保護観察処分
「で、お前はいつまでそうしてるつもりだ?」
「いつまでって…連れ込んだのはマシュー、君だろ?責任とってよね。」
「お前、この状況でそんなこと言うな…」
こめかみに手を当てるマシューの視線の先には、ソファーに寝そべるエトハルトの姿があった。
制服のジャケットを脱ぎシャツの第二ボタンまで開け、サラサラの銀髪をソファーの上に散らばせて寝そべり物憂げにため息をついている。
普段の姿に見慣れている女子生徒達が見たら卒倒してしまいそうなほど、色気が溢れていた。
エトハルトのことを自分の馬車に乗せたまでは良かったが、彼はしきりにセラフィが足りないと騒ぎ、またクルエラの家に抗議文でも送ろうかなどと物騒なことをぶつぶつと唱え始めたため、仕方なくマシューが連れ帰ったのだ。
こうしてエトハルトは、保護観察処分となったのだ。
「セラフィ嬢にはお前以外の人との関わりも大切だ。同性の友人くらい認めてやれ。そうやって閉じ込めて誰の目にも触れさせないようにすると、宝石はあっという間に輝きをなくすぞ。」
本気の声音で叱って来たマシュー。
エトハルトは、そんな彼を面白くなさそうな顔で一瞥すると、起き上がってテーブルの上に置かれた紅茶を手に取った。
「で、君は?」
優雅な所作で紅茶を一口啜ると、エトハルトは整えた表情で尋ねて来た。
いつもの意趣返しだと思ったマシューは、イラついた態度で息を吐いた。
「分かった。もう口出ししない。」
マシューはぷいっと横を向くと、分かりやすいくらい拗ねた態度を取った。
いつも表に出る感情を完璧にコントロールしている彼にしては珍しく、抱いた感情をそのまま晒している。
「別に僕は君の恋路がうまくいってもそうでなくてもどちらでもいいんだけど…このままだとセラフィが悲しむんだ。」
「少しは繕えって…」
身も蓋もないことを言い出す目の前の幼馴染に、マシューはああこういうやつだったわと遠い目をした。
セラフィと出会う前は周囲に関心を示さず、ただ穏やかにそこに存在するだけだった。自分にも他人にも心を動かされることを嫌った彼は、心を閉ざして決められた道を行くことを選んだ。
マシューはそんな彼の根本が変わったと思っていたが、それはセラフィに関することだけだったと気付き、無意識に期待してしまった自分を悔やんだ。
「それに、いつも一緒にいる二人が微妙な距離で停滞していることは僕も望まない。僕も散々周りに迷惑を掛けてきた自覚はあるからね。もちろん、君にも。だから最低限その分くらいのお返しはしたいと思うよ。」
澄んだ瞳で穏やかに言ったエトハルト。
これまでこんなにも真っ直ぐに、エトハルトから彼自身の感情を向けられたことはない。
マシューは目を見開いた。
本当にこいつは…セラフィ嬢と出会って心を許して、こんなにも内面が変わってたんだな…
彼は、ふっと自嘲気味に笑うと、いつもの表情に戻った。
「お前にそこまで言われたらなぁ…ちょっと本気を出すか。」
「狡猾な君のことだからもう十分に手を打ってるんだとは思うけど…あまりやり過ぎると逃げられてしまうからね。」
「それ、お前だけには絶対に言われたくない…」
軽く睨まれたエトハルトはそれを気にすることなく、紅茶の隣に置かれていた菓子を口に運んだ。美味しそうに頬張っている。
「そう言えば、セラフィ嬢の家のことは大丈夫なのか?」
エトハルトのティーカップにお代わりの紅茶を注ぎながらマシューが思い出したように口にした。
「ああ。カーネル公爵とは既に話が付いている。準備が整い次第、セラフィの養子入りの手続きを行う予定だ。」
「セラフィ嬢の父親はどうするんだ?黙って見てるようなやつじゃないだろ?」
「今は理由をつけて領地に留まらせている。もちろん監視付きで。セラフィの養子入りが無事に済んだら、不正行為を表沙汰にして奪爵させるかな。セラフィには悪いけど、あんなもの、貴族社会に残る価値もない。」
「そうだよな…セラフィ嬢の視界に入れたくないもんな。いくら縁を切ったって実父だから、やつに金を無心されればセラフィ嬢は無視できずに心を痛めてしまうかもしれないし。」
「まぁそんなことすれば、この僕に首を刎ねられるだけだけどね。これ以上彼女のことを傷付けたら、絶対に許さない。」
「気持ちは分かるけど、早まるなよ。お前が殺人で捕まればセラフィ嬢はひとりぼっちになってしまうんだからな。」
「は?この僕がそんなヘマをすると思う?証拠の一つも残さず、一瞬にしてこの世から消し去ってやるよ。」
仄暗い瞳を輝かせて笑いながら話すエトハルトに、マシューはドン引きしていた。
ー コンコンコンッ
「入れ。」
静かなノックと共に、エトハルトの許可を得た彼の従者が部屋に入ってきた。
彼に耳打ちすると、足音もなく部屋の外に出て行った。
「急用か?」
彼の従者がマシューの部屋の中まで入ってきたことはない。緊張した面持ちでエトハルトを見たが、彼は微笑んでいた。
「セラフィが無事に邸に着いたって。僕もそろそろ失礼するよ。」
「…お前、後をつけさせてるのか?」
「ん?大切な婚約者なのだから、当たり前だろう?皆やってると思うけど。」
いや多分…というか間違いなくそんなことやっていないと思ったが、マシューは諦めた。
嫉妬深く囲おうとする傾向のある彼に何を言っても無駄だと思ったからだ。
それに、まだ不安定な状況の中にいる彼女には心配し過ぎなくらいでちょうどいいとも思っていた。
「もういいけど、セラフィ嬢に気取られるなよ。」
「大丈夫、隠密行動に長けた者をたったの5人しか付けてないから。じゃあまたね。」
エトハルトは、足取り軽く部屋を出て行った。
「は………今あいつなんて言った?」
さらりと爆弾発言を残していた行ったエトハルト。
過剰防衛が過ぎるだろと思ったマシューはしばらくの間1人で混乱していた。




