嫉妬の嵐
長かった夏季休暇が終わり、また学園生活が始まった。
戻ってきた日常に、教室では過ぎた夏を懐かしむ声も少なくなかったが、久しぶりに友人と会えたことを喜ぶ者達もいた。
「おはよう、クルエラ。」
「おはよう、セラフィ。」
セラフィとクルエラの二人は、顔を合わせた途端嬉しそうに微笑むと挨拶を交わした。
二人の間に穏やかな空気が流れる一方、それを好ましく思わない者達がいた。
「ねぇ、どうしてあんなに仲良さそうにしてるのよ。セラフィの親友は私なのに…」
「ああ、本当に。いくらセラフィが望んだこととはいえ、彼女の隣はいつだって僕の居場所なのに…」
アザリアとエトハルトの二人は周囲に隠すことなく、嫉妬に塗れた心の声を撒き散らしていた。
そんな二人のことをマシューは可哀想なものを見る目で見ている。
「セラフィ嬢に友人が増えることくらい、お前ら認めてやれよ…なんという矮小な…」
穴が空きそうなほどセラフィのことを見つめ続けている二人に、マシューの声は届かなかった。
「またこうして皆と変わらず顔を合わせられて嬉しいわ。ただ一つだけ伝えなければならないことがあるの。エメラド君が家の都合で領地に引っ越すことになったわ。急遽決まったことみたいで、夏季休暇の間に引っ越したそうよ。皆さん、是非お手紙を書いてあげてね。」
教室に入ってきたカナリアは、一番に連絡事項を伝えた。
引っ越した理由は家の事情だと言っているが、皆の視線はエトハルトに集中している。
クラスのほぼ全員が参加していたランティスのお茶会、エメラドが起こした騒ぎのことを知らない者はいなかった。
もちろん、彼に対するエトハルトの言動も。
セラフィは、もしかして自分のせいでエトハルトが何か迷惑を被っているんじゃないかと心配になり、隣の席に座る彼を見た。
だが、彼女の視線に気付いた彼から返ってきたのは、いつもの穏やかな微笑みであった。
「僕の父に聞いたけど、彼の父親が領地に住まうことを決めたらしい。向こうで大きな仕事を見つけたって。ずっと機会を伺っていたらしいよ。」
「そうなんだ。」
エトハルトの言葉を聞いたセラフィはホッとした顔を見せた。
彼の話は周囲にも聞こえており、あからさまに詮索してくる者はいなかった。
「さて、今度は楽しい話よ。」
場の空気を切り替えるように、カナリアはパチンと軽い音を立てて手を叩いた。
「もうすぐ生活発表会があるのは皆さんご存知よね?今年からは、クラス部門と個人部門に分かれることになったの。ふふふ、これで活躍出来る場が増えるわね。」
この時、楽しそうに笑っているのはカナリアだけであった。
だいたいの生徒は面倒そうな顔をしており、数名は何のことかよく分かっていない顔をしている。
こういうことに疎いセラフィは、首を傾げてエトハルトの方を向いた。
「生活発表会というのは、クラスで出し物を決めて全校生徒の前で披露するものらしいよ。そこで表彰されると成績にも反映されるって。だから、好成績を狙う人が多いクラスでは結構盛り上がるイベントらしい。僕たちのクラスは…そうでもなさそうだね。」
「………それはまた大変そうだね。」
セラフィは久しぶりに胃痛がした。
ここにいる全員で何かやるなど、想像しただけで吐き気がしそうである。
「クラスの出し物は学級委員が中心になって決めてね。期日は来週までよ。で、今年から始まった個人部門なのだけど、」
やっぱり…………………
はぁ…私はなんで学級委員なんてやってるんだろ…
私、向いてないのに……
名指しされたセラフィは、頭を抱えた。
隣のエトハルトは仕方ないねと口では言いつつも、セラフィと一緒に何か出来ることを楽しみにしているようであった。
「こちらは希望者だけよ。興味のある人は、私に言ってちょうだい。申し込み用紙を渡すわ。」
参加必須ではないと聞いてセラフィは心底ホッとしていた。
クラスの出し物も決めて自分も参加して、それで個人部門にまで出ろと言われたら口から内臓が飛び出してしまいそうだ。
「ねぇ、セラフィさん。」
いきなりカナリアに名前を呼ばれたセラフィ。
今度は学級委員としてでなく、完全なる個人名での名指しであった。
何か言われるのではないかと身構え、引き攣った顔で精一杯の笑顔を返す。
「貴女、個人部門に出てみない?貴女の素晴らしい外国語を皆の前で披露するのはどうかしら?」
え…………………
先生、何言ってるの?
そんなの絶対に無理。私にそんなこと出来ない。きっとみんなに笑われて馬鹿にされて終わる。
自分よりも出来る人なんて大勢いるのに、そんな思い違いみたいなこと出来るはずがない。恥ずかしい。
何より私は目立ちたくないのに。
先生はなんでこんなことを…
「嫌です。」
はっきりと断る声に、カナリアも他のクラスメイトも一斉に視線を向けた。
だが、彼らが見た相手はセラフィではなかった。
「先生、セラフィは個人部門には出ません。」
はっきりと拒否の意思を示したのは、なぜかセラフィではなく、エトハルトであった。




