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窮地


翌日、誰もいない特別教室でセラフィは項垂れていた。



せっかく昨日はエトハルトのおかげで、少しは前向きな気持ちで終われたのに…



「はぁ…」


不甲斐ない自分に呆れて、ため息を吐いた。



次の授業は移動教室になったと、親切な女子生徒に教えてもらい、言われた場所へとやって来たのだが、そこには誰もいなかった。その時点で嫌な予感がした。


案の定、鍵の閉まる音と去っていく女子生徒の笑い声が聞こえ、閉じ込められたことを理解する。




「せめて図書室だったら良かったのに…」


ここは薬品を扱う授業をするための教室であった。

棚には全て鍵がかかっており、暇を潰せるようなものは見当たらない。


どうせ単なる悪戯だから、次の授業が終わる頃には解放されるだろうと思ったセラフィは、諦めて椅子に座り目を瞑ることにした。


目を閉じているうちに段々と眠くなって来た。




ー ドッカアアアアンッ!!!


「きゃああああああっ!!!」


いきなり耳を劈くような爆音が響いた。

命の危険を感じたセラフィは、転がり落ちるように椅子から下り、机の下に滑り込んだ。


状況が分からないまま膝を抱えて蹲り、目閉じて耳を塞いだ。居場所がバレないよう、必死に浅い呼吸を繰り返して気配を消す。



「セラフィっ!」


机の下で小刻みに震えるセラフィを見つけたエトハルトは、自分も隣にしゃがみ込み彼女のことを背中側から抱きしめた。



「もう大丈夫だよ。」


「で、でもすごい音がして…は、はやく、ここからにげ、逃げないと…」


「すごい音?」


エトハルトは、焦ることなくいつものおっとりとした口調で聞き返してきた。

セラフィは、言葉で説明することがもどかしく、この危機を早く知らせようと懸命に首を縦に振った。



「あ、それ僕がドアを蹴破った音かも。」

「へ……………??」


セラフィの震えはぴたりとやんだ。

そして、ゆっくり振り返るとエトハルトに問いただすような目を向けた。



「…ドアに鍵が掛かってたから。」


なんとなく叱られているような心境になったエトハルトは、彼女から腕を離してそっぽを向いた。



「で…それでなんで蹴る話になるの?」

「だって、目の前のドアが開かないのだから、壊すしかないだろう?」

「そこは普通、鍵を探しに行くんじゃ…」

「それだと時間が掛かる。」

「1時間くらい平気だよ。何もなくてつまらないけど、害はないから。」

「それでもやっぱり心配だった。それに、一人でいるのは心細いと思ったから…」

「そっか…ありがとう。」


エトハルトの優しさにどう返したら良いか分からず、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。



本当は、すごくすごく嬉しかった。

これまで1人で泣いていても誰も迎えに来てくれなかった。自分のことなんて誰も気にしてくれなかった。


それが当たり前で、自分自身もそれで良いって思っていた。


だって、拠り所にしていたものが無くなったら、心が折れてしまうと思ったから。そうなったらもう元に戻れない。

諦めて変に期待しない方がずっと強くいられる。


強くあるためには、誰にも頼らず1人でいることが大事だと思っていた。今でもそう思っていたのに、アザリアに出会って、エトハルトに出会って、どんどん弱くなっていくような気がする。


だからこそ、優しくされると戸惑う。

受け取っていいものかと迷ってしまう…




「セラフィ?大丈夫?」


心配そうに揺れるシルバーの瞳と目が合った。



「ご、ごめん。大丈夫!」


「ここ薬品の匂いがするから、気分悪くなったかな?とりあえず出ようか。」


「うん、そうだね。」


エトハルトの手を掴み、よいしょっと机の下から出て立ち上がった。

そのまま手を繋いで出口へと向かう。



「「あ…」」


ドアの惨状を見た二人は同時に声が出た。



「えっと、これどうしよ…」

「とりあえず、老朽化で壊れましたって教師に伝えておくよ。」

「いや、それはさすがにバレると思う…」

「ふふふ、冗談だよ。ちゃんと自ら犯した罪を自白して家の者に直させるように手配させるよ。」

「良かった。」

「で、あの子達はどうするの?」


エトハルトから笑みが消え、いつもより低い声が出た。



「ちゃんと私から話してくるよ。だから心配しないで。それに、また誰かさんに教室のドアを破壊されたら困るからね。」


セラフィはふふっと冗談めかして笑った。


彼女が自分に見せた気安い態度に、エトハルトは驚いて大きく目を見開いた。

彼女が初めて見せた表情に、なぜだか分からないが嬉しさが込み上げ、もっと色んな表情を見てみたいとさえ思ってしまった。



「ああ、そうだね。これ以上は僕のお小遣いが無くなってしまうしね。」


エトハルトも冗談で返した。


こんなふうに気安く話せる相手はマシュー以外にいなかった。

でも彼とも違う、この心が湧き立つような気持ち。それを感じるのは、彼女といる時だけだと思った。




「セラフィっ!!大丈夫!!?って、は……」


壊れたドアから、息を切らしたアザリアが飛び込んできた。


いなくなったセラフィを心配して探しに来たのだが、なぜか見知らぬ少年と手を繋いでいる彼女に、アザリアは固まった。



あ…この二人初対面だった…

どうしよう…



まず何から説明するべきかと頭を悩ませるセラフィに代わり、手を繋いだままエトハルトが半歩前に出た。



「初めまして。僕は、エトハルト・サンクタント。セラフィの婚約者だ。」


「はああああああああああああっ!!??」


ドアが破壊されたせいで、アザリアの野太い声は廊下を通り抜け、外まで良く響いていた。





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