祝賀会
「では改めまして、今年一年お疲れ様でした。そして、セラフィ嬢にエトハルト、審査員特別賞おめでとう。乾杯っ!!」
「「「 乾杯! 」」」
発表会の翌日、年内最後の授業となったこの日、放課後の食堂にクラスの皆で集まっていた。
今年一年の労いとセラフィ達の功績を祝うためだ。
なぜか仕切っているマシューと、それを苦笑しながら眺めているランティス。そして、クラスの皆がそれをおかしそうに見ていた。
昨日、クラス部門と個人部門の表彰が行われ、セラフィ達のクラス演目は評価されたものの、団体で一つの演目を作り上げた2年生のダンスが優勝となった。
そして、セラフィ達は、個人部門で審査員特別賞を受賞したのだ。
この発表会で一年生が入賞することは大変珍しく、カナリアもエトハルトのことを咎める気にはなれなかった。
どことなく悔しさの残る表情で祝いの言葉を送っていた。
「それにしても、セラフィさん本当にすごかったわ。クラスのこともやりつつ、あんなに素晴らしい朗読を披露するんだもの。普段控えめにいるだけで、本当に優秀なのね。今度勉強を教えて欲しいわ。」
「本当だよ。僕も驚いちゃった。あんなに堂々と外国語を話していてすごくかっこよかった。」
口々にセラフィのことを褒めてくるクラスメイト達。これまであまり関わりのなかった人たちまで褒め称えてくる。
セラフィは、気恥ずかしくなってしまい、微笑みを返すだけで精一杯であった。
「セラフィ、良かったわね。みんな褒めてるわよ。」
アザリアは、山盛りの菓子を乗せた皿を手にしていた。
これは皆の共同出資で購入したものだが、アザリアが一番多く出資していたため、彼女の振る舞いに誰も何も言うことは出来ない。
「だから、その手はなんなんだよ…」
皆が口にできないことを言葉にしたのは、やはりマシューであった。彼の視線は、山盛りになったアザリアの皿に突き刺さっている。
「今日はちゃんと片手が空いてるわよ。」
「それは、菓子を口に運ぶためだろ。」
相変わらず息の合ったやり取りを見せる二人。クラスメイト達も、なんとなく仲の良さを感じ取ったらしい。生暖かい眼差しを送っていた。
「キャシーの歌も良かったよ。すごく良かった。また、聞かせてほしい。」
「ええ、本当ですわ。キャサリンさんの歌声も素晴らしかったです。」
ビリーの言葉に、つんとしかけたキャサリンだったが、ほかの女子からの言葉で僅かに口元が緩んだ。ビリー以外に褒められたことが嬉しかったらしい。
「まぁ、また機会があれば、歌くらい歌ってあげても構わなくてよ。」
キャサリンは、取り出した扇子で口元を隠すと、照れたように早口で話した。
「良かったね。」
クラスメイトと話すキャサリンのことを、ホッとした顔で見つめていたセラフィ。
エトハルトは、そんな彼女の様子に気づき、飲み物の入ったグラスを差し出しながら優しく声を掛けてきた。
「うん、良かった。」
セラフィはお礼を言ってグラスを受け取ると、嬉しそうにキャサリン達のやり取りを眺めた。
これはキャサリン自身が乗り越えたことであって、自分が何かしてあげたわけではない。それでも、彼女のためにと思って自ら行動を起こせたことはセラフィの自信となっていた。
「おい、エトハルト。」
「ん?」
エトハルトとセラフィが穏やかな気持ちで皆のことを眺めていると、マシューがいつもよりも真剣な声音でエトハルトの名を呼んだ。
マシューに促されて彼の視線の先を見ると、エトハルトはすっと目を細めた。
「アザリア嬢、少しの間セラフィのことを頼むよ。」
「ん?今だけじゃなくて、一生頼まれてあげるわよ?」
「この一瞬だけで十分だよ。セラフィ、少し離れるね。」
エトハルトは、セラフィの頭を軽く撫でると、その場を離れた。
一瞬迷う素振りを見せたが、結局マシューも彼の後を追って行った。
「何かあったのかな…」
「気になる菓子でもあったんじゃない?ほら、セラフィは今日の主役なんだから、遠くから眺めてばかりいないで皆の所に行くわよ!」
「あ、うん。」
不安に思いながらも、セラフィはアザリアに背中を押されるまま、皆の輪の中へと入って行った。その輪の中で、皆から大歓迎を受けていた。
エトハルトが向かった先、皆がいるテーブルから少し離れた窓際には同じクラスの男子達が小声で話をしていた。
「セラフィさんって、最初は地味だなと思ってたけど、頭はいいし美人だし、それでいて控えめでなんか良いよな。」
「俺もそう思う。従順そうなのに芯があって、そのギャップが堪らんな。」
「お前らな、よりによって、あのエトハルトの婚約者のことをそんな目で見てると締め殺されるぞ。」
「聞かれなきゃ問題ないって。こんな話、男ならみんなしてるだろ?」
「そうそう。エトハルトのやつだって、いつもセラフィさんにべったりなんだから、周囲のことなんて気にしてないって。」
「誰が、何を気にしないって?」
エトハルトは足音を殺して近づくと、低い声で会話に割って入った。
いきなり現れたエトハルトに、三人は声も出せないまま血の気を失い、真っ青を通り越して真っ白な顔をしている。
そんな彼らに対し、エトハルトは満遍の笑みを向けているが、目は全く笑っていない。それは、恐怖しか与えない歪んだ表情であった。
「こ、これはその…冗談というか…はは。深い意味はないんだよ。なぁ?」
「あ、ああ。だから気にしないで欲しい。不快な気持ちにしてしまったんなら、申し訳なかったな。ははは。」
慌てて取り繕った二人だったが、それによってエトハルトの怒りは増し、温かい室内だというのに一気に空気が冷え切った。
「意味がないのならその口を閉ざせ。二度とセラフィの名を口にするな。この羽虫が。」
相手の存在を魂ごと抹消しそうなほどの殺気を込めた視線で睨み付けたエトハルト。
今までクラスメイトには見せたことのない姿であった。
そのあまりの恐怖に、睨まれた二人は無言で何度も何度も頷いた。
声を発したら殺されると本能で感じ取ったらしい。
「せっかくクラスの打ち上げなんだから、こんな隅にいないで、皆のところへ行ったらどうかな?きっと皆も待っていると思うよ。」
打って変わって、いつもの穏やかな口調で語りかけたエトハルト。
その豹変ぶりに慄いた三人は、逃げるように皆のいるテーブルに駆けていった。
「セラフィ嬢の人気は高まる一方だからな。ああいうのはこれからもっと増えるだろうよ。」
「良からぬことを考え出す前に全員消すか。」
「いや、まずはそのお前の物騒な思考を頭から消せ…」
セラフィのこととなると短絡的になってすぐにいつもの仮面が取れるエトハルト。そんな幼馴染に対して、マシューはため息をついた。
「でも、いつかは手放すんだろ、セラフィ嬢のこと。それなのに、お前はいつまで彼女の騎士を気取るつもりだ。」
「それは……分からない。」
「は。らしくねぇな。」
そろそろ頃合いだと思っていたマシューは、ワザとぞんざいな物言いをした。
「でも、その『いつか』は必ずやってくんだ。その時になって後悔しないよう、ちゃんと自分の気持ちと向き合えよ。」
マシューの言葉は正論であり核心をつくものであった。
それもエトハルトのことを思うが故の言葉だ。それらを全て理解したからこそ、彼は何も言葉を返すことが出来なかった。
「僕たちも戻ろうか。セラフィが待ってる。」
「ああ、そうだな。」
いつもより若干自信の無さそうなエトハルトの声音に、マシューはもう何も言わなかった。きっかけを与えるには今の発言で十分だと判断したのだ。
その後二人は、何食わぬ顔で皆の輪の中へと混ざって行ったのだった。




