起源原種
二泊三日の修学旅行二日目の夜。唐突にゾンビが現れた。
その時、私は宿泊する旅館から抜け出していた。理由は一つ、クラスメイトの男の子から呼び出されたからだ。
『浜谷さん。今日の夜、話があるんだけど』
そう告げられ、私は柄にもなく浮き立った。彼とは元から仲が良かったし、ちょっと気になっていた男子だった事もあって、ウキウキで旅館を抜け出し待ち合わせ場所に向かった。5月の夜はまだまだ寒かったけど、そんな事も気にならないくらい気持ちが高揚していた。
そこは宿泊先の旅館の山の手側にある展望台で、何でも私の通っている学校では、修学旅行中にそこで告白して結ばれた恋人同士は永遠に幸せになれる、なんて噂があった。
私にとっては、噂は知ってはいるが縁遠いものだと思っていたんだけど、まさかその当事者になれるとは。というわけで夢心地な気分で待ち合わせ場所に向かったわけなんだけど、
「付き合ってほしい」
照れながらも私の目を真っ直ぐに見て真剣に伝えてくる彼に、なんか違うな、と思ってしまい、自然と視線が足元へと下がった。
どうしてそう思ってしまったのかは分からない。もしかしたらこの展望台が思っていたような場所じゃなかったからかもしれない。景色は良いが雑草が多く整備が行き届いていないのは一目瞭然で、告白される場所としては相応しくないと思ってしまったからかもしれない。それとも実はそんなに彼の事が好きじゃなかったのかもしれない。恋に恋するとはよく言われるが、私もそうだったのかもしれない。色々と理由を探してはみるものの、兎に角イエスともノーとも即答は出来なかった。でも、彼は私の返事を待っている。何時までも下ばかりは向いていられない。意を決して返事をしようとして顔を上げて……我が目を疑ってしまった。
彼は期待半分で全身を震わしながら私の答えを待っていた……はずだった。その首元に何か丸い物体が……そう、それは人間の頭のような、そんなものがくっ付いていた。それがこちらを向いた。途端、何かが彼の首元から噴水のように噴き出した。それは帳の降りた闇の中でもなお赤く噴き出し、彼の足元を染めた。
何が起こっているのか分からなかった。分からなかったけど、踵を返し走り出した。逃げなくては。何が何だか分からないけど逃げなくては。
高台から旅館へと下る山道の途中、何かが左右に揺れながらこちらに上がってきているのが見えた。やばい、と思った。何が何だか分からないけどやばいと直感した。
再び踵を返そうとして、しまった、と思った。上からも同じようなものが下ってきていた。
挟まれた。山道の横幅は狭く、どちらにしても捕まらずに通り抜ける事は出来そうに無さそうだった。上からも下からも、ゆっくりと、けど確実に私に向かってきていた。
私も……ああなるのだろうか。不意に昔、両親と見たホラー映画を思い出した。その映像の中で襲われた人間はそれと同じ存在になっていた。
私も……そうなるのだろうか。それはゆっくりと、けど確実に私に迫ってきて……
「いやぁぁぁー!!」
絶叫しながら、上に、下に、それぞれ腕を突き立てる。
その瞬間、私に奇跡が起こった。