暴走した嫉妬心
「ええ、私はベス…貴女のお母様と同級生だったのよ。昔はそれなりに仲が良かったわ。」
公爵夫人の言葉に、セラフィは大きく目を見開いた。
あの母親に、仲の良い同性の友人がいたのだということが信じられなかった。
いつも耳にするのは母親の悪い話ばかりで、彼女のことを親しげに話す人を知らない。自分の父親でさえも、母親のことを嫌悪の眼差しで見ていた。
「あの人が…」
セラフィは口の中だけで呟いた。
「あの子もね、色々と大変だったのよ。家にお金が無くて、そこに付け込んでくる男性の多いこと…ベスは昔から華やかで男女問わず人を惹きつけるタイプだったから、良くないものまで惹きつけてしまったのよ…」
どこか遠い場所を見ていた公爵夫人は、ふっと息を吐くと目の前のセラフィを見た。
「でもだからと言って、彼女のしたことが許されるわけではないわ。貴女には貴女の人生があるのだから。だから私のことは、近所の知り合いとでも思って何でも気軽に頼ってね。」
「あ、ありがとうございます。」
セラフィは驚いた表情のまま御礼を言うと、勢いよく頭を下げた。
これまで、母親のしてきたことを非難するだけの人は数多くいたが、セラフィのことまで気にしてくれた人は誰もいなかった。
いつだって一人きりで、すべて耐えることしか術がないと思っていたセラフィ。
今まで話したこともなかった人が自分のことを心配してくれていたなんて、信じられない気持ちでいっぱいだった。
目の前で起きていることが飲み込めず固まっていると、いつの間にかエトハルトが隣に寄り添い、そっと指を絡めてきた。
「セラフィ、君はいつだってひとりじゃない。」
すぐ近くで聞こえた優しい声に、セラフィの心は落ち着きを取り戻した。
驚く気持ちも信じられない気持ちもとりあえず今は置いておいて、そばに居てくれる優しい人たちに感謝をしよう…
セラフィは軽く目を瞑って小さく息を吐くと、今度は笑顔を見せた。
「ありがとう、エティ。」
「どういたしまして。」
「ええ、セラフィ姉様にはわたくしがついておりますわ。お義兄様も安心なさって。」
「・・・」
すぐさま割り込んできたソフィリアに向かって、エトハルトは公爵夫人にバレないようにジト目を向けた。
「まあまあ、仲が良いのはいいことだわ。今度はぜひ晩餐会にでもいらしてちょうだいね。」
公爵夫人はエトハルトの背中からヤキモチを見抜いており、温かい眼差しを向けていた。
「ええ是非。セラフィ嬢と僕の二人きりでご招待を頂けますと幸甚にございます。」
にっこり微笑むエトハルトと呆れた顔をしているランティス。
「エトハルト、本音が出てるぞ…」
彼のツッコミはエトハルトによって華麗に流されてしまった。
もう暗くなるからと伯爵夫人達に見送られて馬車に乗り込んだエトハルトとセラフィ。
もうすぐ冬を迎える王都は日の入りが早く、まだ夕飯前の時間だというのに辺りはすっかり暗くなっていた。
当たり前のようにセラフィの隣に座るエトハルト。
セラフィは、黙ったまま窓の外を眺めている彼の横顔を見つめた。
いつもならセラフィからひと時も目を離さず、熱くなるほどに見つめてくるエトハルトだったが、今日はどこか暗い表情のまま言葉がない。
何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか…
不安になったセラフィは、今日の出来事を一番初めから振り返っていた。自分の言動で彼のことを無意識に傷付けていないか必死に思考を巡らせる。
だが、皆目見当が付かない。
これ以上考えても埒があかないと思ったセラフィは直接聞こうと口を開いた。
「エテ…」
「セラフィ」
彼女の息遣いで気付いたのか、被せるようにセラフィの名を呼んだエトハルト。
窓から差し込む街灯の灯りに照らされ、色素の薄い彼の顔が神秘的に輝く。
「こんなこと思いたくなかったんだけど…やっぱり僕は絶えられそうに無いみたいだ…」
「え??」
泣きそうな声とは裏腹に、彼の腕は力強くセラフィの腰を抱いた。驚いて身動ぐがびくともしない。
至近距離で見つめてくる熱い瞳に、腰に感じる腕の力強さ、セラフィの心臓の鼓動が一気に早くなる。高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当てたが、その手をエトハルトに取られてしまい、余計に心拍数が上がってしまった。
「…エティ?」
縋るような目で見られたエトハルトはふっと微笑むと、彼女の肩に顔を埋めた。
「セラフィは人たらしだから…本当は君のこと誰にも見せたく無くて、閉じ込めておきたくて、自分だけのものにしたくて、それでも抑えきれないほど君のことを渇望していて…でも現実では君のことを囲うなんて出来ないって分かってる。だからせめて…」
エトハルトは一気に思いの丈を吐き出すと、セラフィの肩から顔を上げ、手を伸ばして車窓のカーテンを閉めた。
少し驚いた顔で見てくるセラフィの顔をエトハルトは両手で優しく包み込むと、目を逸させないようにして覗き込む。
「今だけは、僕だけのセラフィでいて。僕だけのことを考えて。」
掠れ声で言うと、セラフィの顔をそっと上を向かせて深く口付けをした。
「んっ…」
一度口付けをする度にわざと顔を離してセラフィの表情を堪能する。エトハルトに溺れて、セラフィが何も考えられなくなるまで何度も何度も口付けが行われた。
その後、ぐったりとしたセラフィのことを嬉々として彼女の部屋まで運んだエトハルトは、彼の所業にブチギレたナラに雷を落とされていた。




