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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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初めての見送り


「セラフィ様、こちらのお色味はいかがでしょうか。とてもお似合いになると思いますよ。それとも、こういったシンプルな見た目のものの方がお好みでしょうか。」


「どうもありがとう。じゃあ、勧めてくれた方で。」


「畏まりました。」


今日は公爵家のお茶会に参加する日だ。

セラフィは侍女に手伝ってもらいながら自室で支度に追われていた。



いつもは鬱々とした気持ちで支度に臨むのだが、今日は違った。

セラフィのことをよく見て、彼女のことを一番に考えながら支度を進めてくれる侍女のおかげだ。


これまでセラフィの侍女はただ仕事をこなすだけで、彼女のことを考えたことなど一度もなかった。むしろ、彼女の母親が好むような派手なものを押し付けてきた。だが、今仕えている侍女のナラはセラフィのことを一番に考えてくれるのだ。


彼女は、エトハルトが用意した人間だ。


邸の者がセラフィに対して親切でないと勘付いていた彼は、侯爵家の権力を使って早々に使用人の総入れ替えをした。


セラフィの侍女には、最もサンクタント家に対する忠誠心が強く且つ腕の立つ人材を選んだ。その上給金も弾み、セラフィのことを一番に考えるように強く言い聞かせていたのだ。




セラフィは鏡の前でくるりと回転して全身をチェックした。


今回は一瞬とは言えエトハルトと関係のあったソフィリアとの茶会のため、銀色は差し色程度に控えて使用している。

ドレスの色は、彼女のエメラルドグリーンの瞳と合わせた華やかな黄緑色だ。厚手の生地のため、寒い今の時期でも浮くことはない。


髪はハーフアップにし、サイドの髪は下ろしている。これも耳のピアスを強調しないようにするためだ。


自分だと選ばない色味のため少し不安だったが、ナラの言う通り自分でも似合っているような気がした。

初めての自分を見たセラフィは、自然と表情が緩んだ。




「セラフィ様、エトハルト様が正面玄関に到着されたようです。今日はどうぞ楽しんできてくださいね。」


ナラはにっこりと微笑み、セラフィに温かい言葉をかけた。

こんな風に誰かに送り出されたことのないセラフィは目を見開いて固まってしまった。



「セラフィ様?お加減が優れませんか?」


ナラは反応を示さないセラフィのことを心配に思い、そっと彼女のおでこに手を当てた。


ナラはまだ20歳になったばかりでセラフィとそう歳が変わらない。それなのに、気遣ってくれる言葉や心配してくれる瞳、温かい手が自分の求めていた母親そのものだと思ってしまう。


セラフィは軽く目を閉じると首を横に振った。



「ううん、大丈夫。なんていうかその…こうやって送り出されるのが不思議で…いつも1人だったから…」


翳りのある瞳を揺らして答えたセラフィ。

そんな彼女の動揺が手に取るように分かるナラは、意識して優しい顔を作った。



「これからはこれが当たり前になりますよ。セラフィ様はもうお一人ではありませんから。そんなこと私がさせません。」


「ありがとう…行ってきます。」


「行ってらっしゃいませ、セラフィ様。」


初めてこの部屋からちゃんと送り出してもらったセラフィは、自分でも驚くほど足取り軽く玄関へと向かっていた。




迎えに来てくれたエトハルトの馬車で公爵邸へと向かったセラフィ。



『今日のお茶会はあくまでもソフィリアと話す場を設けるためのものであって、公的なものではないから何も心配しなくていい。装いも振る舞いも気にせず、ただソフィリアの話を聞いてやってくれ。』


ランティスにはそう言われていたが、公爵令嬢とサシで話すなど緊張しないわけがない。


それも、自分がこれから養子入りする先となると下手なことは出来ない。自分が公爵家に相応しくないとなれば、エトハルトにもランティスにも泥を塗ることになってしまう。


セラフィはいつもとはまた違った種類の不安に襲われていた。




公爵邸に着くと、ランティスが1人で出迎えてくれた。

自分のことを気遣い、まずは彼1人で来てくれたのだろうと思ったセラフィだったが、彼には彼の目的があったのだ。



「よく来てくれたな、セラフィさん。ソフィリアの元へと案内させよう。エトハルト、君は私と一緒に来てもらいたい。」


ランティスは後ろに控えていた使用人に目配せすると、セラフィの案内を指示した。


使用人の後をついていこうとする彼女のことを当たり前のように追うエトハルト。ランティスの話はまるで無視であった。



「エトハルト、公爵がお待ちだ。」


ランティスの言葉に、エトハルトはぴたりと足を止めた。

さすがの彼でも、自分にとってもセラフィにとっても大事なこの時期に、現公爵に対して無礼な真似をすることは出来ない。



「姑息な…」


エトハルトはせめてもの憂さ晴らしに、ランティスにしか聞こえない程度の小声で毒づいた。


普通は、公爵にお目通ししてもらえるなど喜んで受けるものなのだが、今のエトハルトにとってはセラフィと自分を引き離す害悪でしかないのだ。



「いや、今後の話で擦り合わせをしたいだけだろう…そう邪険に扱うな。」


ランティスはため息を吐いた。




「エティ…?」


数歩先を歩いていたセラフィは立ち止まり、心細そうな顔で後ろを振り返った。


てっきり彼も付いてくるものだと思っていたのだ。そのために一緒に馬車に乗ってここまでやって来たんだと、そう信じて疑わなかった。



「セラフィ…ごめん。僕にはどうしてもやらないといけないことがあって…でも心配しないで、すぐに片付けて君の元へと向かうから。大丈夫、見えない位置に護衛も配置しておく。だから、安心して行っておいで。」


「おい、ここをどこだと思っている。なぜ敵地に送るような言葉を掛けるんだ…」


たった数十分離れるだけというのに、大袈裟に別れを告げるエトハルトに、ランティスは盛大にため息をついた。


ここにマシューがいてくれれば…


頭の中でそう願わずにはいられなかった。




「エティ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、ちゃんと話してくるから。だからエティは自分のことを優先させてね。」


セラフィはエトハルトに向かって軽く手を振ると、使用人の後をついて邸の中へと入って行った。


エトハルトは、小さくなる彼女の後ろ姿を見送る…だけでは済まず、眺めて見つめ続けて、彼女の残香が消え去るまでその場に留まっていたのだった。





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