星に祈って空に願って君に誓う
セラフィ達の出番は一番最後だ。
舞台横の控えの椅子に座り、他の人の発表を見ながら自分の出番を待つ。
セラフィ達以外の三人は全員2年生男子で、それぞれ得意なことを披露していった。
研究者を目指す者は自身の研究成果の発表を、王宮での就職を目指す者はこれまで学んできたことや課外活動の実績の発表を、王宮直属の音楽隊を目指す者は楽器の披露を行った。
皆、就職活動のような場にしており、王宮関係者以外の観覧者は退屈そうにしていた。
天気の良い昼下がり、観覧席でうたた寝をしている者もいる。
そんな空気の中、セラフィ達の出番がやってきた。
セラフィとエトハルトの二人は向かい合って用意された椅子に腰掛けると、手にしていた台本を開いた。
これまで個人での発表が続いていたため、二人で出てきたことにややざわつく場内。
だが、セラフィには周囲のざわめきなど聞こえてなかった。
今は台本と目の前にいるエトハルトのことしか頭にない。今が限られた時間だと思うと、外野の声を気にしている暇など無かった。
セラフィ達の後ろに、大きな看板のような物が立てかけられており、その隣に係のものが立っている。
そこには、『星に祈って空に願って君に誓う』の原文タイトルと『青空の君』というこの国のタイトルが書かれていた。
セラフィ達が原文のまま朗読を行うため、その訳詞を書いた紙を作り、それを朗読に合わせてめくってもらうことになっているのだ。
皆が知っている絵本のタイトルに、会場の雰囲気が柔らかくなった。舞台に視線が集まる。
この朗読は、二人の会話形式で送られる。エトハルトが少年の役を、セラフィが名前も存在も不確かな語りかける役だ。
物語は少年役であるエトハルトの言葉から始まる。
彼は目の前のセラフィに視線を向け、彼女が軽く頷いたことを確認すると、軽く息を吸い、朗読を始めた。
『僕には絶対に叶えたいことがある。そのために昼も夜も祈りを捧げてきた。もちろん、実現させるための努力だって怠ってはいない。皆に無理と言われているけれど、そんなことは関係ない。そんな些細なことで僕の気持ちが変わることなどないのだから。だから、僕は今日も祈りを捧げよう。どうか、僕の努力が実を結び、望むことの実現へと繋がりますように。』
『毎日毎日、ここで同じようなことをしているけれど、そんなことをして何の意味があるの?いい加減、聞き飽きたのだけど。』
『君は…?だれ?もしかして、神様ですか…?』
『はっ。そんなものは存在しないよ。それは弱い人間が考えた紛い物さ。で、そんな弱い人間のお前が毎朝毎晩必死に祈っているようだけど、そんなことをして一体何になる?』
『僕は…僕には、どうしても叶えたいことがあるんだ。そのために出来ることならなんだってする。』
『祈って何になる?望んで何になる?願って祈って望んで、それで全て叶うのなら皆やってると思うけど。でも、ここにいるのはお前だけ。他の者はこんなことしていないよ。無駄だと知っているから。だから、もうこんなことはやめたらいい。叶わない願いを毎日聞かされるこっちの身にもなって欲しいよ。煩くてたまらない。』
『無駄なんかじゃないよ。願うことは、望むことは、自分自身を強くする。強く望むことがあれば、人は強く生きることが出来るから。そして、強く生きていれば、いつか叶うと思うんだ。そのためにも、僕は手を伸ばし続ける。必ず届くと信じているから。僕が僕の可能性を諦めることはしない。』
『信じて疑わないようだけど、残念ながらお前の願いが叶うことはないよ。僕には未来が見えているから。お前が死の直前、叶えられなかったことに絶望する姿が見える。こんな想いをするくらいなら、今のうちに諦めておいた方が身のためだと思うけど。』
『それって…』
『嘘じゃないよ。僕は人間とは違う世界観で生きている。お前達の未来など簡単に見えてしまうんだ。』
『僕は…死の直前までこの願いを持ち続けられるってこと…?…安心した。教えてくれてありがとう。本当はすごく怖かったんだ。いつかこの願いを諦めてしまいそうで、楽な方に逃げてしまいそうで。でも、そんなことは絶対にしたくないから。だから毎日自分に対する戒めの意味も込めて祈りを捧げていたんだ。』
『普通、ここは絶望するところだろ?なぜ喜ぶ?お前はなぜそんなにも他の人間と違うんだ?』
『皆も同じだと思うよ。怖いから口には出さないだけで、いつだって求め願い祈っている。人は、願わずにはいられないのだから。』
「それでも、叶えられなかったら?実現出来なかったら?その時はどうしたらいい?毎日願って祈って求め続けて、それでも叶わなかったら…」
セラフィは、思わず本音で返してしまった。
自分が台本と違うことを言っていることにすら気付いていない。それほどまでに、この世界に入り込んでしまっている。
縋るような目でエトハルトのことを見つめるセラフィ。
エトハルトは、台本から顔を上げると、セラフィに優しい瞳を向けた。
「そんな時は迷わず人に頼るんだ。そのために、僕がいて君がいる。この世界は一人じゃない。だから僕は君に誓おう。必ず僕の願いを実現させると。だから君も、僕が祈りを止めないか見張っていてほしい。これからもここで願って祈り続けるから。君に見届けてもらいたい。」
それはまるで、セラフィに誓うような強い言葉であった。
そして、最後だけ台本に沿った台詞を言うと、セラフィに先を促すように軽く片目を閉じて見せた。
ここでようやく気づいたセラフィ。
慌てて最後のセリフを口にした。
『分かったよ。人間の命は僕らと違って短いから、少しくらいなら見ていてあげる。君の命が燃え尽きる頃、またここに来るよ。その時に、君の願いが叶ったか話を聞かせてもらうからね。約束だ。』
『ありがとう。何があっても、僕はこの願いを止めることはないから。道半ばで諦めることも絶望することもしない。望むことがあるというだけで幸せだというのを僕は知っているから。自らの幸せを手放すような真似はしないよ。それに、君との誓いも出来たしね。また会いに来て。』
エトハルトの言葉で朗読劇を終えると、二人は立ち上がって礼をした。
少しの間沈黙が続いた後、会場から二人に大きな拍手が送られた。
皆、この世界に入り込んでしまっていたらしい。
二人の流暢な外国語に感心している者や、話の奥深さに考え込んでいる者、今の自分と重ねて身の振り方を考えている者など、反応は様々であったが、皆刺激を受けたようであった。
「エティ、ごめん!私最後…」
「あれセラフィの本音でしょ?聞けて嬉しかった。僕が返した言葉も本音だよ。いつだって、君のそばには僕がいる。それを忘れないで。」
舞台から降りるとすぐセラフィはエトハルトに謝罪したが、返ってきた言葉はひどく優しかった。
振り払おうとしても、拒絶しようとしても、すぐにその心をへし折られるほど優しくしてくる。彼女は、もう抗えないなと思った。
「ありがとう、エティ。本当に…エティは私に優しすぎる。」
「セラフィなんだから、当然でしょ。ほら、訳のわからないことを言ってないで、皆の所に戻ろう。」
「そうだね。」
セラフィからしたら、エトハルトの理論の方が圧倒的におかしかったが、もうそこに対してツッコむ気にはなれなかった。
今はただ、当たり前のように差し伸べてくれる彼の手が嬉しかった。




