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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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動き出した二人


マシューの乗った馬車が真新しい門の前で止まる。御者が降り、守衛に話を付けるとゆっくりと開門した。


門を抜けてからしばらく、庭とは思えない木々に囲まれた広大な敷地を馬車で走ると、ようやく邸宅が見えて来た。門と違って、こちらは古典的な建築様式の建物で歴史を感じるものであったが、よく手入れされており錆びれた印象はない。


邸宅の玄関口より少し手前に設けられている停車場に馬車が止まる。




馬車から降り立ったマシューは、正装を身に纏っていた。


胸元にフリルのついた白シャツに、深い藍色のジャケット、襟元には華やかな金糸の刺繍が施されている。首元にはタイまで付けられていた。


普段は雑に扱われている猫っ毛の赤髪も、今日は綺麗に整えられ、別人のようである。


いつもエトハルトの隣にいるせいで気付かれないが、マシューは元々かなり整った顔立ちをしている。美しいよりも、可愛らしいと言った方が近い見た目だ。

ただ残念ながら、いつも眉間に皺を寄せ粗雑な言葉で周囲にツッコミを飛ばしているため、その愛らしさに気付くものはいない。




そんな彼が今日は完璧に見た目を整えている。

黙っていればそれなりに見えそうだが、相変わらず眉間に皺が寄っている。


そして、その視線の先にはアザリアがいた。



「なんでお前は外に出てるんだ…」


呆れた声を出したマシュー。予想外の展開に、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。



「領地では、家の前で待ってるのが当たり前だったわよ?」


悪びれることなく言ったアザリアも、マシューと同じように畏まった格好をしていた。


真紅の明度を少し下げた色味のマーメイドラインのドレスを着ている。

腰の位置はぎゅっと締まっており、腰から足元にかけて大きなフリルが螺旋状に飾られている。黒髪黒瞳の彼女にとてもよく映えていた。




自分が贈ったドレスに身を包んだ彼女を見たマシューはつい口元が緩んだ。


本当は、初めてのエスコートをきちんとやり遂げたかったのだが、そんなことは一気にどうでも良くなった。

目の前に立つアザリアに、すっと片腕を出す。



だが、彼女は一瞬躊躇した。


こんな風に女性扱いされたことなんてなく、しかもその相手がいつも冗談を言い合っている相手であり、嫌ではないが気恥ずかしさがあった。




「ほら、行くぞ。」


勘の良いマシューは、アザリアが躊躇った理由など予想がついている。

突然の行動を読むことは難しいが、直前の表情や言葉、視線などの情報があれば大概のことは推察することが可能だ。



「えっ、ちょっと!私は今日ヒールっ…」


中々腕を取らないアザリアの手を自ら取りに行ったマシュー。

このまま引っ張られると転ぶと思ったアザリアは慌てて声を出した。



「ああ、だからこうする。」


マシューは、アザリアの腕を掴んで自分の方に引き寄せると、肩に腕を回し膝裏に手を差し込み、さっと抱え上げてしまった。



「なっ、何するのよー!!!」


「俺の腕を取らないお前が悪い。」


「分かったわ!ちゃんと腕を取るから!早く下ろして!!」


「分かった。」


マシューは足を止めると腕の中にいるアザリアと目を合わせ、ニヤッと笑った。



「会場に着いたらな。」


「今すぐ降ろしてーーーー!!!!」


馬車まで、どんなに多く見積もってもたった10歩ほどの距離だというのに、それだけで騒いでいる二人。

そんな彼らのやりとりを、見送りのため一列に並んでいたアザリアの家の使用人達は微笑ましい顔で見守っていた。





「…疲れたわ。」


馬車に乗り込んだアザリアはぐったりとしていた。



「俺は全く疲れていないから、なんなら着いてからも抱えて歩いてやってもいいぞ?」


マシューは、目の前で疲れた顔をしているアザリアのことを揶揄って来た。

いつもの揶揄いだとアザリアも分かっているのに、先ほどの横抱きを思い出してしまい頬が赤くなる。


なんとも言えない空気に包まれた。




「今日のキャサリン達の婚約パーティー、セラフィも来るかしら…」


沈黙を破ったのは、不安そうなアザリアの声であった。



夏季休暇の終わり、キャサリンとビリーの二人が婚約パーティーを開くことになっており、クラスメイト全員が招待されていたのだ。


今回の夏の課題が、『パーティーに参加すること』であることも手伝ってはいるが、それでも、純粋に二人のことを祝いたいと参加の意思を表明した者がほとんどだ。




「俺も詳しくは聞いてないけど、この夏の間色々あったらしい。あの二人のことだから多分大丈夫だと思うが…」


「やっぱり私がセラフィのパートナーになるべきだったかしら。そうすれば堂々と迎えに行けたのに…


「…いや、それは色々間違ってると思うぞ。」



夏季休暇に入る前から、マシューからの誘いで二人はパートナーになることを約束していたのだが、セラフィとエトハルトの関係が怪しくなって来た頃、アザリアが自分はセラフィとパーティーに参加する!と騒ぎ始めたのだ。


それを、このパーティーが二人の良いきっかけになるかもしれない、とマシューが宥めすかしてなんとかやめさせることに成功したのだった。




「俺たちにとっても良いきっかけになるといいな。」


マシューは唯一の同乗者に向けて言葉を発したが返事はなかった。


だが、窓の外に視線を固定しているアザリアの耳は赤くなっており、それを見たマシューの顔は綻んでいた。





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