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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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今になって分かったこと


エトハルトは、目の前で瞳を滲ませるセラフィに混乱しつつも、とりあえずハンカチを取り出して彼女の目元に当てた。

理由は分からないが、目の前で泣きそうになっている彼女のことを放っておくなど出来なかった。


彼の優しさに触れたセラフィは、嬉しそうに目を細めた。



「エティのために何か出来るって思えたらすごく嬉しくて…これまで貰ってきたものにようやく報いることが出来るから…だから、ありがとう。」


「そんなこと…僕がセラフィにしてあげたことなんて何も無いよ。僕は良い家柄の家に生まれたくらいで、なんの力も持たないから…君のためにって、そうありたいと強く願っているけれど、実際には何も出来やしない…こんな自分、嫌になる。」


珍しく弱々しい姿を見せるエトハルト。


その表情を見せないように横を向く彼とは反対に、セラフィは、彼の本質に触れているような気がして、微かに喜びを感じていた。


セラフィは、自分は何も出来ないと決め付けるエトハルトに、意識して優しい声を出した。

いつも彼にそうしてもらっていたように自分も言葉を掛けたくて、記憶の中の彼の話し方を真似た。



「エティが認めなくても、私がしてもらったことに変わりはないから。貴方に救われて今ここに私がいる、その事実が変わることはないよ。だからそんなに自分自身を卑下しないで。貴方が思うよりずっと、私はエティに助けられて来たんだから。」



エティはどんな時だって、私に助けの手を差し伸べてくれた。誰も気付かない、自分も気づいていない心の声すら拾ってくれた。


そんな貴方に、私はこれほどまでに感謝してるというのに…



伝わらないもどかしさが辛く、セラフィは少しでも自分の心の内を伝えようと彼の手を取って両手で握りしめた。

顔を上げ、シルバーの瞳を真っ直ぐにみかえす。



「セラフィは優しいね…」


エトハルトは優しく彼女の手を握り返した。

だがその顔はまだ暗く、翳りが残っていた。穏やかな声音であったが、空虚さが滲み出ている。



「エティ、いつかの貴方が私に言ってくれたように、私が優しいんじゃなくて、エティだから優しくありたいと思うの。当たり前に優しくしたいって、そう思うから。」


セラフィは、いつの日か、エトハルトの優しさに困惑した彼女に向かって彼が言った言葉を引き合いに出した。



今の自分なら、あの時の彼の気持ちが痛いほどよく分かる。


大切な相手に良くしたいと思うことは当然のことであって、感謝されたくてやっているわけじゃない。だからそれに対して遠慮されることも萎縮されることも望まない。


ただただ享受してほしい。

それだけだったんだ。




「君は…本当に変わったね。ああもちろん、良い方向に。ありがとう。こんな弱気な僕にも根気強く声を掛けてくれて。君に見合う男になれるよう精進しないと…君に置いていかれたくはないからね。」


「え、エティに本気を出されたら私はどうしたらいいの…」


強がりで言ったエトハルトの言葉を真に受けたセラフィは、一人でパニックに陥っていた。



家柄が良くて、勉強ができて、武術にも剣術にも長けていて、良識も教養もあって、その上この美貌…私はどうやって彼に追いついたらいい…??


…いや、どう考えても無理。


今さら見た目なんて変えられないし、家柄…は養子に入ればなんとかなる?いや付け焼き刃過ぎるよね…性格くらいはなんとか明るくしたい…けど、ちょっとすぐには難しい…勉強くらいならなんとかなるけど、勉強だけ出来ても私にはなんの魅力も…




「セラフィ、何やら己の思考に走っているようだけど、目の前に僕がいるんだから、もう少し構って。」


エトハルトは唇を尖らせて頬を膨らませると、わざと拗ねた声を出した。



「あ!ごめん、私つい…」


「ふふふ、冗談だよ。著しく成長していく君に、少し寂しさを感じてしまっただけ。でももう大丈夫、こんなにも優しいセラフィが隣にいてくれるから。」


エトハルトは澄んだ瞳でセラフィのことを見返した。



自分でもひどく単純だと思った。


でも、目の前にいる大切な人がこんなにも僕のことを想ってくれている、それが分かるだけで身体の内側から活力と希望が湧いてくる。


本当に信じられない。


愛情も恋情も友情ですら信じていなかったこの僕が、たった一人の言葉でこんなにも心を揺り動かされるなんて…想像すらしたことはなかった。


変わりゆく自分

コントロール出来ない感情

人の言葉に左右される自分


そのどれもが恐怖でしか無かったのに、今は胸が湧き立つ。


彼女の影響を受けて、彼女に染められて、新しい自分に出逢う。それを楽しみだと感じるようになったのはいつからだったろうか。今はもう、それが当たり前過ぎて思い出せない。




「…ありがとう、エティ。でも、私が今からいくら本気を出したところで、貴方に追いつくことすらあり得ないから安心して。もう絶対にそんなことは起こり得ないから!」


エトハルトがセラフィに置いていかれることを危惧していると思い込んだ彼女は、そんなことはないと早口で捲し立てた。


セラフィの言葉でそんな不安など霧散したというのに、まだ自分のことを案じてくれる彼女に、エトハルトはふふっと笑いをこぼした。



セラフィへの愛しさが溢れて止まらない…



「セラフィ、君への愛が止まらないんだけど、どうしたらいい?」


感情を持て余したエトハルトは、うっかりそんなことを口走った。

言葉にした瞬間、これ本人に聞くことじゃないかも…と思ったが、それ以上深くは考えなかった。



「い、」


『いつもそんなことばかり言って』と注意しようと思ったのだが、途中で言葉を止めた。

彼が本気で言っていたら、その気持ちを踏み躙ることのになる。そんなことはしてはいけないと思ったのだ。



「い?」


何かを言いかけたセラフィに、エトハルトは小首を傾げて復唱した。

流してもらえなかったセラフィは、思い切り言葉を変えることにした。



「い…いつもありがとう。」


「どーいたしまして。」


捻り出した言葉はとんてもないほどに自惚れ発言だったが、エトハルトは、ようやく受け取ってもらえたかと心底満足そうに微笑んでいた。





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