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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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いつもの二人


中流貴族同士の婚約でこれほどまでに規模が大きく且つ、まだ学生の二人がお披露目パーティーを開催することは異例だった。


クラスメイト達の間では、キャサリンに逃げられないよう外堀を埋めるために、ビリーが力を入れたのだろうというのが共通の見解であった。


想い人に近づくために赤点を取ることも厭わない彼なら間違いなくやるだろうと皆考えていた。




今回会場となったのは、ビリーの生家であるウエスタント家の邸内一階部分に位置する大広間だ。


古くから親族との関わりを重要視してきたウエスタント家の邸には、一族を全員収容出来るほど広い部屋が用意されているのだ。


だが今回はそれでも広さが足りず、庭園へと続く大きなガラス扉が開放されている。

大広間もテラスも自由に行き交うことが出来るようになっており、それぞれに食事と飲み物が用意されていた。




アザリアとマシューの二人が会場に着いた時には、既にクラスメイト達で賑わっていた。

彼らに加え、ビリーとキャサリンの親族と思われる者も多数参加している。


皆、主役である二人の登場を心待ちにしながら、他の参加者達との交流を楽しんでいた。




アザリアがスイーツの並んだテーブルに飛びつこうとするのをマシューが止めようと手を伸ばした時、入り口近くで何やら騒ぐ声が聞こえた。


何かの諍いかと思ったマシューは、アザリアの腕を掴み素早く自分の背に隠した。

だが、よく聞くとその声は喧騒の類ではなく、歓喜に沸いているような好意的な声であることに気付いた。


騒ぎの正体に気付いたマシューは、ようやくアザリアの腕を掴む手の力を緩めた。

優しく引っ張り出すと、自分の隣に立たせてあれを見ろと顎で示した。



彼の視線の先には、いつもにも増して輝いている銀髪の彼と、同じように溢れんばかりの幸せに身を包んだ金髪の彼女の姿があった。


二人は、同じ柄の刺繍の入った服に、サンクタント家の紋章を刻んだカフスとブローチをそれぞれ身に付けている。

婚約解消の噂など跡形もなく消し飛ぶほど仲睦まじく幸せな姿をしていた。



エトハルトは彼女の腰を抱き込み、その瞳を溶かすほど甘い顔で見つめる。


その瞳に耐えられなくなったセラフィが俯くと、すかさずこめかみにキスを落としてくる。真っ赤になったセラフィは、訴えるように潤んだ瞳でエトハルトの顔を見上げるが、彼はその頬を優しく撫でるだけで一向にやめようとしない。


一歩ずつ歩きながらも、そんなことを繰り返してくるエトハルト。その度に外野から悲鳴が上がる。



「…エティっ」


あまりの攻撃に、セラフィは堪らず嗜めるように彼の名を呼んだ。

だが、彼は少し怒ったような雰囲気を出すと、セラフィのことを力一杯抱きしめた。彼の腕の中にすっぽりと収まってしまったセラフィ。身動きが取れない。



「セラフィ、そんな顔を人前でしてはダメだよ。…妬ける。」


「えっ…なっ!!」


セラフィは本気で叱っているつもりだったのに、エトハルトからすれば、可愛く拗ねてる僕のセラフィにしか見えなかったらしい。


ここで彼の独占欲が暴発した。



「…やっぱりちょっと耐えられないかも。心臓が止まりそうなほど可愛い君なのに…今日のセラフィを他人の前に晒すなんて間違ってた。やっぱり宝物はきちんと鍵をかけてしまっておかないと…」


「え?え、エティ…??」


思い切り間違った方向に独占欲をぶちまけるエトハルト。彼女を腕の中から解放すると、両肩に手を置いたまま、恍惚とした表情で見つめてくる。


困惑するセラフィの声は届いていなかった。




「そいやっ!」


その時、アザリアの手刀が背後から二人の間を切り裂くように飛び込んできたが、すいっとエトハルトに避けられてしまった。

もちろん、セラフィのことをしっかりと抱き抱えたまま。



「やぁ、アザリア嬢。」


アザリアからの攻撃など意に介さず、エトハルトはいつものにこにこ顔で挨拶をした。



「エトハルト…アザリアの奇襲は謝罪するが…お前も大概だからな。どれだけこっちが心配したと思って…」


アザリアの脇に立つマシューは、拳を握りしめながらわなわなと身体を震わせていた。


誰よりも幸せになって欲しかった二人、その願いが叶って嬉しいはずなのに、人の心配を他所に、今まで以上に仲の良さが増している二人に若干苛ついていた。


そのイラつきの半分以上は単なる嫉妬心であったが、それには気付かない振りをした。




「ふふふ、僕とセラフィだよ?何があったって、僕たちが離れることなんてないよ。ね、セラフィ?」


エトハルトは腰を抱いたままセラフィの耳元で囁くと、耳たぶにキスをした。


突然のことに、びくついたセラフィは耳まで真っ赤にし、もう何も考えられず思考停止した。心が限界を迎えたらしい。

抵抗の意思を示さなくなったセラフィのことを、エトハルトは嬉しそうに胸に抱き寄せた。


 


「俺は、お前のことが心配だ…」


相思相愛とは言え、こんな大衆の面前で全力の愛をぶつけてくるエトハルトを見たマシューは、これ以上エスカレートしないことを祈った。





「君たち、ここは教室じゃないんだぞ。」


入り口付近でわちゃわちゃ騒いでいる四人に対し、怪訝そうな顔をしたランティスが声をかけて来た。



「僕は何も。アザリア嬢が何やら攻撃して来たのでそれに対応したただけ。」


「エトハルト君が場をわきまえず私的な振る舞いを繰り返すから、私はそれを止めようとしただけだわ。」


「…この二人のこれはいつものことだから気にしないでやってくれ。」


つんとした態度で言い返したエトハルトとアザリアの二人。

マシューはランティスのことを宥めるように声を掛け、セラフィはまだぼうっとした頭のまま皆のやり取りを眺めていた。




「セラフィさん」


ランティスに名前を呼ばれて意識を取り戻したセラフィ。

彼に名指しをされることは珍しいと思いつつ、彼の方を見た。




「良かったな。」


「…あ、ありがとう。」


ランティスは心の底から祝福の言葉を伝えた。


ソフィリアのことも気になってはいたが、こんなにも幸せそうな二人を目の前にして、ランティスはこの言葉を伝えられずにはいなかった。


妹の分までどうか幸せに…


そんな気持ちで声をかけた。



一方、反応に困ったセラフィは、なんとか一言御礼を言うと、下を向いてしまった。


言葉をかけてもらって気恥ずかしそうに俯くセラフィのことを、エトハルト達は皆優しい眼差しで見ていた。




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