邪魔者
自主性と団結力に重きを置くこの学園にはクラス替えというものは存在せず、三年間クラスメイトが変わらない。
登校したセラフィは、慣れた顔ぶれのクラスメイト達と朝の挨拶を交わしていた。長期休暇明けの教室には、互いの近況を報告し合う明るい声が飛び交っている。
エトハルトは、他のクラスメイトとは普段通りに話しているセラフィの横顔をじっと見つめた。
どうして自分だけ…
そんな疎外感に飲み込まれそうになるのを堪えた。
ここで悲観的になっても何も意味を成さない。現状を変えるためには何よりもまず行動を…
そうやって気持ちを切り替えたエトハルトは、ランチを二人きりで取ろうとセラフィに声を掛けることに決めた。
この不安定な状況にいつまでも耐えられないと思ったからだ。
休み明けで人気の彼女は、きっと色んな人からランチに誘われるだろうと思った彼は、すぐに行動に移した。
拒絶に恐れる心を押さえて、クラスメイト達に囲まれるセラフィに近付いた。努めていつもの穏やかな表情を作る。
「ねぇ、セラフィ。今日のお昼なんだけど、」
「エトハルト様っ!」
ちょうどその時、教室後方の入り口からエトハルトの名を呼ぶ可愛らしい声がした。
皆の視線を集めるその先には、人形のように愛らしい見た目の女子生徒が立っていた。美しい金髪の髪は腰まで長く、その瞳は宝石のように青く煌めいていた。
彼女は、真っ直ぐエトハルトの元に向かった。
「私も今日からこの学園の生徒になりましたのよ。ふふふ、これからどうぞ宜しくお願いしますね。」
口元を両手で押さえて小さく笑う姿は小動物のように愛くるしかった。
まつ毛の長い瞳で自分よりも背の高いエトハルトのことを見上げる。
「ソフィリア嬢、御入学おめでとうございます。」
「まぁ、エトハルト様ったら!先輩なのですから、もっと気安く接して下さいまし。」
親しげに話すソフィリアに対して、エトハルトは作った笑顔で返した。
分かりやすく気のない態度をしているが、彼女がそれを気にする素振りはない。
「今日、お昼をご一緒してもいいかしら?学園のことを色々と教えてもらいたいですわ。」
「今日はセラフィとの約束が…」
ここで初めて、ソフィリアはエトハルトのすぐ隣に立つセラフィのことを見た。
彼女の存在に気付いていたはずなのに、わざとらしく目を丸くした。
「まぁ、ごめんなさい!わたくしったらつい…エトハルト様にお会いできたことが嬉しくて夢中になっておりましたわ。改めまして、わたくし、ソフィリア・カーネルにございますわ。」
「いいえ、こちらこそ挨拶が遅れてごめんなさい。セラフィ・シブーストです。」
カーネルと名乗った瞬間、クラスメイト達の視線がランティスに突き刺さった。刺された彼は気まずそうに視線を落とした。
「貴女がセラフィさんでしたのね!エトハルト様の婚約者とお聞きしていて、ずっとお会いしたかったですのよ。私は幼い頃からエトハルト様と親しくさせて頂いていて、昔は結婚したいなんて言っていたこともありましたの。ふふふ。ぜひまたお二人のお話を聞かせて頂きたいですわ。」
「今日の昼休みは彼女と過ごすので、またの機会にお誘いしますね。」
ソフィリアのマウントを取ってくる発言に、エトハルトは遮るように言葉を発した。だが、それでも彼女は一歩も引かなかった。
「まぁ、そうでしたの…お父様から、エトハルト様を頼りにするようにと言われていたものですから…初めての場所で不安でしたし…でも、ご予定がおありでしたら仕方ないですわね…」
ソフィリアはまつ毛の長い目を伏せ、あからさまにしょんぼりと肩を落として見せた。
男なら、すぐにでも抱きしめてあげたくなるほどの破壊力があった。実際に、近くで見ていたランドルとドロスの二人はソフィリアの元に駆け出そうとして、マシューに力づくで止められていた。
「あ、あの、私は今日昼休みに予定があって、エティ…エトハルト様のお誘いを断ろうとしていたから、だから、私の代わりにどうぞランチをご一緒なさって。」
「まぁ、婚約者様の代わりだなんて申し訳ないですわ…でも、そこまでおっしゃってくれるのなら、そのお申し出有り難く頂戴します。ありがとうございます。」
先ほどまでとは打って変わり、ソフィリアは花開いたように微笑んだ。
ただでさえ人形のように愛らしい彼女の、心からの笑顔に、数名の男子が惚けた顔をして心を奪われていた。
「…セラフィ?」
そんな中、エトハルトだけは絶望の中にいた。
セラフィが気を遣って譲ってくれたことはもちろん分かっていたが、彼女に敬称付きで呼ばれたことが耐えられなかった。
朝感じたあの距離は勘違いではなかったと確信してしまったからだ。
シルバーの瞳から光が消えた。
エトハルトの視界は暗くなり、周囲の音も聞こえなくなった。
ソフィリアの去り際、嬉しそうに自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、そんなこと彼にとってはどうでも良かった。
もう何も考えたくなかった。
***
「で、あの二人何があったと思う?」
誰もいない静かな放課後の教室、マシューの深刻そうな声が響いた。
そんな彼の前には、アザリアとランティスの二人が席に座っている。
ランティスにしては珍しく、大変申し訳なさそうな顔で身体を小さくしていた。
「あのお嬢さんの影響は少なからずあると思うけど、なんかセラフィが拗らせてるような気がするのよねぇ…」
「…申し訳ない。」
アザリアが言った『あのお嬢さん』の実兄であるランティスは深く頭を下げた。
「別に、お前が謝ることじゃないけど…いやまぁでも、凄い勢いだよな。なかなか手強そうだ。」
「ソフィリアは昔から一途なところがあるからな…」
「「へぇ…」」
マシューとアザリアの二人は遠い目をした。
ソフィリアはエトハルトのことをランチに誘った日以降、毎日彼に付き纏っているのだ。
休み時間の度に二年生の教室に入ってくることは当たり前に、ランチタイムに勝手に同席したり馬車の前で待ち伏せしたり、それはもうやりたい放題であった。
そんな彼女の問題行動をランティスが『一途』の一言で片付けしまったため、マシュー達は呆れていたのだ。
「エトハルトとセラフィ嬢の雰囲気が変わってもう一ヶ月近く経つもんな…何かきっかけくらい与えてやれるといいんだけど。」
せっかく自分の感情を自認したというのに、相手とうまくいっていないエトハルトのことが不憫でならなかった。
マシューは、初めて望んだ彼の願いを、何が何でも実現させてやりたいと思った。
そのために自分にできることは何かと悩んだ結果、この二人に相談を持ち掛けることにしたのだ。
「とりあえず、私セラフィに話を聞いてくるわ。」
「ああ、頼んだ。」
「私は、ソフィリアに苦言を呈してくる…」
「絶対だぞ」「絶対にね」
二人に念押しをされたランティスは、更に身体を小さくさせていた。




