夢灯りしは
日が落ちるまでには戻ること…
それが彼と彼女の間で暗黙のうちに結ばれたたった一つの決まり事。
アルシエルも名残惜しくはあったが、それが守らねばならない彼女との一線と理解していた。
何よりもその一線を越え、彼女との今の関係が崩れることを恐れた。
……それでも
" どうしたのですか…"
「……」
少年の望み通り、近くの海までひとっ飛びし、またこの小さな庭園に戻ってきたザシアンはどこか浮かない表情を浮かべていた少年に問いかける。
普段であれば、とても名残惜しそうな、不満気な表情をいっぱいにし庭園の奥へと歩いていく頃だ。
しかし、少年は地面に寝転がり目元を隠すように腕で覆っていた。
ザシアンは少年から視線を外し、静かに彼の続きを待った。
やがて…少年はポツリポツリと言葉を紡いだ。
「祖父君の体調が優れないのだ…いずれ余がこのガラルの王になると…城の皆が言っている」
" …"
「俺は……王になんてなりたくない……ずっとこのまま……ザシアンと…」
" アル…"
「?」
涙をポロポロと溢しながら弱音を口にする彼を英雄は許さない
" この時間、この場所が貴方の張り詰めた人生の中で弱さを吐き出す時であっていい…ですが"
金色の双眸が少年の瞳に映る弱さを抉る…
" 私が貴方とともに歩むことはないでしょう"
その言葉が何を意味しているのかを理解できてしまうほどに少年は賢かった。
彼女と少年の歩む時間の流れは残酷なまでに違う。
幾度、少年が老いて、死を迎えようと余りある時間を生きるのが彼女であること
決して消えることのない存在理由と彼女が自分に定めた不文律を緩めることは無い。
生まれたその瞬間から英雄として世界に存在する彼女の見て感じる世界は、生涯を歩み数多の出逢いを繰り返し英雄へと成っていく少年の風景は…きっと
「どうしたら余はザシアンとともに居られるのだ!」
" ……"
思ってもいなかった少年の質問にザシアンは目を丸くした。その言葉が出ないように、突き放すように冷たく、恐怖すら抱く覇気を持って彼に伝えたつもりだったから
しかし、少年は諦めない…
逃げるように瞳を伏せようとするザシアンを逃さないように少年がまわり込んだ。
僅かな静寂が二人の間に流れた。
少年の視線を受け我慢の限界が来たザシアンは口にする。
" 貴方が大きくなって素晴らしい王様になったら…その時はこの言葉を取り消しましょう…"
「本当か‼︎」
" …ええ…ですがそれは辛く…むぐっ"
「約束だからな!」
言い終えるよりも先に少年はザシアンを抱きしめた。少年の背丈ではまだ届かない彼女
それでも…
彼女の蒼い毛並みに顔を埋めながら少年は笑った。
「どうすれば余は素晴らしい王様になれるのだ」
" 困っている人を助け、貴方のことを大切に思う皆んなに囲まれるような人になったら…きっと素晴らしい王様になったということでしょう"
「…分かった!困った人を助ければいいのだな」
" ええ…ですが貴方にはまだ足りないものが多いようです"
「?…なんだそれは」
" 先ずは…"
コツンと少年のおでこを顎で押すと、バランスを崩した少年が地面へと転ぶ。
" たくさん食べて大きくなるところから…"
「むっ…」
少年は不機嫌な表情でザシアンを見上げた。
" 日が落ちるまでまだ少し時間があります。貴方が素敵な王様になれるように、私の知っている大切な王様のお話を聞かせるとしましょう"
柔らかなザシアンの表情に少年は瞳を輝かせた。
" 少し遠い…私が生涯でただ一人仕えた王様のお話を…"