月に手を伸ばす意味
皆の協力もあり、セラフィはクラス演目の大まかな流れと各人の配役を決めることが出来た。
年末に行われる発表会まで残り1ヶ月を切り、皆配役ごとのグループに分かれて連日個人練習と合わせの作業を行っている。
キャサリンは出だしの掴みとして独唱を、エトハルトとマシューの二人は剣舞を、ランティスは数名の男子と演舞を、クルエラは数名の女子と残りの男子とともに曲の演奏をすることになった。
ちなみに、ピアノが出来ると言ったアザリアだったが、実際に弾いてもらったところその演奏は耳を塞ぎたくなるほどであり、演奏隊から外されることとなった。
楽器ができないと宣言するセラフィでも苦笑いしてしまうほどひどい有様であったのだ。
結局彼女は、ランティス達の演舞に飛び入り参加することとなった。
全くの未経験であったが、本人の強い希望で試しにやらせてみたところ、運動神経の良い彼女は身体の使い方が上手く、様になっていたのだ。
アザリアが令嬢として規格外であることは周知の事実であったため、彼女が演舞を行うことに異議を唱える者は誰もおらず、無事、演奏隊から演舞への配置転換が決まったのだった。
多少の変更はあったにせよ、クラス部門の発表準備が思いの外上手く進捗する中、セラフィは今別の問題で頭を抱えていた。
「これも良いと思うんだけど、どうかな?」
放課後の図書室、向かい側に座るエトハルトがにこにこと異国の図書を勧めてきた。先ほどから似たようなものはかり選んでくる。
セラフィは、机の上に並ぶ小説のタイトルに目をやると、げんなりとした顔をした。
『抗うことなど赦されない狂おしいほどの愛』
『愛憎の果てに』
『私の愛に溺れさせたい』
中々に扇状的なタイトルばかりだ。
今日は、個人部門で披露する外国語のお題を決めるために外国書籍を漁っていたのだ。
これは、小説や詩の一説を朗読することなら自分にも出来そうというセラフィからの提案がきっかけであった。だが、エトハルトが勧めてくる書籍はことごとくタイトルが怪しいものばかりであった。
彼は悪気があってやっているわけではないため、セラフィもどこからツッコんだらいいか分からず頭を抱えていたのだ。
「ええとね、これはちょっと…その、なんと言うか…」
「お前は!なんて本を並べてんだっ!」
「いたあっ」
エトハルトのことを探しにやってきたマシューは、セラフィの困り顔とその視線の先にあるものを視認するとすぐに状況を理解し、エトハルトの頭を勢いよく叩いた。
「いきなり何するんだよ。」
「それはこっちのセリフだ。お前は、セラフィ嬢に対してなんてことをしてるんだ!」
マシューは、小説の一つを手に取るとそのタイトルを見せつけるようにエトハルトの顔に近づけた。
「あ」
ここでようやく怒られている理由に思い至ったエトハルト。
「はぁー。まったく!ちゃんとよく読んでから手に取れ!お前の方が俺より外国語得意だろっ。」
「ははは、ごめんごめん。ちょっと間違えちゃった。」
「…一体どんな間違え方してんだよ、お前は。セラフィ嬢が読むのならこういうやつだろ。」
マシューは、本棚に手を伸ばすと、その中から一冊の本を見繕ってくれた。
『星に祈って空に願って君に誓う』
その表紙には、昼と夜が溶け込んだ不思議な空の下、光り輝く先に手を伸ばす少年が幻想的に描かれていた。
そのタイトルと表紙から、強いメッセージ性を感じる。
「ああこれは確か、この国だと『青空の君』って名前の絵本になっていたね。」
エトハルトの説明で、セラフィも読んだことのあるものだとようやく気付いた。
これは、望むものに対して何度も何度も手を伸ばす少年の話であり、その様子が抽象的に表現されている。
結末がはっきりと書かれていないため、努力が実る話であったり、叶わない夢もあると知らせる話であったり、相手のことを一途に思う恋の話であったり、読み手によって捉え方が異なるのだ。
「エティ、私この話がいい。」
子どもの時の自分は、この主人公がなぜこんなにも頑張れるのかまるで分からなかった。諦めてしまえば楽なのにと思って読んでいた。
でも、今なら彼の気持ちが少しは分かるかもしれないと思ったセラフィ。
今の自分が原文でこの話を読むことができたら、どんな捉え方をするだろう…
そう思うと、途端にこの本に興味が湧いた。
「よし、決まりだね。じゃあ、僕が互いの台詞を書き出してくるよ。原作だと古語が多用されているから、平易な言葉に書き換えよう。その準備が出来たら読み合わせの練習をしようか。セラフィは、クラスのこともあるし、ここは僕に任せて。」
「うん。ありがとう。」
マシューのおかげでようやく朗読したい内容が決まった。
一方のマシューは、エトハルトがセラフィにワザと怪しい本ばかり勧めていたと勘違いしており、色んな意味で頭を抱えていたのだった。
***
生活発表会が間近に迫り、放課後の忙しさは更に増したが、セラフィは家で出来る作業は持ち帰ることにしていた。
自分のことを待ってくれているエトハルトに対して、申し訳ない気持ちになったからだ。
エトハルトとマシューの剣舞は、幼い頃から続けてきた手合わせでほぼ完成しており、彼が学園に残ってまでやることはない。
だからこそ、エトハルトの貴重な時間を奪ってしまっているようで、セラフィは気を遣ってしまったのだ。
今夜も、遅くまで起きていたセラフィ。
構成の見直しと、個人部門で披露する朗読の練習をしていた。
キリの良いところで手を止め、窓の外を眺めると、今日は満月であった。
美しく光り輝く月を目にしたセラフィは、銀髪の彼のことを思い出していた。
あの時、彼と出会っていなかったら、私は今頃何してたんだろう…
きっと、キャサリンさんに目を付けられることもなく、クルエラと友達になることもなく、アザリアと二人きりでいたんだろうな。こうやって、クラスのために必死になってる自分なんて想像すらしたことなかった。
私も、何かのために頑張ることが出来たんだ…
すごく不思議な感覚。
今までどうでも良かったことが、意味を成してなかったものが、今は物凄く大切に感じる。
まだまだ皆みたいに上手く振る舞えないし、下手なこと言うし、肝心なところで言葉が出て来なくて、周りに助けられてばかりだけど、でも、今までの自分より数百倍好きだと思う。
こんな自分、知らなかったな…
セラフィが月を眺めながらエトハルトと出会ってからのことを考えていると、部屋の外から言い争う声が聞こえた。
「だからそれは…………!!それ……言い訳して、見苦しいぞ!」
「貴方だって………して、お金を使い果たして、…………どうするのよ!」
それは紛れもなく両親の声であった。
最近夜遅くになると決まって諍いが起きている。離れた場所で口論をしているため、その内容までは聞き取ることが出来ない。
自分は良い方向に変化出来ているはずなのに、両親は何一つ変わっていないことに絶望するセラフィ。彼らの口論を耳にする度に、その絶望の濃さが増していく。
今の自分がどれだけ努力して性格や考え方を変えたとしても、この両親の元では意味がないのかもしれない。結局自分は、彼らの私利私欲のために良いように使われるだけ。
そんな考えが頭をよぎる。
後ろ暗い自分がついて離れない。
「こんな状況でも、必死に手を伸ばす意味なんてあるのかな…」
セラフィは、届くはずのない窓から見える月に向かって手を伸ばした。




