クルエラのお茶会③
エトハルトに連れられて邸を出ると、二人は真っ直ぐ馬車の方へと向かった。
「君の家の馬車は帰らせてしまったから、僕の馬車で送っていくね。」
「うん、ありがとう。」
エトハルトはこうなることを予想していたかのように、段取りを組んでいた。
これが偶然ではないことをセラフィが疑うことはない。
右手に庭園を眺めながらゆっくり歩いていると、少し離れたところから呼び止められた。
「セラフィさんっ!」
そこにいたのはクルエラだった。
今にも泣き出しそうな青い顔をしながらセラフィの方に小走りで向かってくる。
エトハルトは、一瞬眉間に皺を寄せると、すっとセラフィの前に立った。
これ以上、彼女のことを傷付けさせたくなかった。何者からも守ってあげたかった。
「せ、セラフィさん、わ、私、貴女に話さないといけないことがっ…」
吃りながらも必死に伝えようとするクルエラ。さんな必死な姿を見せられては、セラフィが彼女のそれを無碍にすることは出来なかった。
セラフィは、エトハルトの後ろから一歩前に出ると、クルエラと向き合った。
「…セラフィ?」
「エティ、ごめん。私もクルエラさんと話がしたい。」
「僕はやめた方がいいと思う。…君が悲しい顔をするのはもう見たくないから。」
エトハルトは目を伏せて言った。
本来であれば彼女のやりたいことを、彼女の意思を尊重してあげたい。縛り付けたくなどない。でも、クルエラがセラフィに対して何をやってきたか分かっているエトハルトが頷くことはで出来なかった。
「大丈夫、私はもう傷つかないよ。だって、エティがいてくれるから。」
エトハルトに淡い笑顔を見せたセラフィ。
こんなにも絶大なる信頼を置かれては、彼女のことを止めることはできない。ここで止めてしまえば、自分への信頼を疑うことになる。
「もう、セラフィはずるんいんだから。そんな言い方をされてしまってはもう何も言えないよ。僕は少し離れたところで待ってるから。」
「エティ、ありがとう。」
エトハルトはセラフィに向かって軽く手を挙げると、彼女達から遠ざかった。
クルエラの様子を見るに、自分が近くにいては話しにくいだろうと気を遣ったのだ。
彼女達の顔が見えるギリギリの位置で見守ることにした。
「セラフィさん、本当に本当にごめんなさい…謝って済むような話じゃないって分かってる。でも、どうしても貴女に謝りたくて…本当にごめんなさい…私のせいでこんな……」
クルエラは両手で顔を覆い、涙で声が震えていた。
セラフィはゆっくりとクルエラとの距離を詰めると、彼女のことを正面から見た。
クルエラは、眼前に迫る人の気配に、ビクッと肩を振るわせた。
「貴女の意思じゃないんだね。」
「えっ」
罵倒されるか何をやったか追及されるかの二択だと思っていたクルエラ。優しく肯定してくるセラフィの声に驚いて顔を上げた。
「詳しいことは何も知らないし知りたくもないけれど、クルエラさんがそうやって自分のしたことを悔いているのなら、そこに貴女の意思はなかったのだと思う。それだけ分かれば私は十分だよ。」
「で、でもっ、それでも、抗えなくて従ったのは私で、セラフィさんのことを傷付けたのも私だから、だから私は罰を受けないと…仮に相応の報いを受けたとしても赦されるようなものじゃない、けど…それでも…」
「クルエラさんは自分のことを赦せないんでしょう?だったら既に罰を受けているよ。私もよく知っている。自責ほど辛いものはないと思うから。」
セラフィは悲しそうな顔で微笑んだ。
目の前のクルエラがあまりに過去の自分と重なって見えたてしまったから。自分もきっと、エトハルトやアザリア達の優しさに触れていなければ、こんなに強くいることは出来なかった。
「それに、私もクルエラさんと同じ立場だったら同じことをしたと思う。私は弱いから、貴女みたいにこうして本人に謝るなんて出来なかったかも。だからクルエラさんは今すごいことをしてると思うんだ。」
「そ、そんなこと絶対にないっ!セラフィさんは強くて優しくて、でも私はそんな貴女に対してあんな酷いことをっ……」
涙に濡れた顔を左右に振り、思い切り否定してくるクルエラ。セラフィは、そんな彼女の頭に軽く手を乗せた。
「もう、いいよ。」
「えっ………」
突然のことにクルエラの涙は止まり、大きく目を見開いて自分よりもほんの少しだけ背の高いセラフィのことを見た。
「クルエラはもう十分に罰を受けているから。自分で自分のことを責めるって本当に辛いから。私も、クルエラと向き合うことを避けてた。ちゃんと話せばよかった。そうすれば貴女にここまでさせなくて済んだのに。私もごめん。」
「な、なんでそんふうに…私が悪いだけ、なのに…そんなこと言って…」
クルエラにとって、赦さないと言って罵られた方が楽だった。それで罰を受けたような気持ちになれるから。でも、セラフィはそれをしてくれない。無闇に優しさを向けてくる。
それが辛かった。
情けをかけられているようで惨めな気持ちになる。
自分のことが一層嫌になる。
「辛いよね。もういいよって言われても自分が自分を赦せないんだよね。」
「どうして…」
「私も前に言われたことがあって。差し伸べられた手を取ることがすごく怖かった。自分のことを赦せないのに、人の手なんて取れるわけがないって思ってた。でも今は、あの時の自分に感謝してるんだ。あの手を取ったおかげで、私はその人と親友になれたから。だから私は、クルエラさんとも友達になりたい。」
セラフィは、クルエラの手を両手で握りしめた。自分がそうしてもらってひどく安心した記憶があったから。
安心させるように手を握り、優しい言葉を重ね、温かい眼差しで見てくるセラフィに、クルエラの頑なだった態度に軟化の兆しが見えた。
「私、なんかでいいの…?セラフィさんのこと、私また傷つけるかもしれない…」
「大丈夫。わたしも今度は逃げずにクルエラさんと向き合うから。一緒に強くなろう。」
「…ありがとう。私なんかが言えたことじゃないけれど、私もセラフィさんとお友達になりたい。」
「嬉しい…。本当にありがとう。こんな私と友達になってくれて。ねぇ、クルエラって呼んでも?」
「ええ、もちろん。」
「ありがとう、クルエラ。私のこともセラフィって呼んでね。」
「うん、セラフィ。」
互いの手を繋いだまま、顔を合わせて微笑むセラフィとクルエラ。
二人とも晴れやかな顔をしていた。
エトハルトも、彼女達の結末にひどく安心した表情を浮かべている。
読唇術の出来る彼は、二人の会話を全て聞いていたのだ。
思っていた以上にセラフィの中の自分の存在が大きかったことに、エトハルトは言いようのない嬉しさが込み上げていた。
それと同時に、もっと彼女の中の自分の存在を色濃くしたい、そんな想いも感じていたのだった。




