チョコレート食べたい、流石に?」

「そっか。流石に?の意味は分からないけど、どれがいい?」

「えへへへ、うーんとね」

 また突っ込んでしまった私に、七奈さんは照れ笑いを向けながらもお菓子をリクエストをしていく。私はそれらをかごに入れながら何となく思う。今の状況って傍から見ると、仲の良い女の子二人が手を繋ぎながら買い物をしている感じ、なのだろうか。けど実際はそうではないし、傍から見ている人もいない。

「他に何か持ってく?」

「あ、うん。こっち」

 衣類のコーナーへ行き、二人分の衣服とタオルをかごに入れる。もうここに置いてあるものも少なくなっている。どこかで洗濯が出来れば良いのだけれど。

 とりあえず今日一日分をコンビニで手に入れて、店を出る。例の木陰まで移動してから七奈さんに尋ねてみる。

「ねぇ、どこかで洗濯できそうな所ってない?」

「洗濯?んー、洗濯機ってまだ動くのかな?」

 私の問いかけに七奈さんが小首を傾げる。

「いや、洗濯機は動かなくても洗う方法はあるでしょ。といっても海の方は危なそうだけどね」

 私はこの事態になってから行った周囲への散策の結果を思い出す。海側は建物が沢山建っていて、当然ゾンビたちもうようよといた。砂浜に出てしまえばゾンビはうろついていなさそうではあったが、そこを行き来するのは困難に思える。

「んー、ここって三角州だから、近くに川はあるけど」

「あ、そうなんだ」

 それは割と有益な情報だ。川があるなら洗濯も出来そうだし、もしかしたら水浴びも出来るかもしれない。

「うん。北に行くと海だからそれ以外に行けば川に出られるよ」

「そっか。因みに一番近いのはどっちの方角か分かる?」

「んー、南に行くのが一番近そうだけど」

 そう言って七奈さんがコンビニの先を見る。その先にはいくつかの住宅が建っているのが見える。更にその先には鬱蒼と生い茂った森があって、それ以上は何も見えない。

「うーん、南に行くのはリスクが高そう」

「だねー。とすれば西か東かだけど……」

 奈々さんが更に小首を傾げる。いやこれはもう小首というレベルではない傾き方だけど。

「西は止めておいた方が良いと思う」

 あちらは旅館のある方角だ。つまり町中に入って行く事になり、当然ゾンビに遭遇する可能性も高くなる危険地帯だ。

「じゃあ東か~、流石に?」

「う、うん。そうなるかな」

 3度目は何とか突っ込みを押さえられた。七奈さんは気にした様子もないから、やっぱりあれは口癖なのだろう。

「とりあえず私が寝泊まりしているところがあるから、そこに行かない?」

「へ~そんな所があるんだー。行きたい行きたい!」

 奈々さんは目をキラキラと輝かせている……私はあのおんぼろ小屋を思い出し、きっと期待には沿えないだろうなと思って一応釘を刺しておく。

「そんなにいいところじゃないよ」

「でも寝泊まり出来るくらいなんでしょ?楽しみだよー」

「う、うん。それじゃあ行こっか」

「おー!」

 そうして二人、手を繋ぎながら歩き出す。これからどこへ向かえばいいのかも分からないままに。でも……隣で上機嫌に鼻歌を奏でている七奈さんを見る。

 生存者がいた。相変わらず周囲はゾンビだらけで誰も助けには来てくれないけれど、他にも生きている人はいるのかもしれない。その事は行方の分からなくなってしまった私を導く光明となり歩みを求める。その先に何があるのかも知らないままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ