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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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作られた筋書き


どうやって自室まで戻って来たか記憶にない。


気が付いた時には、制服から室内着に着替えていて、真っ暗な部屋の中にいた。


毎日自室に運ぶように伝えてある食事もドア近くのテーブルの上に置かれたままだ。

いつの間にか使用人が運んで来てくれたらしい。誰かが部屋に来たことにも気付かなかった。



基本的に何事にも意欲を示さないエトハルトにとって、日々の生活はただ繰り返すものであって、そこに彼の意思は存在しなかった。


時間通りに運ばれてきた食事を口にし、与えられた量の仕事をこなし、決まった時間に寝て決まった時間に起きる。ただただその繰り返しであった。セラフィと出会うまでは。



彼女と出会ってからは、日々の行動に目的が出来た。


彼女に会いたいから、朝早く起きて制服に袖を通して今までよりも入念に身支度を整える。彼女と分かち合いたいから、ランチは彼女が好きそうなものを考えて選ぶ。少しでも長い時間彼女と過ごしたいから、彼女が関わる学校行事には主体的に取り組む。彼女に褒められたいから学年首位の座を維持するための勉強を怠らない。


彼の毎日はセラフィが全てだった。


彼女がいなければ、全ての事象から意味と価値がなくなる。今のエトハルトには、食事を取る意味さえ分からない。


彼女がいないのに、味のしない食事を口に運ぶ理由が分からなかった。



全てのことから意味を失った彼は、今日やるべきだった仕事にも手を付けず、ベッドに腰掛けたまま茫然としていた。


そんな彼の元に、珍しく父親がやって来たのだが、ノックの音にもドアを開ける音にも近付いてくる足音にも、彼は一切の反応を示さなかった。


彼の父親は、明らかに様子のおかしい息子のことを気にすることなく、立ったままエトハルトに向かって話し出した。



「ソフィリア嬢との婚約が決まったぞ。シブースト家の娘との婚約は解消した。」


エトハルトは何の反応も示さなかった。


もうどうでも良かった。 

セラフィの口から別れを告げられた今、外野が何を言って来ようが関係なかった。

それに、自分で選べない人生なら、絶望しないように求めないようにすることしか出来ないのだから。


彼は、自衛のために心を閉ざすことを選んだ。またセラフィと出会う前の自分に戻ることを望んだのだ。



反応のない息子にため息を吐くと、父親はどかっと大きな音を立ててソファーに座った。



「本当にお前は、厄介な家と婚約を結んでくれたな。あの伯爵は最後の最後まで手切れ金を寄越せなど何だのと金金うるさかった。娘を使ってお前から金を搾り取ろうとしてたらしいからな。娘が親ほど馬鹿じゃなくて良かった。あんな輩に、こちらの評判まで下げられてはたまらんからな。」


「…今、なんと?」  


突如出てきたセラフィの話に、ベッドに腰掛けていたエトハルトは初めて父親の方を向き、言葉を発した。ベッドの軋む音が静かな部屋に響く。



「アイツはお前が渡した金をあっという間に使い込んでいたんだ。それで、娘にもっと金をもらって来いと指示していたそうだ。お前の婚約者という立場で変な噂を流されては大変だからな。せっかく出来た公爵家との繋がりまで失ってしまう。そうなる前に婚約を解消できて良かった。あの娘もこれで隣国に行けるのだから本望だろう。」


「…どうして、彼女が隣国に行くことを貴方が知っているのですか?」  


疑問を口にしたが、もう答えは分かっていた。



どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだと、自分対する怒りと悔しさと情けなさが込み上げてくる。


あんなに都合良く留学の話が出てくるはずがない。いくら優秀なセラフィとは言え、この国が年若い女性の出国を推奨するはずがない。婚約解消の噂だってタイミングが良過ぎた。


どうしてもっと冷静に考えなかった?どうして疑わなかった?どうしてセラフィの言葉を鵜呑みにした?どうして、どうして、どうして…




「それは、私が指示したことだからな。」


予想通りの答えだった。



結局、何もかも父親の手のひらの上だったのだと思い知らされたエトハルト。


自分とセラフィの婚約についていつか口を出してくるだろうとは思っていたが、裏に手を回されることまでは考えていなかった。…いや、通常のエトハルトであれば、不自然であることにすぐ気付くことが出来たはず。


セラフィとのことで取り乱してしまい、視野が狭くなってしまっていた。



学年首位を取れるほど勉強が出来たって、今生きているこの世界に通用する術が無ければ何の価値もない。


今のままでは駄目だ。

親に搾取されて終わる。


こんなんじゃ、自分の人生を生きることなんて出来ない。彼女に言われたのに…



『エティも自分の人生を生きて。』



彼女の声が頭の中で蘇った。


いつも不安そうなか細い声をしているのに、ここぞという時には凛とした芯のある声になる、そんな聞くだけで元気と勇気をもらえる彼女の声。



ベッドに腰掛けていたエトハルトは立ち上がり、ソファーに座る父親の真正面までやって来た。


煩わしそうな顔で自分のことを見てくる父親に、エトハルトは穏やかな微笑みを向ける。



「セラフィのこと、人質として僕の妻に迎え入れませんか?」


言い終えたエトハルトは笑みを深めた。

不気味なほど美しいその笑みに、彼の父親は怪訝そうに眉を顰めた。





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