クルエラのお茶会②
「私、セラフィさんにお聞きしたいことがあったの。」
キャサリンは、パチンとわざと音を鳴らして扇子を閉じると、器用にもセラフィのことを笑顔を浮かべたまま睨み付けてきた。
顔を上げられないセラフィにも、キャサリンが今どんな目でどんな顔で自分のことを見ているのか、それくらいは簡単に予想がつく。
ぎゅっと握りしめる拳に力が入った。
「セラフィさんって、エトハルト様のどんなところがお好きなの?」
試すような物言いをしてきたキャサリン。だが、セラフィは答えられなかった。
エトハルトの好きてところなんて、数え切れないくらいある。穏やかに微笑む姿も、動じない姿も、泣きたくなるくらい優しいことろも、他にもまだまだ出てくる。
それでも、セラフィは口に出せなかった。
自分の不用意な一言で、エトハルトのことを悪く言われてしまうんじゃないか、そんな不安が頭をよぎったからだ。
下手に話して揚げ足を取られるくらいなら、口を閉ざして興味を無くされた方がいい。セラフィは本気でそう思っていた。
唇を噛み締めたまま何も言ってこないセラフィに、キャサリンは苛立ちを隠すことなく舌打ちをした。
その威圧に、クルエラとシスティーナの身体が僅かに震える。
「質問を変えるわ。貴女は、本当にエトハルト様と結婚できると思っているの?彼がお情けで貴女の側にいるって思ったことはない?彼のためを考えたことある?」
それは打って変わって静かな声だった。
キャサリンの言うことが全て事実であるかのごとく、落ち着いた声音でセラフィに言い聞かせるように言ってきた。
「彼のため…」
セラフィはキャサリンの言葉を復唱した。
いつだってエティのためにって思ってる。
それが実現できたかどうかは別として、私は彼のために出来ることは全部したいって心から思っている。
彼には、返しきれないほどたくさんのものをもらっているから。
いつも私のことを助けてくれる優しい彼のために、私だって何かしてあげたい。
仮にそれが上手くいかなくても、止める気はない。
それなのに…
どうして彼女にそんなこと言われなきゃいけないんだろう。
彼女は彼の何なのだろう…彼の幸せを決めるのはいつだって、私でも彼女でもなく、彼自身のはずなのに。
「ふふふ、賢いセラフィさんならもう分かったわよね。貴女はエトハルト様の優しさに甘えず、自らその立場を去るの。いいこと?そうすれば、彼のためになるわ。彼は将来を約束された高貴なお方なのだから。」
「…それって、エティから直接言われたの?」
気付いたら疑問が声に出ていた。
我慢できなかったわけでも感情が荒ぶったわけでも何でもなく、純粋に疑問に思ったことを心の内に留めておけなかっただけだ。
質問にも答えずキャサリンの言葉にも頷かず、ただ質問をし返してくるセラフィに、彼女のこめかみに青筋が立った。
「それがどうかして?そんなこと、聞かずとも分かることでしょう?何を今更…」
「エティから聞いたことじゃないなら、そんなことを言うのはよくない、と思う。彼の幸せを決めるのはいつだって彼自身だから。」
「なっ………」
真っ直ぐな瞳でキャサリンのことを見てきたセラフィ。ようやく前を向いた彼女の顔には、何の翳りも見当たらず、その表情な凪のように穏やかであった。
予想もしてなかったセラフィの言葉に、キャサリンの顔は怒りで真っ赤になり、手にしていた扇子を真っ二つにへし折ってしまった。
バキッという耳触りの悪い音に、他の3人も思わず身をすくめた。
「な、なによっ!!!この、忌々しい…っ」
「セラフィ、よく言った。」
幻聴かと思うほど絶妙なタイミングで聞こえた安心する声に、セラフィは首がもげそうになる勢いで入り口の方を見た。
そこには、いつの間にかエトハルトが立っていた。
静かな微笑みを携えたままゆっくりとセラフィの席まで行くと、彼は屈んで彼女のおでこに自分のおでこをくっ付けた。そして目を閉じる。
「僕の気持ちを代弁してくれてありがとう。君の言う通り、僕の幸せを決めるのは僕自身だ。そして僕は、君と過ごすことが何より幸せだと、心からそう思っているよ。」
瞳を閉じてしばらくすると、エトハルトはセラフィを解放した。
「え、エティ、あ、ありがとう。…でもどうしてここへ?」
「今日はたまたまデモランド家に用があってね。セラフィはここにいると聞いたから会いにきたんだ。さぁ、一緒に帰ろう。」
セラフィの手を取り立ち上がらせると、エトハルトは入り口の方に向かった。
何も言わない彼に、慌てたキャサリンが大きな声を出した。
「エトハルト様!私達はその、皆でお茶を囲んでいただけですの。ね、セラフィさん。そうですわよね?」
キャサリンは、エトハルトの手に引かれてこの場を去ろうとするセラフィに近寄って縋り付こうとしたが、エトハルトに阻まれた。
彼は軽く腕を引いてセラフィを自分の背に隠すと、キャサリンのことを見下げた。
「セラフィと仲良くする意思がないのなら、これ以上はやめてくれる?じゃあまた、学園でね。」
エトハルトは不気味なほどに美しい笑みを浮かべると、部屋から出て行った。
「そ、そんな…………」
キャサリンはその場に座り込んだ。
他の者も青ざめた顔をしている。侯爵家を怒らせてしまったと親に知られれば辺境の地に売られてしまうかもしれない。
皆、絶望を感じていた。
そんな中、唯一この場から動き出そうとする者がいた。
震える膝を自ら叩き、不安に押し潰されそうになる自分自身を叱咤し、最後は気力で立ち上がった。
それでもまだ震える足を軽く引きずりながら、セラフィ達の後を追っていった。




