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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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アドリブ


「セラフィ姉様っ!」


待ちに待った生活発表会当日、クラスの発表を終えたソフィリアが、舞台袖で次の出番を待っていたセラフィの胸に飛び込んできた。


本番用に誂えたプリマドンナに相応しい衣装を纏った彼女は驚くほどに光り輝いている。


その上、舞台を終えたばかりで頬が紅潮して気持ちが昂っているその姿に、周囲の男子生徒達は耐えきれずそっと目を逸らしていた。



一方、飛び込まれる側のセラフィは、両手で受け止めたら失礼かな、軽くそっと触れれば大丈夫かな…と頭の中でソフィリアの受け止め方を一生懸命考えていた。


だが、その心配は杞憂となってしまった。




「セラフィ」


聞き覚えのする声がしたかと思うと、温かな体温に包まれた。

ソフィリアの妨害をするため、エトハルトがセラフィのことを後ろから抱きしめてきたのだ。


既視感のある光景に同じクラスの男子生徒たちは呆れ顔になり、女子生徒たちは相変わらず惚けた顔でエトハルトの抱擁を見つめている。



「邪魔しないでくださる?」

「は?邪魔してくるのはそっちでしょ。」


お互い素を曝け出し、遠慮のなくなったソフィリアとエトハルト。セラフィを挟んでいがみ合っている。


エトハルトはともかく、普段見せない強気なソフィリアの姿に、見ていた者達は動揺を露わにしていた。止めるべきか静観すべき見てないふりをすべきか、対応に困っている。




「エトハルト」「ソフィリア」


マシューとランティスによって首根っこを引っ張られ、二人はあっという間に距離を置かれることとなった。



「セラフィ姉様!ご活躍を楽しみにしておりますわ!」


「あ、ありがとう…」


ソフィリアはランティスに引っ張られたままセラフィに笑顔で手を振ると、そのまま自分のクラスへと連れ戻されていった。




「一体何なのよ…あれは…しかも姉様呼びって…」


皆が聞きたくて聞けないことを言葉にしたアザリア。

だが、まだ話すことの出来ないセラフィは曖昧に笑うだけであった。




直前のクラスの発表が終わり、セラフィ達の番がやってきた。


今年も関係者と生徒の保護者が多く来場しており、観客席は満員であった。

これまであまり公の場に姿を現さなかったソフィリア公爵令嬢の歌が聞けると楽しみに来ていた者も多数いる。


この学園の発表会は年々注目を浴び、優秀な人材の引き抜きだけではなく、単純にエンターテイメントとして見にくる者も多いのだ。




満員御礼の会場で、セラフィのクラスの発表が始まった。



普段とは違い、剣士の衣装を纏い凛々しい横顔で剣を振るうクルエラ。ランティスに叩き込まれた型は様になっており、美しい剣筋であった。


そんな勇ましい彼女と農民姿のランティスが心を通わせていくシーンから物語は始まる。


いつもの煌めきを抑え、素朴な笑顔で快活に笑いながら話すランティス。普段と違った魅力を見せる彼に、会場中の女性の視線が集まる。


観客を惹きつけながら、クルエラの演じる女剣士が剣聖の称号を得るまで順調に物語は進んだ。



努力が実り、力を手に入れたというのに男と自分の背負う使命の間で揺らぐ剣聖。そんな彼女の元に、悪しき神が降臨する。



「私がその苦悩から解放してやろう。」


真っ白な裾の長い衣装に身を包んだ神役エトハルトの登場だ。

じゃらじゃらと何重にも首飾りを重ね付け、手にはどこから借りてきたのか、鳥の頭が付いた杖を手にしている。


そのままの姿でも神秘的な印象を与えるというのに、その姿と大仰な手振り身振りは人智を超えた存在であると錯覚してしまう。



「私を、救ってくださる…?」


苦悩に耐えきれなくなった剣聖は、瞳が濁り、希望を持てなくなっていた。


この苦しみから助けてくれるのなら何だって縋りたい…


そんな気持ちで、縋るように神のことを見上げる。



「お前に不要なのはその剣か?それともあの男か?」


何もかも分かったような顔で、優しく微笑みかけてくる神。その声には、これが救いの言葉だと信じさせる不思議な力があった。


その声に、その瞳に、吸い込まれるように剣聖は救いを求める。



「私は…」

「その声を聞いてはいけません。」


凛とした声で、神の誘いに傾きそうになる剣聖のことを正気に戻したのは、神の使い役セラフィだ。



「貴女に必要なものは一つとは限りません。二つを望んで苦労するのなら、甘んじてその苦労を受け入れなさい。楽をして得られるものに大した価値などありません。」


神のすぐ傍に立ち、抑揚のない声で持論を展開する神の使い。



「神様、お戯れが過ぎます。さぁ、もう参りましょう。」


「最初からお前が私のことを構ってくれればこんなことにはならなかったのだがな…」


神役のエトハルは、どさくさに紛れてセラフィのことを横から抱きしめてきた。



「いっ……」


台本にないアドリブに、セラフィは心臓が飛び出しそうであった。必死に言葉を飲み込み、なんとか悲鳴は上げずに済んだ。



「あ、貴女はそこの男ときちんと心を交わしなさい。言葉は伝えるために存在するのです。」


抱きしめられながら歯を食いしばり、なんとか最後のセリフを言ったセラフィ。言い終えると、エトハルトを引き摺ったまますぐに舞台から降りた。

ひとまずミスはしなかったものの、なんとも締まりのない場面となってしまった。



神が去るのと入れ替わりに男役のランティスが現れる。


…のだが、エトハルトの暴走のせいで怒りと呆れと諦めが入り混じった、平凡な農民には似つかわしくないなんとも複雑な顔をしていた。


これから剣聖と愛を確かめ合うクライマックスのシーンだと言うのに、それはランティスのため息から始まってしまった。




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