クラス部門の発表
楽器隊が舞台後方に控え、薄明かりの中、舞台中央にキャサリンが一人で立つ。
彼女にスポットライトが当たった。
光に照らされて真紅のドレスとウェーブの掛かったブロンドの髪ががキラキラと輝き、存在感が増す。
彼女は深く息を吸うとゆっくりと滑り出すように歌い出した。楽器の演奏はなく、彼女一人の歌声によるアカペラだ。
透き通るような美しいソプラノの歌声。彼女の声が会場内に響き渡った。
彼女の耳心地の良い歌声に、観客の皆が惹きつけられ、じっと聴き入っていた。中には目を閉じて耳を傾ける者もいる。
最後は、これからの始まりを予感させるような高音のロングトーンで歌を終えた。
盛大な拍手に包まれる中、今度は楽器隊が演奏を始めた。先ほどの壮大で厳かな雰囲気とは打って変わり、手拍子と足踏みを交えながらのアップテンポの曲だ。
曲の盛り上がりに合わせてランティス達が現れると、演舞を披露した。リズムに乗って全員が同じ型をひとつずつ作っていく。
飛び入り参加のアザリアは、周囲と遜色のない動きをしていたが、一人だけ女性が混じっていることに気付いた観客は若干ざわついていた。
最後は気合いの声をと共に、前方に足を蹴り上げ拳を突き出した。それと同時に、賑やかだった演奏も終わり、演舞の終了となった。
切れ味の良い終わり方に、ここでも大きな拍手が送られた。
最後は、エトハルトとマシューの二人による剣舞であった。
彼らの登場と入れ替わりに、楽器隊は奥へと下がり、場所をあけた。
二人は静寂の中、剣を手にして向かい合うと、構えの姿勢を取った。
互いの視線が交差した瞬間、マシューが剣を振り下ろした。それを剣で受け止めて体を回転させながら流すエトハルト。力強く剣を振り下ろす音と剣同士の当たる高音が響く。
次は、エトハルトが一度鞘に収めた剣を引き抜くと、素早く姿勢を低くしてマシューの足元を真横から切り付ける。それを得意の後方宙返りで避けるマシュー。だが、それをエトハルトは見切っていたかのように、一気に間合いを詰めると彼の着地点に切先を向けた。
その時、エトハルトの口角が僅かに上がっていることに気付いたマシュー。
『これじゃ、剣舞じゃなくて実践だろ!こんなところで本気出してくんなよ!』
心の中で悪態をつきつつも、自分だってここで無様な真似はできない。
マシューは、空中で身体を捻って無理やり着地点をずらした。そのせいでわずかにバランスを崩したが、片手を床に付き、横回転しながら直立の姿勢に戻った。そこに、回し蹴りを入れながら剣を振り翳してくるエトハルト。
その動きは、見ている者にとっては華麗で見惚れるものであったが、マシューは光を失っているシルバーの瞳が怖くてたまらなかった。
その後も、度々本気で切り伏せようとしてくるエトハルトをなんとか防いでいなしながら、耐え抜いた。
二人の美しいながらも危機迫る斬り合いに、観衆も手に汗を握り固唾を飲んで見守っていた。
一方は本気で斬りかかっていたことなど知る由もない。
剣舞終了後、涼しい顔のエトハルトと額に変な汗をかいているマシューに、一際大きな拍手と歓声が送られた。
最後は、出演者全員が舞台に上がり、皆で手を繋いで一礼をした。
無事に演目を終えたことに、セラフィも舞台袖から手が痛くなるくらい大きな拍手を送っていた。
剣舞では、予定と違う場面が多々あり、ヒヤヒヤしながら見ていたが、それ以外は皆練習以上の出来であった。
「お前は!なんで本気で斬りかかってくんだよ!他のやつだったら普通にやられてんぞっ。」
「あはは。なんか楽しくなっちゃって、つい。」
「ついじゃねえよ、まったく!お前はもう少し自制心ってものを…」
「あ、セラフィっ」
「おいっ…!!」
舞台から戻ってくる途中、マシューから説教を受けていたエトハルトだったが、セラフィの姿を見つけた途端、彼のことは無視して駆け出した。
「エティ、お疲れ様!すごく格好良かったよ。」
「ありがとう、セラフィ。君にそう言ってもらいたくて頑張っちゃった。ふふふ。」
セラフィからの労いに、エトハルトは嬉しそうにニコニコしている。
他のクラスメイト達も次々に戻ってきた。
「みんな、お疲れ様!すごく良かったよ!」
セラフィは、今度は自信を持って声を掛けることが出来た。
他の者達も皆、笑顔と達成感に溢れた顔をしていた。自分たちの演目に満足いったらしい。
セラフィの言葉に、皆笑顔で言葉を返していた。
そんな中、一人気難しそうな顔をしているアザリア。何か考えるような素振りをすると、マシューに声を掛けた。
「ねぇ」
「ん?」
「あの時、こう…横にかわせば良かったんじゃない?それと、構えの時脇が甘いわ。アレだとすぐブレて、力が分散してしまうわよ。その隙に斬られるわ。」
「は…」
アザリアは大真面目な顔で、マシューにダメ出しを繰り出してきた。
ご丁寧に、身振り手振りまで交えて指導をしてくる。
「お前は、誰目線なんだよ…それに、あれは剣舞だ。実戦とは違うんだよ。」
「そんなこと言っていると、すぐに命を取られるわよ。」
「だから、誰にだよ…お前は、武闘家にでもなるつもりか。」
「それ、いいわね。」
「いや、やめておけよ…」
演舞用の衣装を纏って、若干のハイになっているアザリアは、すっかり武の達人のような気持ちになりきっていた。
「キャサリン様、とても素敵な歌声でしたわ。次はセラフィの晴れ舞台ね。」
「ありがとう、クルエラ。セラフィさんもこのクラスの顔として出るのだから、しっかりやりなさいよ。」
戻ってきたクルエラとキャサリンがセラフィに声を掛けてきた。
いつの間にか今までのように自然に話していた二人だったが、セラフィがそれに気付くことはない。
「え…」
セラフィの顔から表情が消えた。
先ほどまでの高揚感が消え去り、一気に視界が暗くなる。
「…セラフィ?」
「セラフィさん?もしかして貴女…」
心配するクルエラと訝しむキャサリンに見られたセラフィは、今にも死にそうな声を出した。
「自分のこと、忘れてた…………」
再発した胃痛に、セラフィはぎゅっとお腹に手を当てた。
極度の緊張で汗と眩暈と動悸が止まらない。全く心の準備をしていなかったセラフィはパニックに陥った。
まずいまずいまずい…
え、どうしよう…急に怖くなってきた…
でも今さら辞退なんて出来ないし、いやでも…無理だ…とりあえず、一旦外に出て気持ちを落ち着かせよう。
セラフィにはもう、クルエラとキャサリンの声は聞こえていなかった。自分の鼓動の音しか聞こえない。
とにかく外に出ようと回れ右をすると、何かに阻まれた。
「えっ」
「つかまえた。」
パニックになってこの場から逃げ出そうとしたセラフィは、エトハルトに迎え撃たれた。
彼女が後ろを向くことを予期していたかのように待ち構えていたエトハルトによって、捕獲されたセラフィ。
逃げ出さないようにぎゅっと抱きしめられている。
「こーら、逃げないの。君がいないと意味がないよ。だから、勝手に僕の側から離れないで。」
「…ごめん。」
エトハルトの言葉で一気に冷静さを取り戻したセラフィ。
反省している彼女の声に、エトハルトは、よしよしと愛おしそうにセラフィの頭を撫でていた。
「ねぇ、どうしてあれで落ち着くの?普通、心拍数が上がるのでなくて?」
「そうそう、そうなのよ。それがあの二人のおかしいところなの。セラフィもかなりの鈍感ね。」
「本当に…」
変なところで分かり合えたキャサリンとアザリア。
近くで見ていたマシューとビリーの二人は、互いに顔を合わせて苦笑していた。




