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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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エトハルトの二面性


セラフィがソフィリアの元を訪れていた頃、エトハルトはランティスに連れられ、公爵に会うため応接間までやって来ていた。


古風なデザインのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれており、エトハルトは上座の席に案内されたがそれを断ると下座の席の横に立った。


公爵が現れるまでの間、起立した状態で待つことを選んだエトハルト。ランティスも仕方なく彼の斜め後ろに立つことにした。



お茶を出すタイミングを失った使用人が、どうしたものかと焦った顔で様子を伺っていたその時、短いノックの音とともに、ランティスの父親であるカーネル公爵が現れた。



「やあ、エトハルト君。こうして会うのは久しぶりだね。今日はこちらの勝手で呼び出してしまってすまない。」


ランティスと同じ金髪碧眼のカーネル公爵は、柔和な顔で微笑んだ。

公爵という高貴な身分に似合わない、とても親しみのある表情であった。



「カーネル公爵、お久しぶりです。またこうしてお会い出来る機会を頂き、至極恐悦にございます。また、セラフィ嬢のことを養子に迎え入れてくださること、心より感謝申し上げます。」


エトハルトは、片手を胸に当てるとすっと腰を折って頭を下げ、優雅に一礼をした。



「は」


エトハルトの貴族然とした姿を初めて目にしたランティスは驚き過ぎて言葉が出なかった。


これが学園でいつも周囲から注意を受けているエトハルトなのかと、信じられない気持ちで彼の方を見る。

何度見ても先ほどまで公爵と会うことを拒み、悪態をついていたやつと同一人物とは思えなかった。



「ああその件だが…あの家については、私たちも何かしてやりたいとずっと思っていたからね、良い機会だと思っている。セラフィさんのことは安心して任せて欲しい。君にはうちの娘を助けてもらった義理もあるからな。」


「そのようなお言葉を賜り、光栄の極みにございます。私が侯爵になった暁には、カーネル家の繁栄のための努力を惜しまないことをここに宣言申し上げます。」


「はははっ。相変わらず、君は真面目だな。うちの愚息にも見習ってもらいたものだ。さて、今日の要件は、養子入りの件でいくつか見てもらいたい書類があってな。一時的な彼女の身元保証人としてサンクタント侯爵のサインをもらいたいものもある。噂によると、君はセラフィさんのことを溺愛しているとか…なるべく早く終わらせて彼女の元へ帰らせてやるからもう少し辛抱してくれ。」


「お心遣い感謝申し上げます。ですが、私とセラフィ嬢は心の深いところで互いが混ざり合うほどに繋がっております。物理的な距離など、私たちの間には何も影響を及ぼしません。」


大真面目な顔で言い放ったエトハルト。

話を聞いていたランティスは、もう何が彼の素で何が建前なのかわけが分からなくなってきた。


痛くなってきた頭を手でさすっている。



「うちの愚息も娘も、君みたいに心から愛する人を見つけられるといいんだが。せっかく君がくれた機会だ。本人達に頑張ってもらうとするかな。」


カーネル公爵はニヤッといたずらな笑みを浮かべると、ランティスに向かってウインクをした。



「いやさすがに彼ほどは…というか、ああはなりたくない…」


エトハルトの学園での暴走を思い出したランティスは、遠い目をしながらひとりぼやいていた。




***




カーネル公爵との話を終えたエトハルト達は、セラフィが待つというサロンへ向かっていた。


セラフィが身構えるといけないからとカーネル公爵は遠慮し、代わりにカーネル公爵夫人を挨拶に向かわせると言っていた。



ランティスの案内でサロンに向かうエトハルト。


一刻も早くセラフィの顔を見たくて声が聞きたくて抱きしめたくて、今にも駆け出しそうになる両足。それをなんとか気合いで押さえつけ、品位を損なわないよう意識してゆっくりと優雅に歩みを進めた。



なんでこの邸は無駄に広いんだと心の中で悪態を吐きながら歩き続けること数分、ようやく待ちに待った感動の瞬間が訪れた。


本来なら使用人にドアを開けてもらうべきなのだが、この時のエトハルトにそんな余裕はなかった。早く顔が見たい一心で、躊躇なく取っ手に手をかけ、ドアを開けた。



「セラフィっ!」


離れていた時間は一時間も無かったというのに、数日振りに会うような切羽詰まった声で彼女の名を呼んだ。





「まぁ、セラフィ姉様は異国の本もお読みになるのですね。でしたら、ぜひ今度は一緒に王立図書館へと参りましょう。公爵家なら出入り自由ですわ。」


「え、あの王立図書館に行けるの?物凄く行きたい…」


「ぜひ!お手紙を出しますわ。」


すっかり打ち解けたセラフィとソフィリアの二人は、三人がけのソファーに仲良く隣り合って座り、笑顔で話に夢中になっていた。



「は?ちょっとなにあれ…どうして僕のセラフィを勝手に口説いてるの?しかも姉様呼びなんて…許せないな…」


「意外なほど仲良くなってるが…いやでも、別に悪いことじゃないだろ?そして君、キャラ戻ってるぞ…」


ようやくエトハルトの登場に気付いたソフィリアと彼がセラフィの隣の席を奪い合っていると、公爵夫人がサロンに顔を出してきた。




「あら、なんだか賑やかね。」



ドアに近づく公爵夫人の足音が聞こえた瞬間、エトハルトは目にも止まらぬスピードで立ち位置に戻り、姿勢を正すと、キリッとした顔で公爵夫人を迎えた。


「カーネル公爵夫人、お久しぶりです。こちらが私の婚約者で、今回カーネル公爵家に養子入りをするセラフィ嬢にございます。」



「お初にお目にかかります、セラフィにございます。此度は、養子に迎え入れて下さる格別の配慮を賜り、感謝の念が絶えません。頂戴した温情に報いることができるよう、私に出来ることは全力で取り組んで行く次第にございます。どうかよろしくお願い申し上げます。」


セラフィも立ち上がって口上を述べると、深く頭を下げた。



「貴女がセラフィさんね。お会いしたかったわ。本当にベスの若い頃に瓜二つね。」


公爵夫人は遠い記憶を懐かしむように目を細めた。

その顔は優しく、良い思い出を振り返っているようであった。



「母をご存知なのでしょうか…」


セラフィは、エメラルドグリーンの瞳を大きく見開き、侯爵夫人のことを真っ直ぐに見返した。


その瞳には、僅かな不安と隠しきれない好奇の感情が入り乱れていた。






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