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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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似た物同士


エトハルトは、セラフィが手にしていたティーカップと新しく淹れ直した紅茶の入ったカップを交換した。彼女が吹き出した残りの紅茶は、当たり前のように彼が全て飲み干した。


セラフィも新しい紅茶に口をつける。


様子が落ち着いたところで、エトハルトは改めて声を掛けた。




「セラフィが決めて良いからね。いくら互いに都合がいいとは言え、いきなり養子だなんて普通は受け入れ難いと思うし。」


セラフィの気持ちを汲み取ったエトハルトは、気遣う言葉を伝えた。

いきなり、それもクラスメイトの家族になるだなんてすぐに決断できるものではない。セラフィには納得いくまで考えて欲しかった。




「そうする。」


もう一度考えたセラフィは、はっきりと肯定の言葉を口にした。

決断するまでどんなに早くても数日は掛かるだろうと思っていたエトハルトは驚いたように目を見開いた。



「…いいの?」


彼女を守るために養子になることを選んで欲しかったはずなのに、あまりに早い決断だったためエトハルトは不安そうな声で聞き返した。


彼女に無理をさせているとしたらそれは絶対に避けなければならない。彼女の真意を探るように、彼は穴が開くほどセラフィの顔をじっと見つめた。



「正直なところ、不安はある。でも、私には何もないから一人じゃこの状況をどうにかすることは難しい。だから、手を差し伸べてくれる人がいるなら、迷わずその手を取りたいって思うんだ。今までは怖くてそれが出来なかったんだけど…今は、隣にエティがいるから。」 


セラフィは隣に座るエトハルトに笑顔を向けた。

少しだけ不安そうに眉が下がっているものの、その笑顔に見栄や強がりは見当たらなかった。自然な表情に見える。


そんな清々しい顔をしたセラフィを見たエトハルトは、堪らず彼女のことを横から抱き締めた。




「…エティ?」


「うん。いつだって僕が隣にいるから、だからセラフィが不安に思うことは何一つ無いんだ。一緒に伸ばされた手を取ろう。落ちる時も救われる時も二人一緒なら何も怖く無いよ。」


「そうだね。二人一緒なら怖いことなんて何も無いね。」


エトハルトは、セラフィのことを一度強く抱きしめるとその腕から解放して少し距離を空け、目と目を合わせた。セラフィの家の話がまとまったのなら、今度は自分の家の話をしなければならない。


彼は軽く目を閉じると、一度深呼吸をしてから目を開けた。



「今度は、僕の家の話、だね。まず最初に謝らなければならないことがある。」


エトハルトはセラフィから目を逸らして俯いた。



本当は言いたくなかった。


自分の父親が結婚に反対をしていて、セラフィと結婚するためには条件の提示が必要だっただなんて。


自分の命よりも何よりも大切な彼女を、自分の親が認めてくれず、それを説得することも叶わなかった情けない自分の話など出来ればしたくないし、知られたくもない。


でも、彼女を巻き込んでしまった以上、話さないわけにはいかなかった。あの時、どんな手段を使ってでも彼女の手を離さないと決めたのだから、覚悟を決めないと…




「エティ、大丈夫だよ。」


「セラフィ?」


俯いたまま一人で思考しているエトハルトに、セラフィは優しく声を掛けた。

彼自身、感情を表に出していたつもりはなく、彼女の言葉に驚いて顔を上げた。


揺るぎないエメラルドグリーンの瞳と目が合った。



「私は、何度も情けない姿をエティに見せて来たから。何度も逃げて無理だと言って手を振り払おうとして…それでもエティが掬い上げてくれたの。だからその…たまには私にもその役を譲ってくれない、かな…なんて?」


カッコよく、自分のことも頼って欲しいと言うつもりが、途中で自信がなくなってしまい、最後には疑問符までついてしまった。


見慣れないセラフィの振る舞いに、エトハルトはシルバーの瞳を瞬かせた。突然の状況に、上手く言葉を出せない。




「ええと、その…何か言って欲しいのだけど…」


自分のことを見たまま反応を示さないエトハルトに、セラフィは顔が赤くなって来た。それに加え、柄にも無いことを言ったせいで、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。



「…ありがとう、セラフィ。やっぱり大好き。本当に、君といられる僕は幸せ者だ。愛している。」


エトハルトはとびきり甘い顔で微笑んできた。



「そういうのは…別によくて、その…話を聞くから。なんでも言ってほしい。」


セラフィは、エトハルトと真逆の方向を向いて早口で言い放った。彼の甘さ全開の表情と声に、口から心臓が飛び出しそうであった。



「セラフィ、照れてる。とんでもなく可愛くて、もっと追い詰めたくなるんだけど、その前に話をしよう。続きはその後で。」


エトハルトはうっとりとした表情で妖艶に微笑んできた。セラフィと思いが通じ合ってから、彼の色気は増すばかりである。


彼は、すっと一度表情を消すと、真剣な瞳に切り替えた。




「…セラフィのこと、父に認めてもらえなかった。僕が不甲斐ないせいで君に迷惑を掛けて本当に申し訳ない。本来なら、君との結婚を歓迎される環境を作りたかったけど、力が及ばなかった…」


「ふふ、おんなじだね。」


「え?」


「うちの父親も中々ひどかったから。エティと同じだなと思って。大丈夫、エティ以外の誰かに嫌われたって私はなんともないよ。それくらい、大丈夫になるから。」


「ありがとう、セラフィ。…でももう一つ君に謝らなければならないことがあるんだ。」


セラフィは、微笑んだまま話の続きを待った。その顔にはなんの憂いも無かった。



「君を…君のことを僕の人質にしてしまったんだ。セラフィが側にいる限り、僕はサンクタント家に尽くすと。もし万が一、君がいなくなれば即刻家を出ると伝えてある。僕をこの家に繋ぎ止めるには、セラフィが側にいることが必要であり、それを婚姻の条件として差し出したんだ。…勝手なことをして本当に申し訳ないと思っている。君を、この家に縛り付けることになってしまった…」


エトハルトは恐怖で顔を上げられなかった。


こんな自分にセラフィは失望しただろうか。勝手なことをしてと怒っているだろうか。僕のことを、嫌になってしまって無いだろうか…そんなことになれば僕はもう…




「嬉しい…」


「え…どうして…」


彼女の反応は全く予想していないものであった。


信じられない気持ちでエトハルトが顔を上げると、すぐ隣には、嬉しさで瞳を滲ませているセラフィの姿があった。





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