作戦開始
「拍子抜けするほどあっさり決まったわね。」
「ああそうだな。」
休み時間、アザリアとマシューの二人はどことなく腑に落ちない顔で、先日のホームルームで起きた出来事を話していた。
それはクラス部門の演目を決める話し合いをしたときのことだ。
去年と違いクラスメイト同士の仲も深まった今、様々な意見が飛び交うだろうと思いきや、満場一致でランティスの提案した劇に決まったのだ。
そして、この国で有名な悲恋のお伽話をハッピーエンドに書き換えたものを皆で演じることになった。
お伽話の舞台は遥か昔、まだ神が地上にいたと言われている世界。剣聖と呼ばれた非凡の才を持つ女に恋をした平凡な男の恋物語だ。
一途に思いを寄せる男に対し、女は国のために剣聖を貫くか普通の一人の女性に戻るか葛藤していた。その葛藤を不憫に思った一人の神が勝手に彼女の剣の才を奪ってしまうのだ。
突然非力な女性へと成り代わってしまった彼女は、その事実に耐え切れず海に身を投げ出してしまう。
愛する者を苦悩から救えず一人残された男は身を滅ぼすほどの修行と闘いに明け暮れ、死期が迫った頃国から剣聖の称号を戴くこととなる。
こうして、かつての想い人と同じ場所までやって来れた平凡な男は、死後の世界で彼女と想いを交わし合うという話だ。
「それにしても意外な組み合わせじゃない?ああいうのはあまり好きじゃないと思っていたわ。」
「俺も。主役の男がランティスでその相手がクルエラ嬢ねぇ…少しイメージと違う気がするが、まぁ本人がやりたいのなら良いんじゃないか?」
「それもそうね。私は武術を披露できる場があれば十分よ。」
「…ほどほどにしとけよ。」
授業の鐘が鳴ると、二人とも自席に戻った。
教科書を読むふりをして彼らの話に耳を傾けていたセラフィは、小さく息を吐いていた。
こちらの企みに勘づかれたのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。
セラフィ達はクラスメイト達と談合をし、この演目になるように仕向けていた。もちろん、主役二人の配役も。
直前で理由をつけて二人は主役の座から降り、代わりにマシューとアザリアにお願いするというのが作戦の大枠だ。
台本に沿って、互いに愛の言葉を交わし合えば嫌でも意識するんじゃないかというのがセラフィ達の狙いだった。
そしてこれは他のクラスメイトにも軽く伝えており、これを機に二人をくっ付けようと皆無駄に一致団結していた。
***
演目と配役に加え脚本が決まると、早速発表に向けた準備の日々が始まった。
ちなみに配役は、
主役の男 ランティス
剣聖の女 クルエラ
神 エトハルト
神の付き人 セラフィ
剣聖の師 アザリア
男の幼馴染 マシュー
国王 ビリー
王妃 キャサリン
敵役 ランドル、ドロス、他
剣聖の戦友 システィーナ、フローラ、他
となっている。
今回で最後の発表会となるため、台詞のない役でも皆一度は舞台の上に立つように采配されている。そのため、今回脚本を担当するセラフィも参加することになったのだ。
セラフィは、一番目立たない役で一瞬だけ舞台の上に立てれば良いと思っていたのだが、エトハルトによって無理やりその役を作られてしまった。原作にはない、神の側に控える者というオリジナルの役柄だ。
連日、手分けして衣装、大道具、小道具を作り、その合間に台詞の練習をしている。皆無駄に気合いが入っていた。
「なぁ、マシュー。これを倉庫に置いてきてもらえないか?」
「あいよ。」
「ねぇ、アザリアさん。この作った衣装を倉庫に運んでもらえないかしら?」
「…いいわよ。」
教室の端と端でそれぞれ台本の読み込みをしていたマシューとアザリアは、揃って頼み事をされていた。
倉庫へと向かう二人を見送ったランドルとフローラは顔を見合わせてニヤッと笑い合った。
準備が始まってからというものの、クラスメイトの皆はあからまに二人きりにしようと差し向けてくる。
さすがに皆の意図に気付いていたマシュー。どうしたものかと考えたが、ありがたくその恩恵に預かることにした。
当たり前のようにアザリアの側に行き、彼女の手から荷物を取りあげると、マシューは彼女の荷物も持ったまま並んで歩いた。
「俺たちのこと、二人きりにさせようと皆必死だな。」
マシューは前を向いて歩いたまましれっと言ってのけた。
「ちょっと!そういうのは知らないふりをするのが定石でしょう!」
気まずくなるから知らないふりをしてやり過ごそうとしているのに、わざわざ言葉にしてくるマシューに、アザリアは足を止めて荒げた声を出した。
自分に向けられたアザリアの非難する瞳に、マシューは愉快そうに口角を上げた。
「これで怒るってことは、少しは俺のこと意識してるって証だな。」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
怒ったアザリアは思い切り顔を晒し、マシューとは反対側の窓に視線を移す。ため息を吐くと、またマシューの方に向き直った。
「それ一人で運べるなら私は不要ね。頼んだわよ。」
「ちょっと待て。」
マシューは、踵を返そうとしたアザリアの腕を掴んだ。自分の方を振り返った彼女を真っ直ぐな瞳で見つめる。
「…何よ。」
「何って…聞きたいのはこっちだ。なぜ俺から逃げる?話をするくらい良いだろ?避けるなよ。」
「別に避けてなんかいないわ。私も他にやることがあるし、時間がもったいないってだけよ。」
アザリアは、掴まれた腕を軽く捻るとマシューの手から逃れた。
掴もうと思えばまた掴まえられたが、ここで強硬手段を取ることは憚られ、仕方なく彼女の背中を見送ったマシュー。
逃げられてしまった…
いつも大事な話をしようとするとアザリアに逃げられてしまう。それは、今回に限った話では無かった。
「一層のこと、二人きりでどこかに閉じ込めてくれたりしないかなぁ…ちゃんと話す時間さえ確保できればなぁ…」
マシューは、窓から見える秋に染まった庭園を眺めがら1人ぼやいていた。
「このシーンは別に練習しなくても良いと思うんですけど…」
他のクラスメイト達とは別の空き教室にいたクルエラは、目の前の相手役に向かって控えめに提案した。その頬は僅かに赤らんでいる。
「そうかもしれないが…万が一のためにも私たちがここで手を抜くことは良くないと思うんだ。練習不足で失敗しては、他の者達に申し訳が立たないからな。」
「それもそう…ですよね…」
ランティスの言葉にはっとしたクルエラは、今度は羞恥心で頬を赤く染めた。
自分はあくまでも代役で最後にはアザリアに譲る立場となっている。そのため、練習とは言え自分なんかがランティスと愛を語るシーンをやってはいけないと思ったのだ。
だが、目の前の彼はそんな個人の感情ではなくクラス全体のことを見ていた。
身勝手なことを言ってしまったクルエラは、恥ずかしさで前を向くことが出来なかった。
「君には手数をかけるが…一緒に練習してもらえるとありがたい。」
「え?」
「…どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。」
クルエラはまただと思った。
どうしてこんな自分に優しさを向けてくれるのだろうと不思議な気持ちになったのだ。
公爵家は自分が仕えている家よりもずっと上の存在で、そんな彼がこんなにも丁寧に接してくれることが怖く感じるほどであった。
「ああそれと、もっと気安い話し方でいい。前も言ったが、同じクラスメイトだし…それに、パートナーを演じるのだから距離が近い方がやりやすいだろう。」
ランティスは、クルエラを安心させるように笑顔を見せたつもりだったが、その表情はとんでもなくぎこちなかった。
「………あ、ありがとう。」
なんでもそつなくこなすと思っていたランティスが見せた姿に驚いたクルエラは、なんとか表情を取り繕うと彼と同じくらい不器用な笑顔を返した。




