ランティスの命懸けの誘い
生活発表会本番の会場となるホールでは、一年生のクラスが合わせの練習を行っていた。
プリマドンナを除いた全員が楽器の奏者に回り、演奏に乗せてたった1人が歌声を響かせる。その演奏には一年生のクラスとは思えない結束力があった。
曲が終わった後、楽器に手をかけたまま彼らは惚けた顔でプリマドンナの彼女に見惚れていた。
男女問わず皆魅了され、うっとりとした表情を浮かべている。
美しく長い金髪に、透き通るような青い瞳、皆と同じ制服を着ているはずなのに1人だけ放つ神々しいほどのオーラ。それでいて、決して高飛車ではなく他の者に対して気さくに労いの言葉をかける彼女に、皆から尊敬の眼差しを向けられている。
だが、そんな彼女だからこそ周囲から身勝手な期待を寄せられてしまうことが多くある。
「今日のソフィリア様も大変お美しいですわ…」
「ええ、本当に。どうしてこんなにも素敵な彼女をあの方に選ばれなかったのかしら。」
「甚だおかいしことですわ。」
少し離れたところからクラスメイト達のぼやく声が聞こえた。
昔から周囲の声に敏感なソフィリアは、視線と口の動き、表情で粗方どんな話をしているか予想が出来てしまう。
またか…と思い、聞こえていないふりをするために手元の楽譜に視線を落とした。
「相変わらず、素晴らしい歌声だな。」
声がした方を向くと、いつの間にかランティスが舞台近くの壁に背を預け佇んでいた。
突然の見た目麗しい公爵令息の登場に、女子生徒達から悲鳴に近い歓声が上がった。
「お兄様!このようなところで一体…」
「少し話があってな。少しの間、妹を借りて行ってもいいか?」
ランティスは自分の元に駆け寄ってきたソフィリアの頭に軽く手を置くと、遠巻きに見ていたクラスメイト達に向けて声をかけた。
皆、首を思い切り縦に振って肯定の意思を示した。
「で、御用とは何ですの?」
ランティスに連れられて人気のない中庭までやってきたソフィリアは、つんとした態度で言い放った。
自分が練習しているところを兄に見られていたことがかなり恥ずかしかったらしい。
「とりあえず座れ。」
ランティスは適当なベンチに腰掛けると、自分の隣を軽く叩いた。
建物に囲まれている中庭は風がなく、晴れた空から降り注ぐ日差しが心地よい。
ソフィリアは仕方なく言われた通りに腰掛けると、催促するようにランティスの顔を見上げた。彼は言いにくそうに重い口を開く。
「その、セラフィ嬢のことなんだが…」
セラフィの名前が出た途端、ソフィリアの緊張が高まった。無意識にスカートの裾をキツく握ってしまう。
彼女に謝らなければいけないのは分かってる。婚約者の方に対して随分と失礼な態度を取ってしまったから…
でも、何度足を運ぼうとしても彼女がいる教室にはもう行けなかった。あれだけのことをしたのはもちろんのこと、もうこれ以上変な噂を流されたくない…まだ未練があるとか思われたらどうしようって思っている内にかなりの月日が経ってしまった。
お兄様から彼女がうちに養子入りする話は聞いているし、もし万が一向こうが許してくれるのなら今度はお姉様と呼んで慕いたい。けれど、もうそんなこと望める立場じゃない…そんなの都合が良すぎる。彼女だって嫌がるに違いない。
謝らないまま、顔も合わせないままもう二ヶ月も経過してしまった。
もう何から謝れば良いのか…
「うちの茶会に招待してもいいか?」
「何ですって?」
てっきり、セラフィにちゃんと謝るようにと説教を受けるものだと思っていたソフィリアは、驚いて声がひっくり返ってしまった。
「茶会と言っても、参加者はお前とセラフィさんだけだ。エトハルトは…もしかしたらというか多分絶対無理やり付いてくると思うのだが、そこはなんとか俺が食い止める。」
「ええと…?」
「お節介だとは重々承知なんだが、義理とはいえせっかく姉が出来るチャンスなんだ。だから一度腹を割って話して来い。大丈夫、セラフィさんはお前が思っているよりずっと優しい人だ。…それに、これはお前のためにもなると思うんだ。」
ランティスは気まずそうに視線を逸らした。
ここでようやくソフィリアは彼の意図を理解した。
セラフィとの仲の良さをアピール出来れば、ソフィリアの学園での立ち位置も改善されるだろうという意味だったのだ。
「ふふ、お兄様ったら…なぜそんなに気遣いがお上手なのに、想い人ひとりいらっしゃらないのでしょうね。」
「…余計なお世話だ。で、茶会の件は進めて良いか?セラフィさんには私から伝えておく。」
「ええ、もちろんですわ。私もその…セラフィさんに言わなければならないことがありますもの…」
「ああそうだな。それと、ソフィリア」
ランティスはベンチから立ち上がると、ソフィリアの頭の上に手を置いた。
「あまり周りの声を気にするなよ。では、私はそろそろ教室に戻る。」
言いたいことだけを伝えるとランティスは足早に去っていった。
「本当に…どうしてこんな素敵な人に誰も気づかないのかしら…」
ソフィリアは、先ほどまでの鬱々とした気持ちなど跡形もなくなり、建物の間から見える真っ青な空を見て微笑んでいた。
***
「セラフィさん、良かったら今度私の家で開く個人的なお茶会に参加してくれないか?ぜひ妹と…」
「は?何それ。わざとやってるの?僕のセラフィに対して誘いをかけるとか、万死に値するんだけど。」
「いや、そんなことは決してなく、私はただ妹とセラフィさんが話す場を設けたくて…」
「おいエトハルト、一旦落ち着けって。ランティス、でもお前のその誤解を招く言い方も良くないぞ…」
「妹のためなら何をしても良いの?」
「いやそんなことは決して………すまない。君も来るといい。」
昼休み、セラフィにお茶会の件を伝えるつもりが、エトハルトの怒りを買ってしまったランティス。
結局、エトハルトも誘うことでなんとか命拾いすることが出来た。
エトハルトから圧をかけられたランティスは、逃げるようにその場から去っていった。
今回は妹のためだったから仕方なかったが、もう二度とセラフィのことを誘うのはやめようと固く誓っていたのだった。




