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遊行厳戒:II

 ドラッグストアを出た私たちは再び道なりに進んでいく。その途中、大きなホテルや工業高校などもあったが、そこにも生きている人間はいなさそうだった。

 そこを過ぎるといよいよ田畑は見られなくなり、建物だけになっていく。当然、道を歩くゾンビの数も多くなっていく。それらを七奈のビームが容赦なく消していく。

 改めて凄い力だと思う。私の足止めくらいにしか使えない力とは大違いだ。彼女の力も、ゾンビが現れた時に急に使えるようになったらしい。これはどういうことなのだろう。私と七奈、二人の事例を考えると、ゾンビが現れたと同時にもたらされたとみていい。という事は、ゾンビの発生と何か関係があるのだろうか。今の段階ではそう断ずるのは無理そうだ。せめて他にも生きている人がいて、その人たちにも何がしかの力がもたらされていればこの仮説も成り立つのだけれど。まぁ、それが証明されたとして、じゃあどうして、という謎がまだ残っているけど。

 そんな事をあれこれ考えながら歩いていると、架道橋が見えてくる。

「ねぇねぇ楽來。あの上を走っているのって線路かなぁ」

「うんそうだと思う」

「じゃあさ、線路の上を歩けば街に辿り着けそうじゃない?」

 七奈は良い事を思いついたと言わんばかりに、架道橋の上に走っているであろう線路を指差す。架道橋の横側は斜面になっており様々な雑草が群生している。確かにこれくらいの斜面なら登れそうではある。けど、

「うーん、それは止めておいた方が良いかな」

 私たちは街に行きたいわけではない。生存者がいるかどうかの確認をするなら道路を歩いて行った方が分かりやすい。

「そっか―残念。一度線路を歩いてみたかったんだよねー」

「あーまぁそれは分かるけど」

 そう言われて、ふと昔観た映画を思い出す。少年たちが線路を歩いて冒険するという、かなり有名な物語だ。でも、その目的は確か……

「……七奈は線路の、その先で何を見つけたいの?」

「え、いや、特に何も?」

「そっか、よかった」

 どうやら純粋な好奇心だったらしい。もしくはその映画を見た事が無いとか。かなり古い、私たちが生まれるずっと前の映画だし。

 まぁ何はともあれ、私たちは架道橋をくぐりぬけ道なりに進んでいく。途中の案内標識に従って右折する。そのまま道なりに進むといよいよ市街地だ。

 私たちはまず駅を目指す。そこには案の定ゾンビたちが多数蠢いている。当然生存者はいない。駅の向かいにある大きな文化施設にも……

 私は落胆半分、諦め半分でそのゾンビたちを見つめる。私たちに気がついて近付いて来ようとしているものたちを七奈のビームが悉く消し去っていく。

 それから私たちは一日中をかけて市街地を探索した。途中、スーパーマーケットや大きな病院、子ども園に中学校も見つけたが、それらにもゾンビたちがうろついているだけで生存者は終ぞ見つからなかった。

 結局この日は街中にある小学校のグラウンドにテントを立てて一晩過ごすことになった。夜ならゾンビたちが立ち入ってくる可能性も低いし、万が一入ってきたとしても、見晴らしがいいグラウンドの真ん中なら直ぐに気が付けるだろう。

「ねぇねぇ楽來、あれって?」

「ん?」

 テントを立て終わった七奈が校舎の上の方を指差す。屋上に近い位置、そこには一枚の垂幕がかかっていた。

「ああ、去年ここの生徒が全国大会に出たよってやつか」

 垂幕には大きく生徒の名前が書かれている。こういったものにはあまり良い思い出はない。私は早々に興味を失った振りをして夕飯の準備に取り掛かる。

「去年?」

 けど、七奈はじっと垂幕を見つめ続けている。出会った事の無い人の名を見て何が楽しいのだろうか。もしくは、その名に覚えがあるとか。でもそれを訪ねる気は起きなかった。私は夕食の準備をしつつも横目で七奈を窺う。

「そっかぁ、去年かぁ……」

 よく分からない呟きを零しながら暫くの間、七奈はその垂幕を見つめ続けていた。


「明日、どうしよっか」

 夕ご飯を食べ終え、片付けも一段落したころで七奈が今後について聞いてくる。当然だが、今日一日で市街地の全てを回り切る事は出来ていない。けど、明日明後日と探索をしたところで、生存者を見つけるのは難しそうだ。ならいっそ、当初の目的通り、海の向こう側を目指すべきか。幸い、この近くには大通りがある。先に進むのならその道を行くのがよさそうなんだけど。

「七奈はどうしたい?」

 正直判断できずに、質問に質問で返してしまう。

「私?んーと」

 振られるとは思っていなかったのか、七奈が腕組して小首を傾げながら唸る。可愛い。

「そだなー、私ならー」

 やがて結論が出たのか、七奈が目をかっぴらきながら、

「寝る!」

 と声高らかに宣言する。

「……はい?」

「とりあえず今日は寝て、明日考える!」

「お、おお……」

 何とも……七奈らしいと言えば七奈らしい答えに思わず唸り声が漏れる。正直結論の先延ばしはあまり好きではない、とも思ったが、少し前まで生地が透けるくらい薄っぺらくなるまで延ばしに延ばしていた私が言える事では無いな、と思わず苦笑してしまう。

「む、むへへ~」

 私の苦笑いに七奈が困ったような照れたような、何とも名状しがたい笑いを浮かべる。そんな顔を可愛いなと思いつつ、私は立ち上がる。

「それじゃあ、明日の事は明日の私たちに任せて、今日の私たちは寝ましょうか」

「お、おおー?流石に?」

「うん、流石に」

「えへへ~」

 今日の方針(?)も決まったところで、テントに入る。が、ここで一つ問題が発生する。

「ふんふんふ~」

 と、七奈はその問題に気が付かずに荷物から寝袋を取り出し、テントに敷きだす。いや、この問題は七奈にとっては問題では無いのだろう。そうして敷かれた寝袋は二人用。つまりは……

「おー、結構広いよー」

 私が葛藤している間に、七奈はさっさと寝袋に入ってしまう。その表情はうきうきしていて、とてもこれから眠りにつくようには見えない。

「楽來も早くおいでよー」

 七奈はひとしきり二人用の寝袋の中を堪能した後、空いているスペースをぽんぽんと叩きながら私を誘ってくる。

「う、うん」

 と返事はするものの、私の体は動かない。

 まぁ、二人用の寝袋の採用については正直押し切られた感はある。かといって嫌というわけでは全くなく、寧ろ嬉しい?のかも?知れない?

 けど同時に危うさも感じている。私はこれまで自分の事を理性的な人間だと思っていたが、七奈と出会ってからは案外そうでもない事に気が付いている。私が時折七奈に感じる感情。それは突発的で衝動的で、それでもこれまでは何とか抑え込んできた。それが七奈と同じ寝袋で寝る事によって爆発してしまうのではないか。その不安が私を躊躇わせている。

 とまぁ、あれこれとまどろっこしい言い訳を並べてはみたが、要するに……そう、一言でいえば、七奈に甘えてしまうのではないか、という事だ。同い年の女の子に年甲斐もなく甘えてしまうなんて……そう考えただけで恥ずかしいし、自分がそんなに甘えん坊だったなんて、と驚きさえする。でも同時に妙な興味も感じている。そう、決して開けてはいけない扉を開けようとしているような。不安と高揚が渦巻き、綯い交ぜになる私の心。

「楽來?」

 返事をしたのに動こうとしない私を七奈が不思議がる。いや、上目遣いで見つめられると、余計に緊張してしまうんだけど。思わず目を逸らしそうになって……気が付く。こちらを見つめる七奈の瞳が微かに揺れている事に。その奥に見えるのは……不安?彼女は今、不安を感じている?

 改めて七奈を見つめる。いつもの明るさはなりを潜め、不安げにこちらを見上げている。でも、彼女が感じている不安が何なのか……残念ながら私には分からない。分からないけど……

「七奈」

 分からないけど、七奈を不安な気持ちにさせたくない。だから体が自然と動く。七奈の前にしゃがみ込み、その体を優しく抱きしめる。

「ふわっ!?」

 七奈の驚く声。体中が不安のせいで固まっているのが分かる。それをほぐすかのように、彼女の背中を優しく摩る。そう……あの夜に七奈が私にしてくれたように。

「ら、楽來……」

 暫くそうしていると安心したのか、七奈の体から力が抜け、その身を私に委ねてくる。それから聞こえてくる静かな吐息。

「七奈?」

「ん、うん……」

 私の問いに七奈が眠たげな声で返事を返してくる。その体を横たわせてから私も寝袋に入る。寝袋内は七奈が転がりまわっていたせいか、彼女の匂いがする。それを心地よく感じながら、私も目を瞑る。

 結局、今日一日では生存者は見つからなかった。いや、そもそも生存者がいるのかどうかも分からなかった。それなら明日明後日と市街地を回っても無為な時間を過ごすだけになる可能性が高い。けど、それでも確かめておくことは必要なのではないかとも思う。

「楽來……」

 あれこれ考えていると、七奈が私の名を呼ぶ。目を開けて七奈を見ると、何とも幸せそうな寝顔をしていた。きっといい夢でも見ているのだろう。その夢を見て私の名を寝言で言うという事は、どうやら私も出演しているらしい。

 その寝顔に安心しつつ、私も再び瞳を閉じる。そう、七奈の言う通り、明日の事は明日考えよう。そう考えたら先程と違って直ぐに眠気がやってくる。それに身を委ねながら、私の夢にも七奈が現れないかな、なんて都合のいい事を考えてしまった。

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