社畜のお姉さんが甘芋を作る話。
ふんふんと小さく鼻歌を歌いながら、綾子は帰路を急ぐ。
今週は残業続きで、ずっと日付が変わる頃の帰宅だったのだ。
金曜日の今日、ようやく19時という早めの時間に会社を出れた綾子はその足でスーパーに向かった。
今週のお買い得だという大きなさつま芋、他にもいくつかお買い得品を購入した。
身体は疲れているが、開放感からテンションは高い。
他の人にはわからない程度にスキップしながら帰宅した。
「ただいま、私!おかえり、私!」
そんな独り言を言いながら玄関ドアをくぐる。
上着を脱いでハンガーにかけ消臭スプレーをかけると、洗面に向かい手洗いうがいを済ませる。
そこまでしてから、買い物袋をキッチンへと持って向かう。
その間も鼻歌は継続だ。相当に機嫌がいいらしい。
「おいも。おいも。おいしいおいもっ」
ついには歌い出しながら、夕飯に不要なものは冷蔵庫へ仕舞い、冷蔵庫から必要なものを取り出す。
バター、牛乳、たまごだ。
さつま芋は水洗いして、軽く水分を拭いたら、ラップでゆるく巻いて、レンジでチンだ。
その間に部屋着へと着替えてキッチンへ戻れば、ピロリロリ~とレンジが終了の合図を鳴らす。
綾子はレンジでチンと言うが、実際のレンジはチンと鳴らなくなって久しい。
先日、薄給ゆえに外に食べに行くこともできず、隣のデスクの後輩と一緒にデスクでお昼を食べていた時に何気なく言った「レンジでチン」が通じずに戦慄したことを思い出す。
今の若い子は「レンジでチン」を言わずに、普通に温めると言うらしい……綾子はそっと年齢差という現実から目をそらした。レンジはチンなのだ。
それはそれとして、熱々になったさつま芋をミトンをはめて取り出し、竹串で刺す。
すっと通るので過熱は十分な事を確認する。
「あっち!あつっ、あつぅ!」
熱々ラップを剥がし、さらに熱々のさつま芋の皮をはがす。
皮をむいてからチンすれば良いだろうと思う人もいるかもしれないが、洗い物が増えるので綾子はやらない。極力洗い物は減らしたい。
皮つきでチンした方が甘みがでる、と何で読んだか思い出せないくらい曖昧な記事の記憶も綾子にはあった。
皮をむくのが面倒くさい時の自分への言い訳に重宝している。
マッシャーがないので、大き目のフォークでぐにぐにと潰していく。
繊維が多めだが、今回は気にしない。ちょっと頑張る時はフードプロセッサーでうぃーんとして気にならなくするが、洗い物がが増える。
漉すなんてことは最初から考えていない。そこまでするなら買ってきた方が手間がなくていいというのが、綾子の持論だ。
ある程度つぶれたところで砂糖、牛乳、卵黄を半分だけ。余った卵白は冷凍だ。
それと、隠し味のはちみつ。風味がよくなる…気がするので、綾子は入れることが多い。
以前読んだレシピには、バニラオイルやらエッセンスを入れると書いてあったが、そんなおしゃれなものは家にない。
他にもラム酒も良いとあった。が、お酒を飲めない綾子の家には、香りのいいラム酒なんかもないのだ。
さらに、砂糖ではなく風味豊かなきび砂糖などを入れると良いともあったが、やはりそんなものはない。綾子の家には、砂糖と言えば上白糖しかないのだ。
綾子は、ないない尽くしでも最低限のものあればそれなりのものができると思っているので、これからも増やすことはないだろう。
そして、全てを目分量で入れるという、お菓子作りにはありえないだろう暴挙をしているが、気にしてはいけない。
好きな甘さにできるし、好きな硬さにできるし、食べるのは自分だけなのだから。
熱々のさつま芋とはちみつの香りが混ざり、ふんわりと甘い香りが漂う。
「……このまま食べたい……」
このままでももちろん食べれる。そして美味しいことも綾子は知っている。知ってはいるが…。
今日は焼いて食べたいのだ。香ばしいバターの香りが漂う甘い芋が食べたいのだ。
誘惑から逃れるために、くっと顔に力を入れて耐える。
さつま芋とあとから入れた材料が混ざったところで、卵焼き用のテフロンフライパンを取り出す。
そこにラップを敷き、そこにさつま芋生地を入れ、卵焼きの形に成型する。
ラップごとさつま芋生地を取り出して六等分にすると、卵焼き用フライパンにバターを敷く。
弱火で焦げないようにするのがポイントだ。
そこに切ったさつま芋生地を乗せ焼いていく。
ゆっくりじわじわ焼いて、香ばしい匂いがしたところで上の面に薄く卵黄を塗ってひっくり返す。
「あー……いい匂いー……癒し……」
変な感想を漏らしながら、綾子は調理を続ける。
一人なのだから、良いのだ。たぶん。
最低限の調理で済ますなら、バターで焼く面がひとつ、たまごで焼く面がひとつあれば、スイートポテトととして十分美味しい。
頑張る気力があるのなら、他の焼き目のない面は、バターの風味と香ばしさを強くするためにバターを少し足して焼くし、たまごのコクを出すなら卵の面を増やせばいい。
サイコロ型はそんな調節も可能なのだ。
六個あるお芋のひとつひとつの焼き加減を変えちゃうこともできるが、面倒くさいので綾子はやらない。
焼く時に卵を塗った面にゴマをぱらりとしても良いが、綾子の家には白ごましかなかったので、今回はナシだ。
ゴマは見た目もよくなるし、香ばしさも上がるのであると良いのだが、白ごまだとちょっと見た目が残念になってしまうのだ。
美味しいお芋は見た目もちょっとだけ気を遣う綾子だ。
今回はバター三面、たまご三面の、綾子にしては頑張ったスイートポテトが出来上がった。
三個は出来立てを、残りは粗熱を取って冷蔵庫に入れ明日食べることにする。
出来立てを食べるために牛乳をマグカップに入れてレンでチンして温める。膜が貼ろうが気にしない。
出来立てを大きなお口で頬張る綾子。
「はっふい!ほいひぃー!」
最初はバターとさつま芋の香り、口に運んで咀嚼すれば優しく甘いさつま芋にミルクの風味、あとから香るほんのりとしたはちみつ。
あふあふしながら熱を逃がしつつ咀嚼して牛乳をぐびり。
「あー……うっま!」
最高、幸せ、美味しい!ありがとう、さつま芋!
そんな感想を綾子は抱く。
身体は疲れているが、そんなことは気にならなくなっていた。
甘くて美味しいは、幸せなのだ。忘れちゃえるのだ。
安くておいしく量のあるさつま芋。
おかずにもサラダにもおやつにだってなってしまう、調理も比較的簡単、まさに万能。
薄給の社畜OLには大変ありがたい食材だ。
これからの季節、まさに旬。安く良いものが出回る。
綾子はしばらくの間、さつま芋生活がはじまる。
普通なら嘆くのかもしれないが、綾子のとってそれは幸せな日々の始まりなのだ。
終
さつま芋の美味しい季節になってきました。
天ぷら、サラダ、干し芋、芋けんぴ、大学いも、コロッケ、炊き込みご飯、フライ、甘煮、さつまいももち、チップス、クリームシチュー、そぼろ煮、きんつば、グラタン、ガレット、パイやタルトも良いですね。
さつま芋料理で食べたいものが沢山あります。
旬の間にどれだけ食べられるかな……。