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遊行厳戒:VI

 鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた参道を歩いていく。七奈の予想通り、こちら側にはゾンビの数が少ない。それらを七奈のビームが消し去っていく。

 安全は今のところ確保できている。進む先にいるゾンビたちは七奈が景気良く消し去ってくれているし、左右の茂みと後方は私が見張っている。幸い、そこらにはゾンビの姿は見られない。けど、妙な違和感がある。それが何なのか分からないまま先へ進んでいくのは、限りなく不安が残る。

 その奇妙な違和感が何なのか分からないまま進んでいくと、やがて鳥居が見えてくる。神域と俗界の境界を示すそれは、今やゾンビたちの通り道となっていて、不浄なものが入るのを防ぐ結界はもう張られていないように見える。

 辺りにいるゾンビたちを消し去った後、私たちも鳥居を抜ける。その時、ふと、七奈がボソッと呟く。

「んー、なんかも戻って来るゾンビはいないんだね」

「えっ?」

 七奈の言葉に私は思わず後ろを振り向く。

 確かに……この参道に入ってから出会ったゾンビたちはみな奥へと向かっていて、戻ってくる者はいなかった。その事がどうしておかしいと思えなかったのだろうか。

 ゾンビたちは人を襲う。けど、人がいない時は生前と同じ行動を取る。ここにいるゾンビたちが生前のように参拝、もしくは観光に来ていたのだとしたら、それを終えた者たちはここから立ち去るために戻って来る筈だ。

 それが無い、という事はもしかして……

「楽來?」

 突然後ろを振り返った私の名を七奈が不思議がって呼ぶ。そのきょとんとした顔を見つめながら、私が今立てた仮説を話す。

「七奈、もしかしたら本当に生存者がいるのかもしれない」

「えっ、ほ、本当に?」

「うん。まだ確証は無いけど」

 私は七奈にゾンビたちが戻って来ない理由を話した。

 その理由とは、この先の建物、例えば社務所とかに生存者が立て籠もっていて、ゾンビたちがそれに引き寄せられているというものだ。

 勿論、絶対に生存者がいるとは言い切れない。もしくは別の理由があるのかもしれない。けど、生存者がいるかもしれないという考えは、徒労に終わったこれまでの日々に報いるだけの抗えぬ引力があった。

「それじゃあゆっくりしていられないよ!もしそれが本当なら、きっとものすごい数のゾンビに囲まれてるって事だよ!」

「うん、急ごう!」

 先程までの慎重さは消え去り、私たちは走り出す。鳥居の先にもゾンビたちの姿が見えるが、それらを七奈が容赦なく消し去っていく。ビームと叫びながら走るのは大変そうだったが、それでもその顔は希望に満ち溢れている。きっと私の顔も同じくらい明るいのだろう。

 それが……私の浅はかな希望的観測だったと気が付いたのは、生存者を探し求めて、やがて本殿前に辿り着いた時だった。

「な……何、あれ?」

 目の前に現れた異質に足を止めて呆然と見つめる。思わず呟いてしまった言葉の通りに、私の想像を超えた何かがそこにはあった。

 肉の塊。そう呼ぶのが相応しいのだろうか。直径二メートルを優に超える赤黒い団子状の物体。塊肉は脈打ち、のたうっている事から、それが生きているのだと推測できる。

 それに……ゾンビたちが群がっている。まるで御馳走にでもありつけたかのように、無心でそれに齧り付いている。その度に、肉塊からか細い金切り声が上がっている。

「そんな……あれがどうして……」

 流石の七奈もその異質さに青ざめながら呆然と何事か呟く。ふと、その呟きの先が気になったその時、

「っ!」

 何者かが私たちの横を物凄いスピードで駆け抜けていく。それがゾンビだと気が付いて思わず後ろを向くと、尚も数体のゾンビたちがこちらに向かって走ってきていた。私は咄嗟に反応が出来ずに、そのゾンビたちが私たちの横を通り過ぎて行くのを只々待ている事しかできない。

「えっ?」

 次々とこちらへ向かって走って来るゾンビたちは、私達に見向きもせず例の肉塊へと殺到している。無遠慮に齧りつき、引きちぎろうと首を振り、一心不乱にその味を堪能している。その度に聞こえてくる甲高い音色は耳障りこの上ない。

 やがて、肉塊に齧りついていたゾンビたちに変化が見られる。ゾンビたちは肉塊に歯を立てた状態で徐々に沈んでいく。その肉塊へと、まるで溶け合うかのように。響く高く張り上げた鋭い声に誘われるかのように呑み込まれていく。その度に肉塊がその身を震わせる。それが苦しみでもあり、喜びでもあるかのように。

「ゾンビを……食べているの?」

 そうとしか思えない。そうしているうちに更に数体のゾンビがその身に沈みきる。ゾンビたちを呑み込んだ肉塊は心なしか、最初に見た時より大きくなっている気がする。

 気持ち悪い。あんなもの見たくない。それなのにそれから目が離せない。そのせいで気付いてしまう。

 肉塊の左右の端に何か、細く短い枝のようなものが生えている事に。それはまるで何かを訴えかけるかのようにのたうっている。それが肉塊の手足なのだと気付いた瞬間、私は思わず肉塊の頂点に目を向けてしまう。果たしてそこには、何やら不自然なこぶが突き出ていた。いや、こぶではない。だって手足があるのだから……当然それには頭が無いとおかしい。

 有って然るべきの頭を凝視する。それが頭だと認識してしまえば、それは肉塊ではなく、限りなく太りきった人型に見える。例の不快な音も、そこから鳴り響いているように思える。そこに口なんかないのにも関わらず。

 ふと、目が合った気がした。見ている……こちらを見ている。口と同じく、何処にも目なんか見えないのに、あれは確実にこちらを見ている。そう思った瞬間だった。

『KYUEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!』

 身を縮こまらせてしまうほどの絶叫に思わず両手で耳を塞ぎ、目を瞑りながらその場に座り込んでしまう。

「楽來っ!」

 七奈が私を呼ぶ。でもとても七奈の方を見ている余裕は無い。

『KYAKEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!』

 鳴り響く絶叫。朦朧とする意識の中、辛うじて目を開き、人型の化物へと視線を移す。

 そいつは……こちらに向かって近付いて来ていた。あんな足では歩ける筈も無いのに、たるみきった下半身をうねらせながら周囲にいるゾンビたちを蹴散らしながらものすごい勢いでこちらに迫ってきている。

「びーむ!」

 迫りくるものに向かって七奈がビームを発する。もしあれがゾンビの一種なら、それで消える筈だ。

 けど、消えない。そいつは七奈のビームなど気にもせずにその動きを止めない。

「びーむびーむびーむびーむー!」

 七奈が更に連続でビームを撃つが、まるで効果なしだ。このままでは、二人とも……

 それだけは避けなくてはいけない。私は震える脚に力を込め、何とか立ち上がると、両手を大きく前に突き出す。途端、迫りくるものは見えない壁にぶつかりその歩みを止める。それと同時に私の突き出した両腕に凄まじい圧がかかり、体が半歩ずり下がる。

「くっ」

 それを堪えるために重心を低くする。何とか、あれがこちらに近づけないように全身に力を込めて踏ん張る。

『KYOEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!』

 不快を催す絶叫を上げ、尚もこちらに近づこうとする化物。その勢いにまた体が後ろにずり下がる。両腕にかかる圧力に対抗するために歯を食いしばる。このままでは一分も持たない。この掲げた手を下ろしたら終わる。私たちは成す術も無く潰される。

「びーむが……効かない……」

 横から聞こえてくる声。私は横目で七奈を見る。彼女はもうビームを撃つのをやめ、茫然と迫りくる化物を見上げている。

「七奈……逃げて……」

 私の口から漏れた言葉は搾りかすのように儚く、七奈に届いているのかすら分からない。

「お願いだから……七奈だけでも!」

 私は叫ぶ。今ここで二人とも終わる必要は無い。せめてどちらかが、七奈だけでも!

「びーむが効かないなら……」

 七奈が僅かに後退る。そう、そのまま逃げてくれれば……

「すごいびーむ!」

「は?」

 途端、私の両腕に掛かっていた圧力が消え、私は前のめりに転びそうになる。慌てて体勢を立て直そうとして、その場に座り込むように着地する。

『KYOOOOOOOOOOOOOOOO……』

 化物が消えていく。ゾンビたちのように一瞬で霧散していくのではなく徐々に。

「ふー、すごいびーむが効いてよかったー」

 私の横では一仕事やり終えたかのように七奈が満足げな顔をしている。

「っていやいや、何それぇ!?」

「ん?何って何々?」

「何って何よその凄いビームって!?」

「んー?すごいびーむはすごいびーむだよ?」

 私の必死の突っ込みも七奈にはまるで届いていない。何言ってるの?って感じで私を見つめている。

「で、出鱈目だ……」

 何か……どっと疲れた。自然と口から乾いた笑いが漏れる。

「えっ!楽來、あれ見て!」

 思わず空を見上げていた私に、七奈が驚いたように呼び掛ける。

「もう、今度は何なのよ?」

 顔を下げ、七奈の視線の先を追うとそこには……

「えっ?」

 消えゆく化物の中から……一人の少女が現れた。

 美しいブロンドの長髪がふわりとなびく。衣服は一切つけておらず、少女特有の体線が浮き彫りになっている。私たちと同い年位の少女の瞳は緩く閉じられていて、気を失っているように見える。

 やがて、化物の体が完全に消え去ると、少女がその場から崩れ倒れそうになる。危ない、と思ったところで七奈が少女に駆け寄り、その体を支えようとしてその場に座り込む。

 けど……どうして……?

 一安心した私は混乱している。

 どうして……あの人が……?

 それを確かめるために、私は四つん這いで歩きながら、七奈の元へ、少女へと近付く。

 だって……彼女は……

 七奈が抱きかかえる少女の顔を見る。瞳は静かに閉じられているが、その顔を見間違える筈も無い。

「楽來、この子は……」

「姉さん……」

「えっ?」

 そう……髪の色こそ違うものの、彼女は私の姉と同じ顔をしていた。

 二年前、突如として行方知れずとなった私の種違いの姉と。

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