密室の二人
マシューが覚悟を決めた頃、教室にいたエトハルトはセラフィの側にぺったりと寄り添い、自分のしでかしたことなど頭から綺麗さっぱり消え去っていた。
「ねぇ、セラフィ。去年の今頃みたいに授業をサボって街に行かない?」
「ふふふ、お誘いは嬉しいけど、今の私はもう大丈夫だよ。あの時は心配かけてごめんね。」
「残念…でも、セラフィが笑顔でいてくれるのが何より大切だから、デートのお誘いは休みの日にするね。」
「うん、ありがとう。エティとのお出掛け、私も楽しみ。」
「帰りの馬車の中で予定を立てようか。」
「うん、そうだね。」
エトハルトは立ち上がるとセラフィの手を取り、軽やかに帰っていった。
セラフィのことを口説くことしか頭にないエトハルトは、マシュー達を解放することを完全に忘れていたのだった。
***
「話なんて、別に今じゃ無くてもいいでしょ。」
「いや駄目だ。今じゃないとまた逃げられるからな。」
じっと見つめてくるマシューに、アザリアは観念したように息を吐いた。
続きを促すようにマシューの顔を見る。
「俺は、お前のことが好きだ。」
「……っ!!!!」
超絶ストレートな愛の告白に、驚き過ぎたアザリアは声が出なかった。息もできない。吸っているはずなのに、上手く息が吸えなかった。
こういった類の話だろうと予想していたものの、こんなにも真摯に愛を向けてくるとは思わなかった。
「本当はもう少し言い方とかシチュエーションとか色々考えてたんだけど…お前がそうやって逃げるから…余裕が無くなったんだ。」
マシューは顔を背けると、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
あれだけ自信満々にアザリアに迫っていたくせに、自分の言葉に照れたマシューは耳を赤くしている。
緊張しているのが自分だけじゃないと思えたアザリアは、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
「で、お前の返事は?」
余裕のないマシューは、焦ったように返事を催促してきた。
粗雑なように見えて、何事も外堀から埋めて着実に攻めていく彼にしては、返事を急かすというのはらしくなかった。
それほどまでに、今この時しかないと意気込んでいる様子が分かる。
「そ、そんなに急かさないでよ!そんなこと…急に言われたって分からないわ。」
早口で言い返した。
照れたり焦ったりしているマシューを見ていたら、アザリアにも動揺が移ってしまったらしい。
「じゃあ、質問を変える。アザリアは俺といる時楽しいと思うか?それとも迷惑だと思うか?」
「迷惑なんて、そんなこと思ってたら毎日みんなでランチなんてしないわよ。」
「じゃあ決まりだな。」
マシューはアザリアに近寄ると、警戒する彼女をよそに手を取って両手で握り締めた。
「なんでそうなるのよっ。」
アザリアは得意の必殺捻り手首でマシューの手から逃れた。
「どうしてそんなに拒絶する?俺といて楽しいくせに。何をそんなに気にしてるんだ?」
「どうして貴方は私が良いのよ…こんな私、隣に連れて歩いてたら貴方が馬鹿にされるわ。侯爵家に仕える家には相応しくない…」
「は?馬鹿にされても気にしない、というかそのくらいの方がいいな。羨ましがられたら横取りされそうで心配になって自分が何するか分からないし。」
「貴方、エトハルトみたいな思考になってるわよ…」
「話を晒すな。」
真っ直ぐにアザリアの瞳を見つめると、マシューはもう一度彼女の手を取った。
「俺は、人一倍気にしいで気遣い家で友達想いで俺自身をみてくれるアザリアのことが好きなんだ。お前といられるのなら、他人のことなんてどうだっていい。」
「どうしてそんなに…」
「どうしてって、理由がないのが愛だろ。あの二人を思い出してみろよ。」
「………それはそうかもしれないわ。」
「アザリア、お前は俺の家とじゃなくて俺と結婚するんだ。だから、俺のそばにいることだけ考えておけばいい。嫌な思いはさせないと誓うから。」
「そんなこと言われても…私には分からないわ。マシューといるの嫌じゃないし、楽しいと思うけど…でもそれが愛かどうかなんて…」
「分からなくていい、知らなくていい。俺が愛でて愛で倒してお前に俺の愛を分からせてやるから、だからお前は何も言わずに黙って受け取っておけ。」
「貴方って変なところで強引で諦めが悪くて、一切手を緩めないのね…」
「お褒めに預かり光栄です。」
マシューはわざと畏って振る舞うと、掴んでいたアザリアの手の甲にキスを落とした。
「いきなり何するのよ!」
「アザリアが中々頷かないから、実力行使をしようかと…………嘘、冗談です。」
アザリアにキツく睨まれたマシューは、すぐに前言撤回した。
「アザリアのことを好きなのは撤回しない。お前が頷けないというなら、頷くまで追いかけ回すからな。」
「えげつない脅しね…」
「今俺に対する気持ちがゼロじゃないならそれで十分。あとは実力で積み上げていく。だからアザリア、この手を取ってくれないか?」
マシューはアザリアの手から片手だけ離し、その手を彼女に向かって希うように伸ばした。
身分が違い過ぎるし、そもそも自分に愛だの恋だのなんて似つかわしくないと思っていたアザリア。
どうして良いか分からず逃げ回っていたのだが、とうとう逃げ場のないところまで追い込まれてしまった。
マシューのことを好きかどうかはまだ分からない。でもこの先、こんなにも自分を求めてくれる相手に巡り会える気がしない。
もし、ここから始めても良いって彼がそう言ってくれるのなら…
アザリアは、自分に伸ばされたマシューの手を取った。
その瞬間、掴んだ手をマシューに引っ張られ、気付いたら彼の腕の中にいた。
「アザリア、ありがとう。すっげぇ嬉しい…。大好き。」
マシューはアザリアのことをキツく抱きしめたまま、耳元で囁いた。
この後すぐ下校時間を告げる鐘がなり、エトハルトが助けに来ないことを悟った二人。
感動的な時間はあっという間に過ぎ去り、ドアを破壊することとなったのだった。




