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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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イメージ通りにいかない現実


『剣舞って、どんなものなの?』


昼休みに何気なく言ったセラフィの一言により、いつもの四人は食堂から中庭へと場所を移していた。


この場で少しだけ見せてくれるらしい。


中庭にある大きな木の下にある広いスペースに、エトハルトとマシューの二人が五歩ほど離れた距離で向かい合う。


二人の手に剣はなく、利き手を軽く握って持っているフリをしている。


向かい合った二人は、真剣な表情へと切り替わり、纏う雰囲気の変化を合図に、二人の剣舞が始まった。



まずはマシューがエトハルトに剣に見立てた手を振り下ろす。それを回転しながら躱すと同時に、エトハルトは足を大きく開いて地面ギリギリまで腰を低く落として、下段から右手を振り上げた。マシューはそれを片手で受け止め、その勢いを殺すように後方に身を後転させる。



「すごい…」

「中々本格的ね。」


付かず離れず、躱して受け止め、体術と剣術の型を使って流れるように息の合った動きをする二人。

その大胆で時に優雅な美しい動きに、セラフィは目を奪われた。アザリアも感心した顔でマシューのことを目で追っている。


あまり見せないエトハルトの精悍な横顔に、セラフィは思わず見入ってしまった。





「どうだった?」


キリのいいところで終わらせると、いつものにこにこ顔のエトハルトがセラフィの側までやってきた。あれだけの動きをしたというのに、息一つ上がっていない。


エトハルトは、褒めてもらえることを確信した顔でセラフィのことを見つめてきた。



「なんとういうか、その、すごく…格好いいなって、思った。」


「…あ、ありがとう、セラフィ。」


褒めて、褒められている二人のはずなのに、どちらも頑なに目を合わせようとしない。

珍しく、二人は照れたようにそっぽを向いている。




「嫌々付き合ってやったけど、剣舞っていいな。少なくともあの二人にとっては良い刺激になったらしい。」


「あら、貴方も中々良かったわよ。」


「ありがとさん。」


額にうっすら汗をかきながらエトハルトのことを見守るマシューに、アザリアは片手で雑にハンカチを渡した。

彼の方も、それを気安く受け取ると有り難く額の汗を拭っていた。




***




セラフィはこの日、ランティスとエトハルトの二人に言って、生活発表会の演目の件について皆の前で話す時間をもらうことにした。


今日のホームルームでは、先日の続きで、クラスメイト達から得意なことを聞くことになっていたのだが、セラフィにはその前に話したいことがあると伝えたのだ。


ほとんど自己主張などしたことのないセラフィの発言に、ランティスは目玉が飛び出しそうになるほど驚愕し、一方だいたいの予想が付いてるエトハルトが笑顔で了承した。




「今日は、この前伝えた通り皆の得意なことを聞かせてもらいたい。だがその前に、セラフィさんから少しだけ話をさせて欲しい。」


ランティスがセラフィに目配せをすると、彼女は軽く頷いた。

緊張でキリキリと痛む胃を片手で抑えながら、ランティスと立ち位置を交換した。そんな彼女に、エトハルトは温かい視線を送る。


セラフィは、顔を正面に向けたままエトハルトの視線を受け取ると、小さく息を吸った。

口から内臓を吐き出しそうになるのをグッと堪えて一瞬だけ目を閉じ、強気な自分を頭の中でイメージする。まるで彼女のように振る舞う自分の姿を。


瞳を開くと同時に、彼女は口を開いた。




「私、キャサリンさんの歌を聞きたいと思ってね。このクラスの演目の中に加えたら素晴らしいと思うの。ねぇ、皆もそう思うでしょう?」


セラフィは、頭の中で何度もイメージした通り、高飛車な声を出すことが出来た。予想以上の出来に、彼女は背中の後ろでグッと拳を握りしめた。


だが、彼女自身の満足度とは真逆に、クラス内には不穏な空気が流れている。

セラフィの予想では、自分の時と同じように、ここでクラスメイトの皆も賛同の意思を示すことでキャサリンが頷いてくれるはずであった。



実際は、キャサリンに対する誹謗中傷の言葉を小声で口にしている者が多かった。


セラフィに、エトハルトにあんなことをして、クラス代表のように目立たせるわけにはいかない、彼女はまたつけ上がる、調子に乗る、目立ちたがりな彼女にはもっと地味な役が相応しい等、そんな声ばかりだ。


皆、被害者でないはずのに、キャサリンのことを裁きたくて仕方がないと言った顔をしている。彼女はセラフィ達にひどいことをしたから報いを受けて当然、心からそう思っているようだ。



だが緊張が最高潮に達したセラフィには、クラスメイト達の声など全く聞こえていなかった。




あ…どうしよう………


キャサリンさんの真似事をして、クラスのみんなを巻き込んで外堀を埋めることで承諾してもらおうと思ったのに、全くの逆効果だった…


いきなりこんなことを言い出すから、きっとみんなは私に対して不信感を抱いているんだ。


こんなこと、やるんじゃなかった。

キャサリンさんは、私に歌って欲しいだなんて言われたらきっと嫌だと思ったから、悪役を買って出たけど、クラスみんなの士気まで下げてしまうなんて…


こんなことになるんだったら、慣れないことなんてせずに、懇切丁寧に彼女にお願いすれば良かった。

自分のせいだけど、この空気どうしよう………




セラフィは顔を上げられず、両手を強く握りしめた。自分の不甲斐なさに、肩が小さく震えている。

その肩の震えを抑えるかのように、温かい手がそっと置かれた。驚いて顔を上げると、優しいシルバーの瞳と目が合った。


だが、その表情は少しおかしい。



「セラフィ、いきなり何をするかと思いきや…くくくっ…あんな言い方……君らしくないし、相当無理したでしょ。にしても、あんなセラフィ、ふふふふふっ。見たことなくてちょっと面白かった。ははははっ!」


堪えきれなかったのか、最後は普通に腹を抱えて笑っていたエトハルト。

セラフィの肩の震えは止まり、その代わりに、エトハルトが大いに肩を揺らしている。



「だっ、だって!私が普通にお願いしたらキャサリンさん嫌がるでしょう!だから、その…ちょっと煽ってみよう、かなと…」


「ふははははっ!!それは分かるけど、心根の優しい君には無理だよ。いつだって、君らしくあることを僕は望む。無理をする必要はない。」


エトハルトは、笑うことをやめると、最後の言葉とともに、彼女の頭のてっぺんにキスをした。



「「「きゃああああああああああ!!!」」」


女子の悲鳴が教室中に響いた。

皆顔を真っ赤にして、両手で頬を抑えている。目を塞ぐ者すらいた。


セラフィは、頭のてっぺんに訪れた温かな感触がキスだと理解するまで少し時間が掛かり、悲鳴が鳴り止んだ頃にようやく気づいた。


今一人で顔を真っ赤にしている。

 



「コホンッ」


教室後方で見ていたカナリアが、ワザとらしく咳払いをした。

キスした場所は頭とはいえ、クラスメイトの目の前でしていい振る舞いではない。注意すべき対象だ。



「先生、放課後職員室に行きますね。」


「…いいでしょう。」


エトハルトは、カナリアに笑顔で声を掛けた。

今口にしようとした言葉を取られてしまったカナリアは、若干不服そうな顔で頷いた。




「え、エティ!どうしてこんなこと…」


「んー。なんかこう、そうしたくなっちゃったというか…でも悪いことをしたとは思っていないから謝らないからね。それよりも今は…」


エトハルトは、キャサリンの席の方を見た。

彼女はこの騒動にも動じず、頬杖を付いて窓の外を眺めている。


やるべきことを思い出したセラフィは頷くと、キャサリンを見た。



「キャサリンさん、さっきはあんな言い方してごめんなさい。でも、貴女の歌を聞かせてほしい気持ちは本当。良ければ、このクラスの演目で披露してもらえないかな…?」


「貴女はいいの?」


キャサリンは外に視線を向けたままセラフィに質問を返した。

その声音は単調で感情が読み取れない。



「うん。これは私がやりたくて無理にお願いしてるの。キャサリンさんがいたらきっと素敵な構成を作れると思うから。」


セラフィの言葉に、キャサリンは呆れてため息を吐いた。



「そんなことは聞いてないわ。私が貴女に何をしたか覚えているでしょう?それなのに、私なんかに構っていいのかと聞いているの。そこの婚約者にも嫌な顔をされるわよ。」


「…正直わからない。でも、されたことをキャサリンさんにやり返そうとは思わない。そんなことをしても意味なんてないから。エティもそれは分かってくれてる。だから、過去のことは考えないで、歌を披露してくれるかどうかだけ今は考えて欲しいんだ。…どう、かな?」


普段は気弱なセラフィがはっきりと言葉を返した。その声には芯が通っており、紛れもなく本心であることが窺える。


彼女が見せた真摯な態度に、クラスメイト達からもキャサリンのことを揶揄する声が消えた。


雑音が消え静寂に包まれる中、複数の視線がキャサリンに集中する。

皆、彼女の答えを待っているようだ。




「はぁー」


キャサリンは盛大にため息を吐くと、視線を窓の外からセラフィに移した。



「私の歌なんて聞いたことないくせに。よくもそんな、知ったような口を聞けたわね。どうせ私を皆の前に引き摺り出して笑い者にしたいんでしょう。セラフィさんは、姑息なやり方がお好きなのね。」


「そんなことはっ…」


セラフィは、泣きそうになり言葉を続けることが出来なかった。

ぐっと奥歯を噛み締める。




あ……マズイ…


確かに、私は彼女の歌声を聞いたことはない。クルエラが言っていたからだけど、そんなの今更言ったって、余計嫌な気持ちにさせるだけだ。


順序を間違えた…


ちゃんと、こちらの真意と誠意を伝えてその上で協力を要請すべきだったのに、私は何もかもが下手過ぎる…

 



「ごめん、なさい…」

「キャサリンの歌の上手さなら僕が保証する。彼女の実力は本物だ。」


今にも泣きそうなセラフィの言葉に被せて発言してきたのは、ビリーだった。

彼の発言に、キャサリンは初めて動揺した表情を見せた。





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