恋人至上主義
エトハルトとアザリアの二人がランティスから本気の注意を受けていると、主役の二人が会場内に姿を現した。
既に盛り上がっていた会場に、一際大きな歓声が上がる。
主役らしく、レースをふんだんにあしらったシャンパンゴールドの煌びやかなドレスに身を包んだキャサリンと、同じ色で揃えた豪奢な衣装を着ているビリー。
幸せ溢れる二人のはずが、なぜかキャサリンだけ不服そうに唇を尖らせていた。そんな彼女を蕩けるような微笑みで見つめるビリー。その姿は対照的であった。
会場内、キャサリンのすぐ近くにいた何人かはその違和感の要因に気付き、さっと目を逸らした。何かいけないものを見たような恥じらった顔をしている。
周囲の反応に気付いたキャサリンは、はっとした顔で自分の首元を手で押さえた。会場入りする直前、ビリーによって付けられた愛の印を隠すためだ。
離れていたところから見ていたセラフィは気付かなかったが、勘の良いアザリアとマシューの二人はキャサリンの反応で、『ああ、あいつやりがったな』と揃って遠い目をしていた。
もちろんエトハルトは最初から最後まで隣のセラフィしか視界に入れていないため、何一つ気付いていない。
ランティスは、なんとなくそうかもしれない…と一瞬思ったが、すぐさまその考えを消去した。生真面目な彼は、不埒な考えをしてしまったと勝手に己の思考を恥じていたらしい。
「それにしても、よくお披露目とかやるよね。僕なら絶対いやだ。」
エトハルトは、セラフィには聞こえないようマシューの方を向いてぼやいた。
この場の雰囲気をぶち壊すかなりの問題発言だ。
これはさすがにと思ったランティスが嗜めようとしたが、それよりも先にマシューが口を開いた。
「ああ、同感だ。綺麗に着飾った姿を大衆の面前に晒す意味が分からん。」
「ね、僕も絶対に見せたくないな。招待客がセラフィのことを褒めていたら…ちょっと僕、自分を抑えられる自信がないな。」
「俺も自制出来ないだろうなぁ。」
「君たち、なんて物騒なことを言ってるんだ…」
ランティスは頭を抱えた。
こんなめでたい場で自分の独占欲を丸出しにする二人に呆れ返っていた。
普段ならブレーキ役に回るマシューも、好きな相手のこととなるとエトハルトと同類になることを知り、軽く絶望していた。
そんな中、そのすぐ近くでアザリアとセラフィの二人は真逆の話をしていた。
「やっぱりこういうのって素敵ね。領地で何度か式に参列したことがあるけれど、どれも素晴らしかったわ。」
「私まだ参列したことなくて…でもキャサリンさん達の姿を見てたら、ちょっといいなって思うかも。」
「ね、やっぱりああいうのって憧れるわよね。」
目を輝かせた二人は、羨ましそうな顔で皆から祝福を受けているキャサリン達のことを見ていた。
「まぁ、節目というのは大切だから、招待客を厳選した上でこういった場を設けることは悪くないよね。」
「そうだな。男だって、互いに正装して公の場で祝ってもらうってのは憧れがあるんもな。」
セラフィ達の会話を盗み聞きした二人は、速攻で考えを180度変えた。そして先ほどよりもやや大きめな声で、今度は聞こえるように話した。
二人にとって、己の独占欲よりも何よりも、優先すべきは愛する相手の気持ちの方であったのだ。
だが、未だ想い人のいないランティスにはその心理は理解不能であった。
「君たちは一体何を言ってるんだ…」
額に手を当て、白目を剥いていた。
お披露目パーティーが終盤へと差し掛かり、少しずつ帰宅する者が増えて来た頃、会場入りしてからずっとタイミングを見計らっていたマシューは満を辞してアザリアに声を掛けた。
「アザリア、ちょっといいか。」
緊張を悟られないように、でも軽い発言だと思われないように、絶妙な加減の声音で言った。
エトハルトとセラフィの二人はどこかに消え、ランティスは少し離れたところでキャサリン達と話をしている。
アザリアに逃げられないようにするためには、近くに知り合いのいない今が絶好の機会であった。
アザリアもマシューの真意に気付いており、軽く目を伏せた。
「私まだあっちのテーブルに食べたいスイーツが残ってて…」
「話が終わったら、一緒に取りに行こう。」
「でも…それだと無くなってしまうかも…」
「取り置きしといてもらおう。」
「そういえばまだキャサリンにちゃんと挨拶をしてなくて…」
「二人なら最後までいる。俺との話の後で一緒に行こう。」
「やっぱり今日はそろそろ帰らないと…」
マシューが何を言っても二人きりで話すことを避けようとするアザリア。
その瞳には不安と動揺の色が混ざっていた。
自分のことを拒絶されているわけではないと悟ったマシューは、アザリアの肩に腕を回すと少しだけ自分の身体に近づけた。
「ちょっと!何するのよっ」
突然の接触に、アザリアはいつもより声量を抑えながらも敵意を露わにしてきたが、マシューの腕の力が緩むことはない。
それどころか、さらに自分の方に抱き寄せて来た。
周囲に聞こえないよう、アザリアの耳元に唇を寄せる。
「逃げてもいいけど、そんなことしたってどこまでも追いかけるだけだからな。相応の覚悟をしておけよ。」
「!!」
普段よりも低く、僅かに怒気を含んだ声音で言ってきたマシュー。
見たことのない彼の姿に、アザリアは全身鳥肌が立った。ほんの少しだけ垣間見えた彼の狂気に触れてみたいと思ってしまい、そんな自分に恐怖を感じたからだ。
彼女の心を揺さぶることが出来て満足したマシューは、アザリアの肩から手を離した。まずは自分のことを意識してもらうことを今日の目標としていたのだ。
しばらくして、エトハルト達が戻ってくる気配を感じると、マシューはいつもの雰囲気に切り替えた。
「アザリア、取り置きしてもらったやつ、もらいに行くか?」
「…そうね。」
打って変わり、いつもの調子で話しかけて来たマシュー。
アザリアは、彼のことを見た目以上に狡猾なやつだとは思っていたが、人に対する執着心はあまりない人間だと思っていた。
完全に読みが外れたわね…
適度な距離を保って、セラフィを守るために協力していく相手のはずが、アザリアはうっかり近づき過ぎてしまったと内省した。
戻って来たアザリアの皿の上には、いつもの半分の量のスイーツが盛られていた。




