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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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切望


「…ごめん、セラフィ。窓の鍵が閉まっていたから。」


エトハルトはひどく申し訳なさそうな、気まずそうな、何とも言えない顔で苦笑いをしていた。いつかのドア破壊事件を思い出しているような顔であった。



「えっと…」


セラフィは言葉に詰まった。


普通、窓に鍵が掛かっていたからと言って割破って入ってくるだろうか…いやでも、教室のドアも破壊した彼ならそういうものなのかな…って、そもそも、こんな夜更けに婚約者でもない異性の部屋を訪れるのはマズいんじゃ…しかもそれが窓からって…


ツッコミどころがあり過ぎて、何から言っていいか分からなかった。

気になることが色々あったせいで、肝心の、どうして彼がセラフィの元へやってきたのかという疑問にまで至らなかった。


うーんと変なところに引っかかって首を傾げているセラフィ。




「セラフィ、僕は決めたんだ。」


混乱するセラフィを他所に、エトハルトの心は何一つ揺らいでいなかった。


ベッドの上に片膝をつき、彼女の手を優しく握りしめたまま、彼は真っ直ぐにセラフィの瞳を見つめた。

熱のこもったその瞳に、セラフィはこれ以上続きを聞いてはいけないと思った。この先を聞いてしまったら今度こそもう元の自分に戻れなくなる。


踏み出すことを恐れたセラフィは、エトハルトから目を逸らし、繋がれた手を離そうとした。




「セラフィ」


だが、エトハルトは離してはくれなかった。握りしめる手に力を込めると、一層熱の入った瞳を向けてきた。


いつも穏やかで凪のようなシルバーの瞳なのに、今は、情熱的で意志の強さを感じた。


普段と違う雄々しい彼の様子に、セラフィは一瞬怯えた素振りを見せたが、彼の態度が軟化することはなかった。彼女に向ける瞳は熱を持ったままだ。




「僕は君と添い遂げる。」

「なっ…….」


セラフィの声は言葉にならなかった。

頭が混乱する。どうしてそんなことを言うのか分からなかった。


駄目なんだ。


彼には私じゃない方がいい。私なんかが彼といては駄目。彼にはもっと見合う人がいる。わざわざこんな私を選ぶ必要なんてない。だって、私といたらきっと彼は…

 



「!?」


セラフィが頭の中で必死にエトハルトといてはいけない理由を考えていると、彼の手が頬に触れてきた。

その触れ方は優しく、壊れ物を扱うかのような繊細さだった。



「セラフィ。一度で良いから、僕のことだけを考えて欲しい。僕の家のことも君の家のことも周りのことも全部忘れて、僕だけを見て。ねぇセラフィ、それでも僕のことを嫌だと思う?」


その声に不安はなかった。

セラフィが自分のことを求めてくれる、そう信じて疑わない強さがあった。



「でも…でも、そんなことあり得ない、から…私はこの家から逃れられない…だから私は…」


「大丈夫。僕が全部大丈夫にするから。だから、君には僕のことだけを見てほしい。今だけでいいから。」


エトハルトは、セラフィの頬に手を添えながらじっと彼女の瞳を見つめた。

自分だけを映すシルバーの瞳に、セラフィは何も言えず見返すだけで精一杯であった。




「セラフィ、嫌だったら避けて。」

「えっ…」


エトハルトは彼女に迫ると壁に片手をついた。もう片方の手で彼女の顎を支える。壁とエトハルトに挟まれたセラフィ。


彼は、セラフィから目を離さないままゆっくりと顔を近づけてきた。鼻先がくっつきそうなほど間近に迫ってくる。



逃げようと思えば逃げられた。

そのくらい優しく手を添えてくれていた。セラフィが少しでも身を捩ればすぐに解放してくれただろう。


なのに、セラフィは一ミリも動かなかった。


あれだけ拒もうとしていたのに、真っ直ぐに求められて抗えなかった。



自分しか映っていないシルバーの瞳がとても嬉しくて心が湧き立った。それは、今まで感じたこのない感情だった。



受け入れたい

受け入れたい

受け入れたい



心の奥底から彼を求める声がした。それは、初めて聞こえた何かを欲する自分の声。

これまでの人生で、こんなにも何かを切望したことはなかった。


真っ直ぐな瞳に見つめられて吸い込まれて、セラフィはもうエトハルトのことしか考えられなくなっていた。

彼以外のことなんてどうでも良くなった。ただただ、目の前にいる彼が欲しい。頭の中がエトハルトで埋め尽くされていく。



鼻先が触れた瞬間、セラフィは目を閉じた。


思考と感情が合致した彼女は、自分の望むままエトハルトに身を委ねることを選んだ。




エトハルトは、首の角度を変えてそっと唇を近づけると、僅かな隙間を残して動きを止めた。



「セラフィ、愛してる。」


吐息のかかる距離でそっと愛を囁くと、瞳を閉じて優しく口付けをした。

唇に訪れた初めての感触と暖かさと底知れぬ優しさに、ビクッと肩を震わせたセラフィ。


そんな彼女を愛おしそうに抱きしめ、エトハルトは一度離した唇をもう一度重ね合わせた。





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