幼き騎士、師を持つ
「行くぞ!ザシアン!」
" ええ…いつでもどうぞ"
青年の律儀な掛け声にどこか呆れたようにザシアンは返すと訓練用の木の棒を振り翳し距離を詰める青年をいとも容易くかわした。
「まだまだ!」
大振りの一撃をかわされても青年は諦めずにザシアンへと向かう。
" 威勢はよくとも当たらなければ…意味などありませんよ"
「ほざけ!」
青年の打ち込んだ木刀をザシアンは鋭い牙で受け止める…
「ぐ…ぐぬぬ…」
" 終わり…ですか?"
どれだけの力を込めようとザシアンに咥えられた木刀を奪い返すことは出来なかった。
だから…
"?"
「ぬかったな!」
青年は木刀を手放し、体勢を低く沈める…
狙うは無防備なザシアンの顎…引き絞った拳とともに青年は腹の底から咆哮する
" 騎士道にあるまじき一手…ですが"
「何?」
" 悪くありません"
「ぶべらっ!」
加えた木刀を器用に宙で回し、柄の部分を咥えたザシアンが容赦なく青年の脳天に一撃を叩き込む。
" 痛みで手を止めていれば…
「⁉︎」
ザシアンの一撃を受け、大きく体勢を崩した彼の耳に届く鈴の音のように美しい声…
しかしそれが…今はただ恐ろしい
" 相手が見逃してくれるとでも?"
「なっ!」
ザシアンの後ろ脚による衝撃が腹部を貫いた。
肺に溜まっていた空気と胃袋にあるものを全て押し出す衝撃は止まることを知らずに
近くにあった石柱に思いっきり激突する。
「ぐぇ…ごほ…ごほ…」
喉に詰まったものを吐き出しすぐさま新しい空気を取り込んだ。
すると…
腕をつく青年の手元に風を切り飛んでくる一本の木刀
" 追い討ちをかけないのは私の優しさですよ"
「ほざけ、ザシアンお前は妖精ではなく悪魔だ!宮廷のものでも俺にここまでするものなどいないぞ!」
青年は木刀を握り直し再び立ち上がる。
「俺の友で無ければ極刑もんだぞ」
" 素直に手加減して欲しいと申してはどうです?"
「(ピキピキ)……いうに事欠いて手加減だと?ほぉ?俺がぁ?このガラル…いや全てをいずれ支配するこの王がぁ?そう見えると?」
" 他に誰がいると?"
クスクスと笑うザシアンに青年は激怒する
「友とはいえその侮辱は許さん、その余裕を浮かべた面に俺の渾身を叩き込んでくれよう!」
" 一度でも私に当ててから吠えなさい…お坊ちゃん"
ブチィ…
青年の額の青筋が音を立ててキレる。
風切り音とともに先程よりも速く力の籠った一撃をザシアンは額で受け止める。
「なっ⁉︎」
" 東洋ではこんな言葉があるようですね…"
ザシアンはそのまま青年の胸ぐらを口で咥えるようにすると
"肉を斬らせて骨を断つ……と"
「まてまてまて…ごぶぎゅ」
背負い投げをするように青年を宙に持ち上げると地面に叩きつける。
" 感謝は不要です…貴方の拙い一撃、そのお礼ですよ"
「………」
泡を吹いて気絶する青年をザシアンは見下ろした。
それはアルシエル・エディン・ガラルが14歳になった時のお話だ。
@
彼がザシアンに剣の稽古を付けてもらうこととなった事の発端はほんの少し前のことだ。
王宮にある訓練場にて木刀の撃ち合う音が響く
「はぁぁぁ!」
鋭い声とともに踏み込んだ青年の上段突きを受け止めるは8歳年上の義兄。月夜を美しく魅せる水面のような深い群青の髪とそんな繊細な髪をかき上げオールバックにしている彼はアルシエルの成長を嬉しく思うように笑みを浮かべ押し返す。
「ちょっと見ないうちに腕を上げたな!アル坊。マーリンのお陰か?」
「あんな好色魔の何がお陰だ!」
アルシエルは体勢を立て直すと間髪入れずに男性へと打ちかえす。
「相手の挑発にすぐに乗る…その単調さだけは中々直らないな」
「のぁ!」
青年はアルシエルの剣を流すと同時に足を前に出した。無防備にも青年の罠に掛かったアルシエルは盛大につんのめり地面へと顔から突っ込むこととなった。
彼の教育係(仮)である義兄、名を…
「はっはっは!いつになったら訓練場の地面に顔の型を作らなくなるんだろうな!」
「ぐぬぬ…覚えておれよケイ卿」
アルシエルは顔に付いた砂を払うと、こちらに手を伸ばすケイを睨んだ。
「うんうん…しかし本当に強くなったな」
「今それを言うのは俺への挑発と受け取るぞ」
「滅相もありませんとも〜」
手のひらをひらひらと振る義兄の頭に木刀を叩きつけようとするがひらりとかわされてしまう。
「今日はこのくらいにしておくか」
「なっ…俺ならまだ…」
木刀を片付け始めるケイに食い下がるようにアルシエルは近づくと
「無理しても強くはならないぞ〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべアルシエルの頭を撫でる彼の手を鬱陶しいと払いのけるとケイにジト眼を向ける。
「また女か?」
「おっ、流石はガラルを統べる王様!その冴え渡る頭脳…」
「五月蝿い!」
心底軽蔑した表情を浮かべ何処へなりとも行ってしまえという表情としっしっと虫を払うようにケイをあしらうアルシエル。
そんなやり取りをしていると…
「ケイ〜迎えに来ったよ〜」
「おお〜マーリン!」
「げっ…」
ふらふらと覚束無い足取りで現れたのは、地面につく程の長い白髪と全体的にモコモコした薄い桃色と白を基調としたローブを纏った男性。その美貌はまるで50年以上生きているとは思えないほど美しくハリ艶のある肌と声だった。
「おやおや〜アルシエルぅ〜こんなとこぉろで〜な〜〜〜にぉしてるんらい」
「近づくな酒臭い!そして寄るな性病が移る」
「なんだとぉ〜だ〜〜れが幼いキミを世話したと思ってるんだ〜〜い?」
「少なくとも貴様で無いことは確かだ」
「あんれぇ〜バレちゃった」
てへっと舌を出す酔っ払いからアルシエルは距離を取った。
「全く、俺を差し置いて一人で酒を飲んでいたのか」
「呑まれたの間違いであろう」
「うんまいこと言うね〜流石僕のアルシエルぅ〜」
唇を尖らせ近寄る変態の脳天にアルシエルは木刀を叩き込んだ。ケイには通じなかったがこの酔っ払いには効果覿面だった。
頭を抑えて地面で悶絶するマーリンを侮蔑を込めた表情で見下ろすアルシエル…
何を隠そう…彼こそが…
「全く…それはそうと本来の仕事であるアルシエルの教育係をきちんとこなしてから酒を飲んでくれたら文句も無いんだが」
「はぁ?あるだろう他にも?いくらでも?」
教育係であると、そして本来ボケ担当のケイが常識人に見えてしまう程度にマーリンはクズだということを
「アルシエルぅ〜こんなに強くなって…ぼくぅぁ〜ね。とても嬉しいよ♪」
「ええい、触るな!気持ち悪い!」
やんややんや、と騒がしい日常が今のアルシエルの日常だった。ひとしき騒いだ彼らは酒場にいる綺麗な娘を見に行こうと、そんなくだらない話題とともにアルシエルに背を向け訓練場をあとに…
「あっそうそう、忘れる所だった…」
「?」
ケイと肩を組み酒場へ行こうとしていたマーリンがアルシエルに振り返った。
「王様が呼んでたよ…なんでも君に頼みたいことがあるとか」
「頼みたいこと?」
「うんうん!聞いて驚くといいさ、なんでも君の初陣が決まったってね!」
「えっ…」
「ちょっと待てそれを陛下は直接伝えたかったんじゃ無いのか?」
「あっやっば………今のカットで……いいねアルシエル、王様から何か聞いたら、" びっくらこきまろ〜" ってリアクションを取るんだよ…決してマーリンにバラされたから知ってますなんて言うんじゃ無いよ…私は無関係で無実だからね」
ぴゅぅ〜ひゅ〜
っと…汚い口笛を吹いてケイと歩いていくマーリンの背を見送った