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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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予想外の提案


セラフィの自室の窓はすっかり元通りに直っており、そのついでにカーテンまで新調されていた。


これまで使っていた色褪せた布は回収され、今はアンティークローズのような色合いのシルク生地に銀糸の刺繍がなされているものが取り付けられている。いつの間にかエトハルトが従者に用意させていたらしい。


この場に似つかわしくない高貴なオーラを放つカーテンを見たセラフィは、間違いなくこの部屋の中で最も金額の高いものだろうと考えたが、その時、金庫の中に仕舞っていた宝石たちのことを思い出した。



あ、あれエティに返さないと…



思い立ったセラフィは、金庫を開けようとウォークインクローゼットの中に入った。その奥に置いてある金庫を開けようと手を伸ばす。




ー コンコンコンッ



「セラフィ様、エトハルト様がお見えです。」



この前約束した通り、エトハルトがセラフィの元にやってきた。いつも学園に向かう時と同じ頃の時間だ。

セラフィは彼の元に向かおうと薄暗いクローゼットの中から出たはずたったのに、なぜか視界が真っ暗になった。




「セラフィ、おはよう。」


「エティ!?」


エトハルトは既にセラフィの部屋の中に入って来ており、出会い頭に抱き締めてきたのだ。

突然のことに驚いて声を上げたが、エトハルトがそれを気にする様子は全くない。


抱き締めたままセラフィの肩に顔を埋めると、深く深呼吸をした。



「はぁー…しあわせ…」


気の抜けた声を出すエトハルト。

無防備な彼の姿に、セラフィも思わずクスッと笑いをこぼした。




「ええと…とりあえず、お茶にしようか?」


しばらく経っても一向に解放する素振りのないエトハルトに、セラフィが控えめに提案をしてきた。



「…やだ。」


「エティ、可愛い。」


自分の肩に頭を埋めてふるふると首を横に振るエトハルトに、幼な子を見るような感覚で可愛いと言ったセラフィ。

そんな彼女の言葉にハッとしたエトハルトは、すっと身体を離すと、彼女に腕を差し出し、良い顔を向けてきた。



「セラフィ、ソファーにどうぞ。」


彼女に可愛いと言われたことが不本意だったエトハルトは、キリッとした顔に切り替えて、紳士ぶりを発揮してきた。



そのまま向かい合ってソファーに座る二人…とはならずに、彼は当たり前のようにセラフィの隣に腰を下ろした。


少し気恥ずかしさを感じながらも、セラフィは紅茶を用意しようと置かれていたティーセットに手を伸ばす。だが、彼の手によってやんわりと止められてしまった。


エトハルトは、片手をセラフィと繋いだまま、器用にもう片方の手だけで紅茶を注いでみせた。行儀の悪い行為だが、ここには二人以外誰もいない。

いたずらの成功した子どものよう顔で、二人は小さく笑い合った。




温かな湯気と紅茶の香りが室内に充満する。一口啜ると、セラフィはいつもの茶葉との違いに気付いた。

シブースト家に置いてある茶葉の数倍の値段がしそうな高級なものであったのだ。


これも彼が用意してくれたのかと、セラフィは横に座るエトハルトのことを見たが、彼は目を合わせようとはせず優雅な所作で紅茶を口に運ぶだけであった。



彼は、ティーカップをソーサーの上に戻すと、セラフィに身体ごと視線を向けた。



「セラフィ、君に話さないといけないことがある。」


真剣な瞳とその声音に、セラフィもティーカップを置き、エトハルトのことを見た。



「いくつかあるんだけど、まずは君の父親の話。彼には、僕たちの婚約はまだ有効であると伝えている。だから今こうして自由に君に会うことが出来ているんだ。でもきっとこの平穏は長くは続かない。君の父親のことを悪くは言いたくないんだけど…」


気遣ったエトハルトは、一度言葉を止めると伺うようにセラフィの顔を見た。


彼女は、小さく首を横に振ると、芯のある瞳で見返した。そこに何一つ迷いはなかった。彼女の決意を見たエトハルトはほっと息を吐くと、話の続きを始めた。



「ここからは僕の憶測だけれど、きっと君に色々言ってくると思うんだ。君を利用してサンクタント家の資産や権力を使おうとする可能性が高いと予想している。僕や僕の父親に直接言われるのならまだしも、僕は君の心に翳りを作りたくない。セラフィには常に安寧の中に身を置いてもらいたいんだ。だからそのための策を考えてきた。」


エトハルトは、彼女が受けていた仕打ちを知りつつも、それを悟られないよう絶妙に事実をぼかして話した。

彼女が自分に話さないことは知られたくないことだと思ったから、知らないふりを選んだ。


セラフィは、ほぼ事実と合致するエトハルトの読みに、さすがだなと感嘆していた。

でも、実際に起こりうることだからこそ、エトハルトの手を煩わせたくなかった。




「それは…その配慮はとても嬉しいけど、私だってエトハルトの心に翳りなんて作りたくない。だから、私のことは大丈夫。自分のことは自分で対処するから。」


セラフィは視線を落とした。


いつまでもどこまでも追ってくる親の影に嫌気が差す。しかし、自分でどうにかしなければこの先も変わらないまま…そんなのは嫌だと彼女の瞳に強さが増した。


気を張るセラフィに、エトハルトは穏やかな表情でゆっくりと首を横に振った。



「それは違うよ、セラフィ。僕は君がもたらすものならなんだって歓迎する。それが翳りであっても、嬉々として受け取ろう。そろそろ分かってほしいんだけど、僕は、君からもらうものならなんだって特別なんだ。例えそれらが君の言う『迷惑』や『負担』の類だとしてもね。だから僕にも分けて欲しいんだ。君がこれまで一人で抱えてきたものと、これから抱えようとするものを。だからどうか僕にも預けて欲しい。」


エトハルトの言葉に、セラフィは一瞬目を見開いた。その後、力の抜けた柔らかい表情に戻った。



「そんなこと言われたら…もう何も言えなくなる…ありがと、エティ。いつも支えてくれて頼らせてくれて、意地っ張りな私のことを見捨てないでいてくれて…本当に、ありがとう。」


「何も言わせないために言ってるからね。ふふふ。少しでも僕の気持ちが伝わったのなら僕は嬉しい。…今回の話は、ランティスから持ち掛けて来た話でもあるんだ。だから僕に負担のかかるような話ではないよ。むしろ都合のいい話かも。」


「え、どうして彼が??」


唐突すぎるランティスの登場に、セラフィは頭を混乱させた。

自分の父親の暴走を回避する話をしているのに、どうしてそこでクラスメイトの名が上がるのか予測がつかなかった。



「これは彼から提案してきたことで、彼の望むことの実現のためでもあるんだ。俗に言う、利害の一致ってやつだね。肝心の提案の中身なんだけど、セラフィのことをカーネル家の養子に迎えたいと言われたんだ。」


「え…私があのカーネル公爵家の養子…に??なんで…?」


貴族社会で養子を取ることは珍しくなく、血のつながりのない親子は数多く存在する。


そのため、セラフィは『カーネル公爵家』というこの国で最も身分の高い家に自分が養子として入ることに驚愕したのだ。

伯爵の中でもその末席に該当するシブースト家。この家の者にとって、カーネル公爵家は雲の上のような存在である。




目をぱちくりさせながら必死に状況を整理して解を求めようとするセラフィの姿に、エトハルトはしばらくの間可愛いなと見惚れていた後、これまでの話をかいつまんで伝えた。


ソフィリアとの婚約とのこと、ランティスの妹に対する想い、カーネル家とサンクタント家との現状など、セラフィにあまり話したくないことも含まれていたが、彼女に嘘をつきたくなかったエトハルトは隠さずに話した。


全てを聞き終えたセラフィは、見事に固まった。


話を聞く限り最善の選択であると頭では理解できるのだが、跡取りになるわけでもないのにこの年で養子に入ることに対して違和感が大きかった。



理解はできるけど、

なんとなく一歩が踏み出せない…



そんな顔で固まるセラフィに、エトハルトは砂糖たっぷりの紅茶を手渡した。

渡されるまま無意識下で口に運ぶと、セラフィは予想外の甘さに驚いて吹き出してしまった。



「なっ、なにこれ!」


「なにって、紅茶でしょ?ふふふ、セラフィは面白いんだから。」


驚かせた張本人は、仕方ないなと口では言いながら嬉しそうにセラフィがこぼした紅茶をハンカチて拭いて行った。


その横顔は、どこまでも幸せそうであった。






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