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ちっちゃなプリンセスと幸せの魔法

作者: 櫻井入文

よろしくお願いいたします。

 とある小さな王国、ルミナリア。その王宮には、小さなプリンセス、サフィラが住んでいた。彼女は金色の髪に大きな青い瞳を持つ、齢五歳の愛らしいお姫様だ。


 五歳らしく庭園で蝶々を追いかけたり、絵本の読み聞かせを楽しんだりするのが好きな小さな女の子。サフィラの日々は、遊びと学びに満ちていて、彼女の笑顔と笑い声は、王宮中の人々を幸せにしていた。


 しかし、そんな彼女に転機が訪れる。弟、マリウスが誕生したのだ。


 ずっと楽しみにしていた小さな存在。


 弟でも妹でもどちらでも構わない。元気に生まれてくれれば、それでいい。両親とそれはそれは楽しみにして毎日、無事に生まれてきますようにと健康を祈った。


 けれど。


 マリウスが生まれてから、サフィラは「姉君」として扱われるようになった。


 小さな小さな大事なあかちゃん(おとうと)。サフィラもわかっているし、愛しいとも思う。


 でも、どれだけ消しても「もう、誰も私のことなんて見てない」と、両親や臣下の関心がすべてマリウスに向いているのではないかとむず痒い思いが湧いて出るのだ。


 サフィラは、寂しさから少しずつ心を閉ざし…………ていくわけはなく。


 というか、寂しさなど微塵も感じるわけもなく……。





「サフィラ様ぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 今日も元気に、召使いたちの悲痛な叫びが王宮にこだましていた。


 リトルプリンセス・サフィラ。隙あらば自分の部屋からこっそり抜け出し、冒険に出てしまうアクティブ過ぎる七歳児に成長していた。


「いたか?!」

「いません!」

「おのれ、姫様っ」


 ギリィと音がしそうなほど歯をむき出しに噛み締める侍従に、召使いたちは「ひぃ」と声を上げ震えあがる。

 元々、探究心と冒険心とが同居した行動力の塊みたいな性格をしたサフィラだ。プリンス・マリウスの誕生で彼女の両親を含め多くの人間の関心がそちらに移ったこの好機を見逃すはずもなく。

 彼女は彼女を見守っていた目が明らかに減数したと判断するやいなや、少しでも目を離そうものなら瞬く間に姿を消すようになった。


『ぼうけんにでます。さがさないでください。


 おやつにはもどります。


 コーンチーズパンがいいです』


 そんな書き置きを残して宮内の冒険に出掛けてしまう姫様を皆、心配しつつ微笑ましくもあり。

 広すぎることはないが、狭くもない王宮全域を使っての全力かくれんぼが連日開催されることになった。


 そうして、かれこれ一年と半年。しっかり過ぎる七歳児は、今日も王宮に仕える者たちの目をかいくぐり、勝手知ったる我が家と隠し通路をひた走る。


 初めて一人で王宮を探検した日は大変だった。ちょっとした出来心から部屋から部屋へ、なんだかうまくいって暖炉の中に見つけた秘密の通路。何かステキなモノやコトがないかと心ゆくまで探して歩く。途中で恐ろしい『ほこりだらけの部屋』に出くわし、くしゃみを連発したが、それでも探検をあきらめなかった。どこでも不思議に思った場所や気になった扉を開き、中に入って進み、好奇心を満たした。


 自分がいなくなったことに気がついた侍女や侍従、召使いたちの自分を呼ぶ声が聞こえたが、後で謝ればいいかな……と、返事はせず、声のしない方向へと逃げ出した。王宮で働く者たちは、みな侍従たちの味方というわけではなく。彼らがサフィラを探しているのに気が付きながらも逃げる手伝いをしてくれたり、奥の厨房に迷い込んだ時には料理長がナプキンに包んでビスケットを手渡してくれたりした。


 後日、サフィラを震え上がらせた『ほこりだらけの部屋』は、数多の精鋭(メイド)たちの手によって討伐されたと教えてもらえた。


 サフィラの冒険の成果である。


 ――――冒険は楽しい。


 そう良くも悪くもサフィラの気持ちに刻まれてしまった。



 ある日、サフィラは王宮の奥深くに隠された秘密の図書室を発見し、古い書庫の中で一冊の魔法の本を見つけた。


 この世界に魔力は満ちていて、魔法使いたちもおとぎ話の中だけではなく現実に存在する。ただその数はものすごく少なくて、王宮の中に何人の人が働いているのかサフィラでは数えられないくらい多くの人がいるが、それだけの人がいても魔法使いは一人もいない。

 時折、どこか遠くから魔法使いの人たちがやってきて、魔法を使えない人たちのお願いを叶えてくれたりする。でもそれも、『助けてください』とお願いを出してすぐ来てくれる時と何年も何年も待たないといけない時とあるらしい。その差はサフィラには分からないけれど、魔法使いがお城にいればルミナリアはもっともっと幸せな国になれるんじゃないかとサフィラは考えた。


「わたしが、まほうつかいになればいいんだわ!」


 多分違う。


 けれど、サフィラは真っ直ぐ素直に育った子だった。


 魔法に興味を抱いたサフィラは、魔法の本を部屋へと持ち帰り、夜な夜なこっそり本を見て魔法を学び始める。


 彼女は情熱の塊だから、何事にも一直線なのだ。


 しかし、すぐに問題が起こった。


 標準的な七歳児程度に簡単な文字しか読み書きできない彼女に、大人でも困惑する言い回しの難しい文字は、ただのシワシワした模様でしかない。読めない文字は読み飛ばし、図解説はきれいな絵に見えた。


 そうして気が付く。


「なにがかいてあるか、まったくわからないわ」


 リトルプリンセス・サフィラ、初めての挫折である。



 この世界は魔力に満ちていて、その魔力を借りて魔術を使える魔法使いがいて。

 勇者たちと冒険に出掛けたり、心優しい娘を幸せな結婚に導いたり、たくさんの冒険とたくさんの幸せを振りまく存在。

 それがサフィラが読み聞かされた絵本や寝物語に人の口から聞いた魔法使いの話である。



「まほうつかいになりたい」



 みんなを幸せにしたい。



 その原動力は、彼女に不断の努力を重ねさせるに至った。



 あれほど大好きだったお城の冒険は鳴りを潜め、その時間は言葉を学ぶ時間へとかえられた。


 本が読めなければ先に進まない。そう考えたからだ。サフィラの事情など知る由もない周りの人間は、サフィラが王女としての自覚に目覚めたと好意的だ。ただ少し、あのおてんばな姿が見れないのは寂しいと成長が嬉しくある反面、物悲しさを感じる部分もあった。


 すべてが布石であるなんて、誰が想像しようや。


 さて、サフィラである。


 一心不乱に勉学に熱中しているように思われたが、夜な夜な魔法の本を開くことは忘れない。読めなくとも字を見て、絵を見て、想像する。

 こんな魔法ではなかろうか、こんな素敵を巻き起こせるのではなかろうか。


 そうして月日は流れ、サフィラ九歳目前のある日。


 夜ごとに密かに練習し、今日こそは今日こそはと魔法の本を胸に抱き呪文を唱え続けたサフィラの努力が実を結ぶ時がやってきた。


 サフィラが最初に成功させたいと願った魔法は、花々を咲かせる魔法だ。


 何度も何度も唱え続けるうちに小さな光がパチパチと生まれるようになった。それは一瞬で消えてしまうものばかりだったけど、いつかきっと花になると希望を抱くには十分だった。


 声が嗄れてしまったり、寝不足で目がショボショボしてしまうと侍女たちに心配されてしまうから、今夜はここまでにしようと決めて最後に唱えた一回。


 部屋を花々で満たす魔法は、サフィラの部屋をピンクの泡だらけにし、それだけでは収まらず廊下まで溢れ出て召使いたちをびっくりさせた。


 リトルプリンセスは、マジカルプリンセスにエヴォリューション!


 コホン、……失礼。


 一度も成功したことのない魔法使いサフィラの誕生である。


 たくさん叱られて、その何倍も褒められて、鼻高々なサフィラは、勉強を頑張っていた理由が魔法の本を読むことだったと知られてからも日々の勉強をやめることはなかった。

 沢山学べば、学んだ分だけ色んなことを識ることか出来る。考える幅を広く持つことが出来る。

 まだ文字を読めない魔法の本も、いつかきっともっと深くもっと広く識ることが出来る。そう思って、彼女は更に学びに情熱を注いだ。


 まぁ、魔法が一番なんですけどね。


 そんなこんなで、以前は寝る前のルーティンだった呪文の練習も好きな時に何度でも行えるようになったのだけれど、成功した試しはなく。


 それでも不屈の闘志で挑み続けるサフィラは、魔法の本に記されている言葉を一つずつ読み解いて新しい魔法の知識を得ることは出来た……はずなんだけど、知識を得ても実現させることができるか否かは別問題だったりして。


 いまだ、成功せず。


 そんなある日、歌声が素晴らしいと街で噂になっていた旅の吟遊詩人が王宮に招待された。


 彼の歌声は評判に違わず美しく、語る物語は聞き惚れる者たちの胸を震わせた。


「魔法のゲンセン……エーテルのイズミ」


 サフィラも歌声に聞き惚れた一人であるが、それ以上に語られる詩の内容に気を取られ、心は全く別の所で胸を震わせていたのである。


 魔法の森の中心には、『エーテルの泉』と呼ばれる魔法の源泉があり、泉の水を飲むことで特別な力……無限の魔法力を得ることができると言われている。


 そんな話を聞いたなら、試さないのはサフィラではない。


 いや、一旦落ち着こ?


 よーく考えよ?


「思った場所に、行ける魔法……行ける魔法……」


 ペラペラと魔法の本をめくっていたサフィラの指が目当てのページで止まった。


 《Teleportus Imaginatus》


 心の中で思い描いた場所に瞬時に移動することが出来る。ただし、正確な場所をイメージすることが重要。


「…………これだわ!」


 魔法の森なんて行ったことはないけど、吟遊詩人の歌が上手すぎて、心に思い描いた情景は完璧だった。


 イメージすることが大事なら、場所は知らなくても絶対に飛び立つことが出来る。


「てれ、テレポぉーつ……テレ……てってってテレポーつす、いまぎなつ」


 なんか違う。


「テレ……təs……tʊs……てれ」


 発音が難しいと思いながら口の中で何度も舌を動かし正しい発音を探す。


「テレポルタス・イマジナタス」


 ふわりとサフィラの周りで小さな光が煌めいた。


「やった!」


 音の運びが正しいモノに近づいたのだろう。あとは、成功させるだけ。サフィラの気持ちが一気に高まる。


 イメージ。イメージ。イメージが大事。


 目を閉じて、気持ちを集中させる。


 イメージ。イメージ。


 魔法の森。エーテルの泉。深い森の奥にあって水は澄んでて、時々吹く風に水面が揺れるの。


 生き物は……、そうね。鹿とか?

 クリスタルの角を持つ金や銀の毛皮の鹿がたまに水を飲みに来るのだわ。


 お城の庭の池には、鹿の代わりにカエルがいるけどね。


 カエル……。エーテルの泉にもカエルっているのかしら?


 いつの間にか思い浮かべたエーテルの泉の情景に金と銀の鹿だけでなくカエルも加わっていた。しかし、サフィラはそれに気が回らない。


 エーテルの泉に行きたい!


 強い気持ちで呪文を唱える。


「テレポルタス・イマジナ()ス!!」


 ボフン! と、大きな音を立ててピンクの泡が飛び散り、サフィラの姿は消えていた。


(えっ?)


 最初に感じたのは、体の内側から弾けるような感覚。


(えっ?!)


 次にフワリと宙に浮くような不思議な感覚。


(えええええっ?!)


 そしてポトリと、柔らかなどこかに落ちたような衝撃。


(ちょっと待ってぇぇぇぇ……!)


 一面ピンクの視界がゆっくりと晴れて、自分以外のあらゆるモノが大きくなっていることに気づく。


(どーなっているのよ)


「ケロケロケロけろ」


(けろけろ?)


 どこかにカエルがいるのかと周りを見回し……。


「ケロ」


(ん?)


 座り込んでいる自分の手を見て。


「ケロケロ、ケロ。けろけろけろけろけ」


(なんでカエルになってるのよーーっ)


 小さなアオイロのカエルが彼女が手にしていたはずの魔法の本の上に佇んでいた。


「けろけろけろけろけ」


(魔法が成功したことは、すごくうれしい)


「ケロケロケロ」


(でも失敗してるのーーっ)


「ケロケロケロケロケーーッ!」


(ヤダァもう。何を言ってもケロケロになっちゃう)


「ゲロゲロケー、ゲロケロゲロ」


(どうしたらいいの? このままカエルのまま?)


「ゲロゲロケロケロケロー!!」


(そんなのいやぁーーーっ)


「何だかすごい音がしたと思ったら」

「ケロケロケロケロケロケロ」


(え、なに?)


 キョロキョロと周りを見渡す。というか、目をくりくりと動かす。カエルの視界は意外と広かった。


「派手にやらかしたなぁ」


 後ろから声が聞こえて、体の向きを変えて相手を見ようとしたら手ですくい上げられた。


「どんな魔法を失敗したら、こんな姿になるんだい?」

「ケロ?」


(え……、魔法使い?!)


 自分を揃えた両の手のひらに乗せてしみじみと観察してくる相手を見てサフィラは驚いた。

 絵本で見た魔法使いそっくりなローブを着て、頭にはとんがり帽子が乗っていたのだ。


「ケロ、ケロケロケロケロケロ」


(アナタ魔法使いなの?! わたしのこともとにもどしてくださる?)


「あー、はいはい。ごめんねぇ、ボクぅ動物の言葉とかはわからないんだぁ〜」


 ケラケラと笑う相手は、サフィラよりずっと年上に見えたが父王よりは若かった。


「でも、キミがニンゲンで魔法に失敗してそんな姿になったことは分かるよ〜」


 だから、安心して。すぐに本来(もと)の姿に戻してあげる。


 そう言った相手はカエルになったサフィラの頭に躊躇いなく口付けを落とした。


(なんじ)、正しき姿へ還れ。Transfig(トランスフ)tatus (ィグタス) Anfrogatus(アンフロガタス)


 真っ白な光の洪水に視界を掩われる。けれど、怖いとは思わなかった。


「ケロ……」


 温かく柔らかな風に優しく包みこまれ、体の内側からも何かが溢れ出すようなあやふやな感触。まるで何か、心地よいぬるま湯の中を揺蕩うような自分と世界の境界があやふやになり混ざり合うような。そんな不思議な感覚に囚われたのを最後にサフィラは意識を失った。



「かわいい魔女さん、がんばってぇ」








 次にサフィラが目を覚ましたのは、カエルに変身して気を失った翌々日のことだった。


「お゛ね゛え゛さ゛ま゛、お゛き゛た゛ぁ゛ーっ゛」


 ベッドの上でぼんやりするサフィラに、彼女の目が覚めたとお付きの者に教えられたのだろう、部屋に飛び込んでくるなりマリウスは泣きながら彼女に抱きついた。


「マ、マリウス?」

「起き゛た゛ーぅあぁ……た゛ら、目、うやぁーっ起き゛ああ゛あぁたー」


 気持ちが逸りすぎて、言語がおかしなことになってる五歳児に、寝起きのサフィラはついていけない。

 ただ、泣きじゃくる弟を見て、自分は彼にずいぶん愛されているのだと感じた。


 ゆっくりと苦しいくらい抱きついてくる弟の頭を撫でる。


「おね゛たま゛ぁ?」


 涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃな顔で自分を見上げてくるマリウスの真っ直ぐな愛情に可愛さを再確認した。


「ごめーんね」

「きゃーっ」


 ギュッとマリウスを抱き返してシーツの中に引きずり込もうとすれば、彼は甲高い声を上げてはしゃぎ抵抗する。それまで静かだったサフィラの部屋は、途端に笑い声に満たされ賑やかになった。


 娘が目を覚ましたと聞いて飛んできた夫婦は、ジタバタとベッドの上でじゃれ合う姉弟の姿を見てお説教は後回しにしようと声は掛けず、部屋の入り口でただ微笑み我が子たちを見守る。


 サフィラが魔法に夢中にならなければ、ずっとそこにあったはずの光景が正しくかえってきたかのようだった。





 ゆっくりと、季節は巡る。


 魔法を使って森へ行こうとして、自分を小さなカエルに変えてしまったサフィラだが、幸いにも通りかかった優しい魔法使いが彼女を元に戻してくれた。


 淡い空色の髪に、ややくすんだ薄茶色の瞳をした魔法使い。


 そんな偶然に魔法使いが通りがかることなどあるのかと疑問に思えば、王宮に招かれていた吟遊詩人の歌声に惹かれてフラリと現れたらしい。


 サフィラの強運を仕える者たちは褒め称えたが、サフィラは、つくづく魔法使いとは気ままで気まぐれな人たちである。と、思っただけだった。


『かわいい魔女さん、がんばってぇ〜』


 耳に残る声は、本当に彼のものなのか。それともサフィラの願望が残した幻聴だったのか。確かめるすべは無いけれど。それでいいとサフィラは思った。


「お姉様、ごほんよんで」

「いいわよ」


 十歳になったサフィラは、少しだけ大人になった。


 魔法の本を大切にしまって、弟と一緒に遊ぶようになったのだ。だからといって、魔法使いになることを諦めたわけじゃない。


 三つ子の魂百まで。サフィラの場合は、七歳だったが。


 忘れた頃に、王宮のどこかでピンクの泡は爆発したし、神の悪戯か、ごくごく稀に発動には成功して、庭を砂漠にしたり、森を花だらけにしたり、空を七色に染めたり、食事の時間をダンスパーティーに変えてしまうこともあったけど。そんなサフィラの魔法にマリウスはいつも大喜びで、王様もお妃様も彼女のなぜかちょっと違ってしまう魔法を辞めさせようとはしなかった。


 ルミナリアの王宮では、サフィラとマリウスの笑い声がよく響いていたし、ピンクの泡に巻き込まれた召使いたちの悲鳴も同じくらい響いていたけど……でも、多分。


 魔法使いがいると幸せな国になる。


 たとえそれが、魔法の名手でなかったとしても。







 エルダーフラワーの白い花をツバにたっぷりと乗せたとんがり帽子を被った魔法使いが手にした魔法の本を開く。


「自然の精霊よ、我々の喜びを祝福せよ」


 今日は、隣の国から伴侶を迎えた王族の結婚式の日だ。


「幸せと平和に満ち溢れた彼らの人生が彩り豊かであるように」


 聖堂で神に愛を誓った二人がバルコニーへと出てくる。


「二人の心がいつまでも一つに、永遠の絆が結ばれますように」


 二人をひと目見たいと王宮前に、集まっていた人々から歓声が上がった。


Florus(フローラス) Celestris(セレストリス)


 呪文を唱えると、空から美しい花びらが舞い降り、周囲を甘く爽やかな花の香りで包み込んだ。


 その不思議な光景に、王子の結婚を祝福しようと集まっていた人々は目を輝かす。


「おおおおお」

「こ、これは魔法使いの祝福か?!」

「なんて素敵なのでしょう」

「長生きしてみるもんじゃねぇ」


 それは結婚式を行っている王宮のみではなく、ルミナリアの王宮を中心に遠く国の果てまで届くほどの魔法の祝福だった。


 降り注ぐ色とりどりの花びらの中に、ピンクの輝きとひとひらの雪のようなピンクの泡が混じっていることをマリウスは見逃さなかった。


「姉上!」


 マリウスたちが立つバルコニーがある棟から対角に立つ塔の屋根に佇む二人の魔法使いの姿が見える。


 一人は、波打つ金の髪。もう一人は肩の上で切り揃えた淡い空色の髪をしていた。


 金の髪の魔法使いは、手にした魔法の本を閉じると愛する家族たちに手を振って魔法の箒がわりのバスタブに乗り込む。フワリと宙に浮かんだバスタブに、マリウスはぽかんと口を開けた。


『私、思うのだけど。ホウキよりバスタブの方が飛んでいて安全だと思うのよね』


 十五歳の成人の儀を済ませた夜。姉がこぼした素朴な疑問は、そのまま採用されたらしい。


「はは……。相変わらず、ムチャクチャだな」


 縁にくっついたアヒルのオモチャは、サフィラの使い魔なのかもしれない。


「末永くお幸せに! 子どもが生まれたくらいにまた来るわ〜〜」


 呑気な叫び声を残して飛び去っていくバスタブを見上げて、地上の人々が騒ぎ始める。

 金の髪の魔法使いの後始末をするように、箒に乗った正統派な魔法使いは王宮の周りをくるりと一周旋回し、光の花を青い空に幾つも描いてくれた。

 それは、王宮から遠く離れた場所からでもよく見えたという。








「バスタブに乗った魔法使い……サフィラ伯母様みたいね」


 寝物語にルミナリアの幸福の魔法使いの話を聞いていたセレステは、隣で身を横たえる父王に問い掛けた。


「そうだね。ピンクの泡を自在に操るところなんてソックリだ」


 喉の奥で静かに笑う父の顔がセレステは大好きだ。


「わたしの名前は、サフィラ伯母様がつけてくださったのでしょう?」

「そうだよ。リュミナに抱かれた生まれたばかりの君を見てね、まぁ、なんてぷくぷくしてるの。って大喜びしてね」


 妻に抱かれたやっと目が開いたばかりの赤子の顔をのぞき込み、「天上の青だわ」そう呟いた姉の顔を忘れることはないだろう。


「君の瞳に、天の蒼さや星々の輝きをみたからだそうだ」

「うふふ。すてき……わたし、じぶんの名前だいすき……サフィラおばさ……まも」

「父様も母様も大好きだよ、おやすみセレステ」


 愛娘の額におやすみの口付けをして、髪を優しくなでつける。


 失敗を怖れない心の強さが姉にそっくりな娘が、いつか自分も魔法使いになりたいと言い出したら、自分も父母のように穏やかに見守ることができるだろうか。


 先のことはわからない。けれど。


 ルミナリアの王宮には、今も昔も小さな女の子の笑い声が響いている。



お時間いただき、ありがとうございました。

サッと読むには少し長くて申し訳ない。

少しでも楽しいと思っていただけたなら幸いです。

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