公道指向:I
私に姉と呼べる人がいると知ったのは小学三年生の時。
学校の帰り道、少しだけ寄り道をした時だった。
母が知らない女の子と歩いていた。
いや、知らない女の子では無かった。
御子外乃々。
私の通う小学校で知らぬ者はいない程の有名人。
文武両道、才色兼備、おまけにヴァイオリンの才能も有り、コンクールに出れば必ず上位に入賞するほどの腕前で、校舎に彼女の名が書かれた垂れ幕がかかっていない日は無い程の天才。
そんな雲の上のような存在と母が一緒に歩いている。
私は混乱する頭で母を呼ぶ。
母が私に気が付き、気まずそうな顔を浮かべる。
母の横にいた乃々もこちらを見る。
彼女は全てを察したかのように、嬉しそうにこう言い放った。
「あなたが私の妹だったのね!」
「それが私と乃々さん……姉さんとの出会いだった」
あの後、私たちは神宮を離れ、近くの小学校のグラウンドまで避難してきた。
あの化物から現れた少女を連れて。
その少女は、今はテントに寝かせている。神宮からここまで一向に目を覚ます様子は無い。何より裸だったので、服を着させるのにも一苦労だった。
私はテントで眠る少女を見る。安らかな寝顔……その顔はどこからどう見ても御子外乃々、その人だった。
けど、そんな筈はない。
何故なら彼女は私よりも二つ年上で、何より二年前に行方知れずになっているのだから。
「それで……」
七奈の声に乃々から目を離し彼女の方を見る。
「それからの、乃々さんとはどうなったの?」
「別にどうもならないよ。学校で見かけたら向こうから声を掛けてきたりはしたけど」
そう言って肩を竦めてみせる。実際、私が妹だと知ってからの乃々さんは積極的に私に話しかけてきていた。こちらとしては、学校の有名人にいきなり親しく話しかけられて、友達やクラスメイトにどういう関係なのかを聞かれて困ったものだった。
「それに、中学は音楽のために私立に進学していったから、それからは会う機会も少なくなっていたかな」
それでも向こうから連絡は途切れることも無く、何度か会ったりもしてはいたのだけれど。
「その……失踪した、っていうのは?」
「ああ」
私は再び乃々さん、に似た少女を見る。
「ちょうど二年前の今頃、修学旅行中に、何人かの生徒と一緒に忽然と消えたんだって」
あの時はテレビでも日夜報道されていて結構な騒ぎになっていた。ただ、当時行方不明になったのは生徒達だけではなく、何人かの旅行客や地元に住む人達も混じっていた。そんな沢山の人間が白昼堂々といなくなったものだから、大掛かりな組織犯罪に巻き込まれたのだとか、何者かの陰謀だとか、終いには神隠しにあったと言う者まで現れていたのを覚えている。
結局、行方知れずになった人たちは今の今まで誰一人として戻らず今に至る。だから、あり得無さそうだし、都合の良い話かもしれないが、もしかしたら行方不明になった人たちが今になって急に戻ってきた可能性も無くはないと思う。
けど、この少女が乃々さんでないのは分かる。私の脳裏に、修学旅行のお土産を楽しみにしていてね、と嬉しそうに私に話しかけている彼女の姿が浮かぶ。この少女はその時の乃々さんと瓜二つなのだから。だから、乃々さんであるわけがない。それなのに……
「修学旅行中に……」
七奈の呟きに再び彼女の方を見ると、何やら思案顔で俯いている。七奈にしては珍しいなと思いながら、空を見上げる。あれからだいぶ時間が経ち、もうじき日も落ちる。今日はここに泊まる事になりそうだ。
「とりあえず今日はここで休みましょうか」
私は重い腰を上げて夕食の準備をする。何だかんだあって昼食は摂れていない。お腹の虫もとうに鳴りやんでいる。荷物からレトルトを二人分取り出だそうとして、一瞬テントで眠る少女の分も必要かと考えたが、生憎目が覚める気配はない。
「七奈は何食べる?」
「えっ、あ、んーと」
七奈にしては歯切れの悪い。くるくると視線を彷徨わせた後、
「じゃあ楽來のおすすめで」
そう言って微笑んでくる。その微笑みに違和感を覚えながらも「分かった」と言ってカレーを二つ用意する。
カセットコンロでご飯と一緒に温めて食べる。何時もの味気ない食事だが、今日は特にそう感じる。七奈もそう思っているのか、言葉数少なめだ。
静かな晩餐は直ぐに終わり、湯あみを終えると、後は寝るだけになる。その段階に来て、一つ問題が発生する。
「ねぇ七奈。私たち、どうやって寝ようか」
私はそう言ってテントを見る。そこには私たちが使っていた二人用の寝袋で眠る少女の姿。肉達磨の中から出てきた少女と一緒に眠るのには流石に抵抗がある。
「ん?あの子と一緒でいいんじゃない?」
けど七奈はけろっと言いのける。
「いやいや、七奈は抵抗ないの?」
「んー?でも楽來のお姉ちゃんなんでしょ?」
「いや、顔が似ているだけね。本当の姉さんじゃないから」
そう口にして、改めて考える。私の……乃々は金髪でもなければ、私と同い年でもない。だから、この少女は乃々ではない。
「そっかー、そっくりさんかー」
「そうそう、そっくりさん」
「そっかー」
納得がいかないのか、七奈がテントで眠る少女を見る。
七奈は意外と強情なところがあるのかもしれない。神宮の調査を強行しようとした時の事を思い出す。あの時も、決して折れてくれようとはしなかった。
「……でも、見た感じ人間っぽいし、大丈夫じゃない?」
「それはそうなんだけど……」
確かに少女は人間に見える。見た限りは、だけど。
「そもそもあの寝袋、二人用でしょ。三人は無理じゃない?」
「んー、でも大人二人用だから、私たちならいけそうだよ?」
尚も抵抗を続けてみるが、あっさりと返されてしまう。確かにあの寝袋は私たち二人だとかなりの余裕があった。三人でも多少窮屈にはなるが、寝られない事は無い。
「……どうしても?」
「うん、どうしても」
「本気で?」
「うん、マジマジ本気で」
さざ波程度の抵抗ではどうにもこの防波堤は崩せそうにない。私は素直に降参する事にする。
「もう、しょうがないなぁ」
承認半分、呆れ半分の溜息を吐きながら立ち上がると、七奈に微笑みかける。
「ありがと、楽來」
七奈がそう言って私の腕に抱き着いてくる。突然の接近に戸惑いながらも心が躍る。つまりは、うん、七奈可愛い。
なんて馬鹿丸出しな事を考えながら二人してテントへと向かう。七奈の言う通り、寝袋は三人入っても若干の余裕がある。これなら少しくらいの寝返りも打てそうだ。
私、七奈、そして少女。三人川の字に並ぶ。七奈が真ん中に入ってくれたのは、私への配慮かもしれない。そう思うと嬉しくもあり、でも彼女がそんな気を回すかな、とも思う。
ほどなくして、瞼が自然と落ちる。
今日は……結局お休みと言いながらも……いつも以上にハードな一日で……
隣から聞こえてくる寝息に誘われるように、私も深い眠りへと落ちていった。




