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★ランキング掲載作品★(下世話ですみません汗)

夏の雪 立ち消えの約束 ー婚約破棄された失恋令嬢は心無い元婚約者の正体を知るー

作者: 幌あきら

いつも誤字脱字報告ありがとうございます。とても助かっています!

感想もありがとうございます!!!(感涙です~~~)


【1.王宮中の噂の結婚】

 ジェイク・フォールヒル公爵令息とテレンシア・ヴォルカー侯爵令嬢の結婚は、王宮中の貴族の話題を(さら)った。


 そもそもフォールヒル公爵は国王の信頼が厚く宰相を任されるような家柄だ。そしてその宰相家のジェイク殿と言えば、金髪巻き毛に淡く澄んだブルーの瞳、すらりとした長身に柔らかい身のこなし、と王宮中の令嬢たちの視線を一人で集めてしまうほどの人気者だった。


「ははは、父が宰相なんかやっていると、とりわけ誤解されがちで困るよ。僕はいたって普通でしかないんだけどな」

「明るい未来のある国がいいよね。僕が辛気臭(しんきくさ)いのが苦手だから、とにかく皆には笑顔でいてもらいたいんだよ」

「僕は優しい奥さんとあったかい家庭を持つのが理想なんだ。子どもは絶対娘が欲しい。大好きな奥さんに似ていたりしたら、溺愛確定だよね」


 こんな気さくな軽口に人懐(ひとなつ)っこい笑顔。それでいて優秀な取り巻きに囲まれた彼は、この王宮の若者の出世頭として、誰からも一目置かれていた。


 そんな彼が結婚相手に選んだのは、まっすぐな黒髪に知的な顔立ちのテレンシア・ヴォルカー侯爵令嬢だった。

 こちらの令嬢は、ジェイク殿に見出されるまでは浮いた話の一つもない至って地味な存在だった。実際ジェイク殿が親し気にテレンシア嬢の手を取りパーティにエスコートした時、王宮中の令嬢が「あれは誰?」と身元確認から始まったのだ。


 そこからジェイク殿と真剣交際となって、一気に時の人となったのだ、テレンシア嬢は。


 二人の出会いは旧市街の神殿跡地で催された『祈りのコンサート』だった。


 旧市街保存の団体に出資していたヴォルカー家に、神殿跡地の関係者からコンサートへのゲスト出演を依頼されたのだった。

 素人ながらピアノだけは好きで続けてきたテレンシア嬢は『余興として』市民と交流を持てることを喜んだ。


 そこへお祭り大好きのジェイク殿が、コンサートのことを聞きつけ、出資してやるから『余興』とやらに自分も出せと軽く言ったのだった。


 サロンで楽しむくらいのバイオリンの腕前を持つジェイク殿は、そのままテレンシア嬢のピアノ伴奏で合奏することになった。


 市民との合奏を楽しみにしていたテレンシア嬢なので、相手がスポンサー枠のジェイク殿となったと聞き多少がっかりした。

 しかし練習で合わせてみると、意外と息ぴったりでお互い気持ちよく演奏できた。それがものすごく心地よかったのである。

 二人は思いの(ほか)真面目に取り組むことになり、顔を合わせるたびにどんどん親しくなった。


 コンサート本番は余興とはいえ好評だったし、その後二人が真剣交際に入ると、王宮中の貴族たちが「神が引き合わせたような」「神殿で芽生えた聖なる恋」と噂し合った。


 やがてジェイク殿はテレンシア嬢に(ひざまず)いてプロポーズし、二人は結婚することになったのだった。





【2.ささやかなお誘い】

 さて、そんなジェイク・フォールヒル公爵令息とテレンシア・ヴォルカー侯爵令嬢の、何かと話題になりがちな結婚の陰で、サラ・バーレル伯爵令嬢の元にもささやかな結婚の申し込みが舞い込んでいた。


 お相手はエルトン・イーレンス伯爵令息。

 フォールヒル公爵家のご子息とは違い、あまり話題にならない男性である。イーレンス家は古い家柄ではあるけれども、田舎に領地を持つ地味な家なのであった。


 エルトン本人も顔立ちこそ精悍(せいかん)だが、特に目立つような振る舞いもなく、若い女性の歓心を買うようなタイプではなかった。


 サラは口には出さないものの、結婚の申込者がエルトンであることに少し不満だった「ほとんど話したこともないのになぜ私に?」という疑問もある。なんならタイミングも……。


「お父様、私はあまり乗り気じゃございません」

「何を言うか、サラ。おまえももうよい歳なのに相手もおらん。()り好みできる立場でもないのだから」

「でも……エルトン様は地味な方ですわ」

「ジェイク・フォールヒル殿と比べているのか? 馬鹿者! エルトン殿はエルトン殿。ジェイク殿など全く関係ないではないか!」

「でも……!」


 若い娘の気持ちを少しくらい分かってほしい。サラは涙目になった。


 しかし父はくだらないと断じ、全く聞く耳を持たない。

 結局父に命じられる形で、サラはエルトンと会うことになった。


 約束の日まで十分に時間はあったのに、サラは何だか自分が有り合わせの結婚を()いられている気分になって、少しも準備らしいことをしなかった。

 ほんの少しよそ行きのドレスをクローゼットの奥から引っ張り出し、侍女にはいつもの化粧とヘアメイクを頼む。

 しかしお迎えにあがったエルトンは心なしか頬を紅潮(こうちょう)させて「可愛(かわい)いですね」とサラを褒めた。


 そのエルトンの嬉しそうな顔が、サラをまたがっかりさせるのだった。

 私は何も特別なことをしていないのに、何を喜んでいるのかしらこの人は? むしろ私が何も準備していなことを(なじ)ってくれる方がマシだわ。


 しかしエルトンはそんな乙女心には気付かず、サラを飾り気のない馬車に促した。


 サラはその馬車にも不満だった。

 思ったより座り心地がよかったものの、デートに使うのなら、車内のリネン類くらい少しはそれっぽくしてきたらよいのに。


 馬車に揺られて着いた先は、王立公園の庭園だった。

 早春。

 花はよく考えられて植え付けられていたが、如何(いかん)せんまばら感が(ぬぐ)えない。

 まだほんの少し遠慮がちな新緑も庭園に物足りなさを出していた。


「少し歩きませんか」

「ええ」


 サラとエルトンは、スイセンやスミレや椿などの季節の花や、訪れるメジロなどの鳥を多少楽しんだが、サラはすぐに飽きて聞いた。

「あの、なんで私に求婚を?」

「えっ?」

 エルトンは唐突(とうとつ)な質問に驚いたが、すぐに真顔になった。


「少し前の雪の日でした。王宮に乗り付けた馬車からあなたが降りてくるのを見ました。あなたは真っ白の毛足の長いほわほわのショールを羽織っていたでしょう。あの日の雪は少し強くて、容赦なく降りかかっていたのに、あなたのショールは白かったからちっとも雪が降りかかっているようには見えなかった。皆コートはまばらの雪でみすぼらしくなっていたというのに」


「へえ。それだけ?」

 サラは乾いた声をあげるしかなかった。


「それだけって」

 エルトンは苦笑した。

「印象的だったんですよ。雪の精のようで。それ以来あなたを見かけるたびに目で追うようになって。きっかけなんてそんなものです。でも今は、あなたのことをもっと知りたい」


「ふうん」

 サラは不満だった。

 世の話題になっているジェイク殿とテレンシア嬢は神殿で華やかな出会いをしたというのに、自分はというと白いショール!


 ええ、覚えていますとも。あのショールは伯母が巻いてくれたものだったわ。

 世話焼きで優しい、大好きな伯母よ。

 出がけに「寒いでしょう」と自分のを私に巻いてくれたの。

 私は嬉しかったけど、それがこんな出会いを生んだかと思うと(うら)めしい気持ちにもなる。


 エルトンは少し気まずそうな顔をした。

「ご不満ですか?」


「あ」

 ずばりと言われてさすがにサラは少し戸惑った。


 エルトンは少し躊躇(ためら)いがちに、しかしはっきりと言った。

「あなたが乗り気じゃないことは分かりました。ずっとその態度ですものね。でもそれは、私のせいかというと、そうでもないんでしょう?」


 図星(ずぼし)過ぎてサラは口を(つぐ)むしかなかった。

 しかしそこで、サラはハッとした。

 エルトンの含みを持った目。

 知っているんだ、もしかしたら全部。このタイミングというのも。


 サラは狼狽(うろた)えて、下を向いた。


 もうこんな雰囲気では二人で何か語れることもなく、エルトンは無言でサラを馬車に引き戻し、気まずい雰囲気のままバーレル伯爵邸まで丁寧に送り届けたのだった。





【3.夏の雪】

 さて、それからしばらくした頃、ジェイク・フォールヒル公爵令息夫妻に子どもができたという噂が駆け巡った。結婚してすぐさま懐妊とは、まさにおめでたが続くビッグカップル。全く、幸せな話題に事欠かない。


 しかもフォールヒル公爵は来るべき孫に大喜びで、孫との時間を最優先にすべく、爵位をジェイク殿に継がせようかと言い出しているらしい。

 テレンシア嬢のことも「嫁として申し分ない」とべた褒めで、厳格と思われていた宰相がこんな風に人情を見せる様を見て、王宮内はだいぶ面白がっていた。


 その頃サラはというと、気まずい思いで毎日を過ごしていた。

 エルトンに失礼な態度を取ったことはよく分かっていたし、「不満ですか」と面と向かっていわれ、もう合わす顔がないと思っていた。


 エルトンの方も言い過ぎたことを気にしているのか、以前ほど積極的にサラに便りを寄越さない。それがまたサラを宙ぶらりんの気持ちにさせ、落ち着かない日々を送らせるのだった。


 しかしついにエルトンから「お話したいことが」と訪問の打診が来て、サラは会いたくない気持ち半分だったが、宙ぶらりんも気持ち悪く会うことにした。


 バーレル伯爵家の大応接室に通されたエルトンは、

「先日はすみませんでした」

と開口一番謝った。


 サラの方も慌てて「あ、いえ、私も……」と言いかけたが、しかし、サラも聞かないわけにはいかなかった。

「あの、知ってらっしゃる……のよね?」


 エルトンは暗い目をして、小さく(うなず)いた。

「ええ、知っています。まだ傷が残っていることも」


「あ……」

 サラは手で口元を覆った。

「ひどいわ、知っていて知らない振りをしていたの?」


「すみません、あなたがどこまで引きずっているか分からなかったので」

 エルトンは項垂(うなだ)れた。


 サラは大きな瞳にめいっぱい涙を溜めてエルトンを見ている。


 エルトンは確認するように低い声で言った。

「ジェイク・フォールヒル公爵令息と婚約する一歩手前だったんですよね。昨年の夏くらいでしたか。もう婚約というタイミングでなぜか急に話が立ち消えになったのですね」


 サラは被せるように叫んだ。

「ええ、そうよ! なぜか、ね。でも言えるのは、私は彼との婚約を望んでいたということだわ」


 エルトンの目が鋭く光った。

「ええ、そうみたいですね。私をこんなに拒絶するほどに。あなたとジェイクのことは何となく噂になりましたけど、誰も大声で言いやしませんでした。最近になってジェイクからその話を直接聞くまでは私も半信半疑でしたしね」


「ジェイク様から!? 何を聞いて?」

 サラは軽く悲鳴を上げながら(うたぐ)り深い目をエルトンに向けた。


「彼とは幼馴染だけど、彼も多くは言いたくないんだろう、表面的なことだけ」

 エルトンは淡々と答えた。


「そうでしょうね、私たち当事者も何が起こったかよく分からないんだもの! 夏よ、夏だったわ! 気味が悪くて忘れようがない。本当は今彼の横にいて、彼の子を身籠(みごも)っているのは私かもしれなかった! 彼の私宛の温かな手紙だって全て残ってるわ、なんでこんなことになったの!?」


「手紙も、全て……? あなたはちっとも前に進めていないんですね」

 エルトンは(うめ)いた。


「何とでも言って頂戴(ちょうだい)。彼が私との婚約の時にすでにテレンシアさんと恋仲になっていたというのなら、100歩譲ってまだ分かるわ。(あきら)められるかもしれないじゃない、選ばれなかっただけなら。でも、そうじゃなかったんだもの。まだ私は何ともいいようのない(もや)の中にいる」

 サラは首を横に振った。


「何があったというのです? なぜ婚約は立ち消えに」

 エルトンは淡々と聞いた。


「何も……! 何もなかったんですわ! 雪が……雪が降ったこと以外!」

「雪?」

「ええ、雪! 夏に!」

「そんなことありましたか」

「ありましたわ!」


 あれはちょうど、まさに婚約するという日だった。

 あの日、ジェイクは上機嫌だったのだ。

「こんなにとんとん拍子で話が進むなんて、僕たち相性がいいってことかな。嬉しいよ」


 サラも照れた笑顔を見せる。

「私も。神様が祝福してくださっているよう。でも私は心が狭いのかも、もう一刻でも早くあなたと婚約したいと、気持ちばっかり()いてしまって、ばかね」


「それは僕も一緒さ! こんなに可愛い人が奥さんになるんだもの」

 ジェイクはにこにこしている。

「ね、サラ。今日の婚約の挨拶が終われば、僕たちは晴れて婚約者だ。大々的に宣伝して、皆に祝ってもらおう。明るいニュースをばらまくんだ!」


 サラは嬉しさで胸がいっぱいになって大きく(うなず)いた。


 バーレル伯爵家の大応接室は、この日のために数日掛けてきれいに整えられていた。


 時刻になり、控室から大応接室へと移動するとなると、ジェイクはサラの手を取り「さ、一緒に行こう」と微笑みかけた。


 そして意気揚々(いきようよう)と大応接室に入ったのに。その途端、とてつもない違和感がサラを襲ったのだった。


 大応接室の、とりわけ大きく造った窓の向こう側が、急に暗く、一面灰色に覆われていたのだ。

 さっきまでは青い夏空がどこまでも続いてたのに。


 灰色? これは雪。横殴りの。

 氷の粒と行った方がよかったかもしれない。

 コツンコツンとひっきりなしに、猛烈な勢いで窓ガラスを叩いている。


「何……夏なのに雪?」

 サラは思わず(つぶや)いた。


 窓の外では、馬の驚いた(いなな)きや、それに慌てる人々の悲鳴が聞こえた。

 ……気味が悪く、不吉な予感がした。


 サラが茫然としていると、ジェイクが少し棘のある、忌々(いまいま)しそうな声で

「何だこれ、縁起が悪いなあ」

(つぶや)いた。


 その言葉に、その場にいた者が皆そろってハッとしたのである。


 気まずい空気が流れた。


 誰もが黙っていたが、ジェイクの不満そうな顔を見てバーレル伯爵が言った。

「日を改めましょうか?」


 ……そして別の日は来なかったのである。

 もちろんバーレル伯爵家からも直接または遠回しに何度も尋ねたし、フォールヒル公爵家からもご機嫌伺(きげんうかがい)のような便りは来た。

 しかし、ジェイクは(きょう)()がれたのだろう。もう熱烈な便りは、来なかった。


 サラは意を決して、何かの茶会の(おり)に、直接ジェイクに「何が気に入らないのか、心変わりしたのか」と聞いた。


 しかしジェイクは少し申し訳なさそうな顔で「タイミングが悪かったね」とか言うだけで、はっきりとしたことは言ってくれなかった。

 ……そして、そのまま、全てが立ち消えになった。


 サラは、目の前で真剣な顔で聞いているエルトンに向かって、ぽつんと言った。

「あれは何だったのかと思いますわ……」

 そして、哀しそうに続けた。

「夏に雪が降ったことも奇妙ですけど、そんなこと一つで縁が全て壊れ、そして彼は今や別の女性と家族を作っているなんてね」


 エルトンは「夏に(ひょう)が降ることは珍しくない……」と言いかけて、それからすぐに黙った。そういうことではないことを分かっているからだ。


 エルトンは何か思案顔で、バーレル伯爵邸を後にした。






【4.正体】

 それから半月ほど経ったとき、サラはエルトンから呼び出された。


 ジェイク・フォールヒル殿との顛末(てんまつ)を白状してしまい、また心の整理もできていないことに、もうこれはエルトンとの話もなくなるだろうとサラは覚悟はしていた。

 しかしエルトンが指定してきたのが旧市街の神殿跡ということで、何か特別な話でもあるのかと思いサラはひどく緊張した。


 神殿跡ではエルトンの侍従が待っていて、サラの顔を見ると人差し指を立てて「静かに」と目配せし、音を立てないように神殿の教壇の裏へ引っ張っていった。


 すると教壇のところに人影が二つ見えた。

 一つはエルトン。もう一つはジェイクだった。


 ジェイクはいつもと変わらぬ笑顔だった。

「どう、エルトン。君の方の婚約はつつがなく進んでいるかい? 早く君の幸せな話も聞きたいよ。応援しているんだ」


 エルトンはちらりとサラが隠れている方に目をやった。

「どうでしょうかね。うまくいけばいいんですが」


 ジェイクは残念そうな顔をした。

「やっぱり難しいかい? 悪かったね、縁起の良くない令嬢を紹介したりしてさ。あ、いや、彼女は悪くないんだよ。実際僕が彼女に最初に目を付けたときも、とても慎ましやかで問題がなさそうに思えたからさ。ただ、僕との縁談だけ何かちょっと(いわ)く付きになっちゃっただけで……」


「いや、縁起とか、私はそこまで気にしないので。ただ彼女はあなたのことをまだ引き摺っているようなのでね」

 エルトンがため息をつくと、ジェイクは困惑の顔をした。

「ええ!? それは困るよ、もうすぐ一年経つのに!? 重すぎる気持ちは(ろく)なことにならないからね、僕をあきらめてもらうためには、やっぱり君が頑張ってもらわなくちゃ」


「それがジェイクの本心ですよね。普通の女なら(すが)りつく気を失くす」

 エルトンは苦笑した。


 ジェイクはきょとんとする。

「何か言ったかい?」


「いいえ。ジェイクはたいそう縁起を気にするんですね」

 エルトンは淡々と言った。


「そうかな。そんなつもりはないけど。でも、そうだね、僕が幸せでいるためには、幸運だけを集めればいいと思わない? 僕はきれいで、問題のないものに囲まれていたいだけなんだ」

 ジェイクは屈託(くったく)のない笑顔を見せた。


「で、逆にケチのついたものは捨てるんですね。夏の雪は気味が悪かった?」

 エルトンは無表情だ。


「そりゃ。普通じゃないから嫌だね」

 ジェイクは首を(すく)めた。


 エルトンは鋭い目でジェイクを見た。

「では例えば。テレンシア様のお子が生まれつきご病気だったらどうするんですか?」


 ジェイクは首を振った。

「えー。テレンシアはここの神殿で出会った。神の加護のもと。何も悪いことは起きないよ」

「そうかもしれませんが、それでも何かあったとき」

「それでも何かあったとき? それは、そうだね」

「そうって。離縁ですか」

「はっきり言わないでよ、エルトン。僕が薄情者に聞こえるだろ。にしても今日のエルトンは少し変だね。幼馴染とはいえ、急に神殿跡なんかに連れてきて。まあ、テレンシアとの思い出の場所だからいいけどさ」

 ジェイクはちらりと神殿を見回した。


 エルトンはゆっくりと嚙み含めるように言った。

「ジェイク。あなたと双子の弟君が流行り病になったとき、この神殿で祈りが捧げられたのでしたよね。でも祈りの甲斐(かい)なく弟君が亡くなって、あなたのお爺様がこの神殿を廃した。でもあなたは自分が死ななかったのはこの神殿のおかげだと思って決して(うと)まない。神殿のことは別にいい、ジェイク。でも、今もあなたは(おび)えている。死んだ弟と自分を分かつものは何だったのかと。いつも縁起の悪いものを排除して、不幸が近づかないことだけを考えている。それが誰を傷つけようとも」


 ジェイクは暗い視線をエルトンに向けた。

「黙れよ。験担(ゲンかつ)ぎの何が悪い」


 サラはそうだったのかと得心(とくしん)が行き、胸を覆う(もや)がすっと薄くなっていくのを感じた。


 ジェイクが立ち去ったあと、エルトンはサラが隠れていた場所に速足で近づいてきた。

 エルトンは青白い顔をしている。

「サラ、分かりましたか? あれがあの男の正体です。何かの影に(おび)えていて、それを遠ざけるためには人を傷つけることを(いと)わない人です。テレンシア様はもう気付いている。何かあったとき、捨てられるのはジェイクの方だ」


 サラの頬を涙が伝った。

「ジェイク様があの時縁起が悪いと言った意味が分かりました……。でも、あなたもひどいわ、ジェイク様に頼まれて私に求婚したの」


 エルトンはそれには大きく首を横に振った。

「違いますよ。私があなたに目を止めたのは、別に取り立てて特別なこともない白いショールと雪です。その後で、あなたの名前をジェイクから聞いた。まあ、ジェイクから名を聞いたのも何かの縁かとは思いましたが」


 サラは項垂(うなだ)れた。

「私の無礼を許してくださる? 私ったら何も知らずに」


「あなたが私とのことを少しでも前向きに考えてくれるなら」

 エルトンは少しだけ優しい目をサラに向け、サラは小さく(うなず)いた。



(終わり)

お読みくださってありがとうございます!

とっても嬉しいです!!!


クズの婚約者候補の男性は天然系のちょっとヤバい奴でした(( ̄▽ ̄;;)


もし少しでも面白いと思ってくださったら、

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[一言] 拝読させていただきました。 印象深い作品でした。 残念ながらジェイクみたいな人間は現実でもいて、長年お世話になった人を平気で貶めたりできるんですよね。 エルトンは賢明な人のようです。 サラの…
[一言] まぁでも相性が本当に悪いからそうなったのかもですよ。彼女の為にwww
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