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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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エトハルトの主張


突然の断固拒否宣言、しかも本人ではなく隣席の人からのそれに、教室中が静まり返った。

額に手を当て、小さく息を吐いたカナリアの呼吸音ですらこの無音の中ではよく響いている。



「お前は…セラフィ嬢を他の奴らの目に触れさせたくないだけだろ…」


エトハルトの本質をよく理解しているマシューは、思わずいつもの調子でツッコミを入れてしまった。


呼吸の音ですら響くこの静寂の中、他の者の耳に届かないわけがなかった。




「ふっ…」

「クスッ…」

「ふふふ…」


教室のあちこちから、堪えきれずに漏れ出た小さな笑い声が聞こえてきた。

声には出さないものの、口元を押さえて小さく肩を揺らしている者も多くいる。


度重なるエトハルトのセラフィへの想い過多による奇行に、クラスメイトもついに耐えきれなくなったらしい。

すっかり婚約者溺愛のイメージがついたエトハルト。

皆、なんだかんだ言って生暖かい視線を向けている。


ちなみに、セラフィは慣れない種類の視線に、顔を上げられなくなっていた。




「…エトハルト君、これはセラフィさんが決めることであって、貴方が口を出す権利は…」


「僕は彼女の婚約者です。」


キリッとした表情で堂々と言い放ったエトハルト。相変わらず、よく通る良い声をしている。

だが、凛々しく澄ましているのは彼だけであり、周りは笑いを堪えることに必死であった。



「あのね…婚約者だからと言って、相手を意のままにすることはいけないわ。相手を尊重することも愛の一種であって…」


「では、僕も出ます。」


「はい…??」


「セラフィと二人で、外国語の披露をしましょう。それなら良いですよ。」


「だからどうして貴方はそんなに偉そうなのよ…個人の意味を分かってるのかしら…」


「たまたま演目の被った僕とセラフィが同時に披露するだけですよ。なんら問題ありません。」


「…勝手になさい。」


今回もカナリアが折れることとなった。

セラフィのこととなると、エトハルトに太刀打ちできる者はそういないのだ。教師でさえ屈してしまう始末である。


とにかくクラスの出し物をよろしくねとだけ言うと、カナリアは力なく教室を後にした。




「え…これ私決定なの…」


セラフィは呆然と呟くと、机に突っ伏した。展開の速さに頭も心も追いつかない。

この一瞬だけでも現実逃避をしたい気持ちでいっぱいだった。



「ふふふ。セラフィ一緒だね。どんな内容にしたいか考えないとね。」


エトハルトは、伏せているセラフィの髪を撫でながら楽しそうに言ってきた。彼には反省という言葉は無いらしい。




「セラフィさん、その…ご愁傷様。」


クラスの出し物の決め方について話そうと席までやってきたランティスは、開口一番セラフィのことを労わった。

顔を上げたセラフィは軽く頭を下げるとまた机に伏せた。彼女にしては珍しく、少しへそを曲げているような振る舞いである。


そんな彼女に構うことなく、エトハルトは髪を撫で続けていた。



「クラスの出し物については、クラスメイトの意見を聞く前に3人で擦り合わせないか?今日は少し準備をしたいから、明日の放課後にしよう。」


学級委員として最も役目を果たそうとしているランティスは、テキパキと段取りを決め、二人に話し合いの予定を取り付けた。




翌日の放課後、カナリアに皆の課題を提出したランティスは予約していた会議室へと向かった。


が、ドアを開けた瞬間、彼は顔を顰めた。



「なんで君たちまでいるんだ…」


セラフィとエトハルトの向かいに、当たり前のように座るアザリアとマシューがいた。



「エトハルトの暴走を誰が止められるって言うんだ。」

「こういうのは人数が多い方が良いでしょう。さぁ、作戦会議を始めるわよ!」


マシューの言うことは一理あると思ってしまったランティス。

正直、彼だけ加われば十分そうだと思ったのだが、ここでアザリアだけ追い返すことは気が引けたため、部外者の参加を容認することにした。



「…まぁ、良いだろう。早速本題だが、昨年までの話を聞いてきたところ、演劇、演奏、歌唱、ダンスあたりが人気らしい。楽器の演奏が一番無難だと思ったのだが、ちなみに、君たちは何か演奏経験は?私は、ピアノとバイオリンだ。」


ランティスは一番初めに、アザリアのことを見た。彼女がこの中で一番苦手そうだと思っての振る舞いであった。



「私もピアノなら出来るわよ。」


彼の真意に気付いたアザリアは、不機嫌そうに答えた。



「俺は、ピアノとトランペットとバイオリン。」


「僕は、この国にある楽器ならほとんど嗜んでいるよ。その中でも、バイオリンとフルートが好きかな。」


マシューとエトハルトも答えたが、次の番とされるセラフィは硬直したまま口を開かない。

答えたくないのか、誰とも目を合わそうとせず、自分の手元に視線を落としている。



「セラフィ?」


心配そうな顔でシルバーの瞳がセラフィの顔を覗き込んできた。

彼に心配をかけていることに気付いたセラフィは、何か言わなくては…と焦りながら自分が演奏できるものを必死に考えた。



「て、手拍子…」

「へ」「はい?」「ん?」「え?」


数十秒思考した結果セラフィが口にした単語は、残念ながら楽器ではなかった。

そして、誰も予想してなかった彼女の答えに、他3人の困惑する声が重なって、何とも言えない空気が会議室に広がる。




「…とりあえず、他の案もいくつか出し合うか。」


場の雰囲気に耐えきれなくなったランティスは、セラフィの言葉を聞かなかったことにして、進行を再開したのだった。




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