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救いの手


「セラフィ!」


真新しい制服に身を包んだアザリアが少し離れた位置から元気よく声をかけてきた。


この国では珍しい黒髪黒目の彼女は、ただでさえ人の目を集めてしまうのに、大きな声を出したため、周囲にいる生徒たちのほとんどがアザリアのことを見ている。


その視線に友好的なものは一つもなかったが、彼女は全く気にしていなかった。




新入生が行き交う廊下で元気に手を振ってくるアザリアに、セラフィは軽く手を上げて控えめな笑顔を見せた。

彼女のように声を出して目立つ勇気は無かった。


それにも関わらず、片手を挙げたセラフィにいくつもの視線が突き刺さる。

身に覚えのある感覚に、あの公爵邸での茶会が頭をよぎった。



この場の空気に耐えきれず、人気のない場所に逃げ込もうとしたが、自分の名前が聞こえてきて、思わず足が止まった。


そのせいで、今まで聞こえないフリをしてきたのに、しっかりと耳に届いてしまった。



「あれが噂の…」

「あの子の母親、何人も男がいるんですって。まったく、はしたないわ。」

「父親も妾に入れ込んでるとか。」

「なにそれ、不憫だわ。お可哀想。」

「あんな子、なぜこの学園にいるの?そんな節操のない親の娘、平民の方がお似合いよ。」

「それなのに、あのサンクタント家と婚約を結んだとか。」

「まぁ、信じられないわ!きっと娼婦のような手を使ってたらし込んだのでしょうね。」



もう誰の声かもわからない、次々と自分のことを悪様に言ってくる人達。


はっきりと聞こえてしまってはもう無視することは出来なかった。自分はまだ話したこともない相手にすら嫌われていると気付いてしまったから。


これから新しい日々が始まるはずで、物語の主人公のように輝かしくなくても、平凡でそれなりの自分の毎日が待っていると思っていたのに、その想いは初日に打ち砕かれた。



全てに絶望したセラフィは、考えることをやめた。



もういいや。



これからホームルームが始まるというのに、彼女は回れ右をした。

もうこれ以上、ここにいたくなかった。とにかく、この場から立ち去りたかった。


かと言って家に帰りたいわけでもない。あそこにも自分の居場所はない。


私はどうしたらいい

自分はどこに行けばいい


誰か教えてよ…






「ここにいたんだね。」

「えっ」


ふわりと春の花の香りがしたかと思うと、すぐ目の前にはエトハルトが立っていた。



「遅くなってごめん。」


エトハルトは、セラフィの手を取り両手で包み込むと、自分の額に当て、彼女の気持ちを労るかのように目を閉じた。



突然の行動に、廊下にいた者達だけでなく、教室からも人が出て来て辺りはざわつき始めた。


皆、エトハルトに対して直接何か言うことはできないが、非難するような目を向けている。婚約者とはいえ、セラフィと仲良くすることを良く思っておらず、もっと他に似合う相手がいるはずと勝手なことを思っているらしい。



エトハルトは穏やかな微笑みを携えたまま、わざと、ゆっくりと周囲を見渡した。出来るだけ、一人一人と目を合わせていく。

目が合った者達は、気まずそうに口をつぐんだ。



「セラフィ、君は人気者のようだね。でもそろそろ教室に行かないと。皆お喋りはまたの機会に頼むよ。ああでも、その時に僕のことも混ぜてほしい。ね?」


エトハルトは周囲に対して牽制するようににっこり微笑むと、セラフィの手を取り教室へと向かった。


いきなり繋がれた手に、彼女は慌てて振り払おうとしたが、びくともしなかった。ネンスの時と違って全く痛くないのに、彼の離さない意思が強くて振り払えなかった。




「エティ、どうしてあんなことを?私のことは構わなくていいから。貴方まで変な目で見られてしまう…」


手を離してくれない代わりに、セラフィは言葉で訴えた。自分と関わらない方がいいと、忠告の意味も含めて。


セラフィの言葉を受けたエトハルトは、静かに足を止めた。


構わないで欲しいと自分で言ったはずなのに、彼に置いていかれそうな雰囲気に、セラフィは寂しさを感じてしまった。




「その制服、よく似合ってる。可愛い。」

「えっ!!?」


足を止めたエトハルトは、セラフィのことを上から下までじっくりと眺めて、嬉しそうな顔を向けた。

予想外の言葉に、セラフィの目は点になった。



「な、なんでそんなことを…今は制服のことなんてどうでもいいから。私といたら貴方まで悪く言われてしまうの。だから、学園の中では私に関わらない方がいいんだって。もうこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。もう十分だから…」


早口で捲し立てるセラフィに、エトハルトは不思議そうに目を丸くさせた。



「どうして?僕にとっては他者から何か言われることの方がどうでもいいけど。それとも、僕が一緒にいたらセラフィに迷惑が掛かる?それなら今すぐどこかに消えるけど。」


「そんなっ…迷惑なんて掛かるわけないじゃない。」


「うんうん、そうだよね。」


「え??」


「僕もセラフィと同じだよ。君といることで迷惑が掛かることなんてない。それに、こう見えて大抵のことは自分でなんとか出来るから、そんなに心配しないで。ね?」


「でも…」


その時、本鈴の鐘が鳴った。

二人が教室の手前で話し込んでいるうちに、ホームルームの時間となってしまった。



「ふふふ、時間切れ。初回から遅刻したら格好がつかないからね。ほら、行くよ。」


当たり前のように差し出された手を、セラフィは逡巡しながらも掴むことにした。断る理由が見つからなかった。



二人は手を繋いで教室の中へと入っていったが、やはり向けられる視線は痛かった。

俯くセラフィに、エトハルトは安心させるようにぎゅっと強く手を握った。


それでも尚、セラフィは怖くて顔を上げることが出来なかったが、ほんの少しだけ胸が温かくなったように感じた。





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