クルエラのお茶会①
ランティスのお茶会からしばらく経ったある日、今日もマシューはエトハルトの部屋を訪れていた。もちろん、今日も父親の用事のついでだ。
当たり前のようにエトハルトの部屋に入ったマシューだが、彼の装いに驚いた顔をした。
彼は、金の刺繍の入った白のジャケットを羽織りタイをしめ、髪までセットしている。
このまま夜会に出たとしても遜色のない格好であった。
「お前、なんでそんなかしこまった服装をしてるんだ?もしかして…俺のためか…?」
「君のためなわけが無いだろう。」
エトハルトはタイを結ぶ手元に視線を落としたまま、マシューの冗談をさらりと受け流した。
「…まったく、冗談の通じないやつめ。」
恨めし気に言うと、マシューはどかっと音を立てて粗雑にソファーに腰をかけた。
テーブル置かれたティーポットから慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。美しい黄金色でカップの中を満たすと、音もなくティーポットをトレーの上に戻した。
彼は、一口啜ってから改めて問うた。
「で、今日はどこにお呼ばれなんだ?」
「ちょっと、デモランド家に用があってね。ふふふ。」
「お前…」
マシューは菓子に伸ばしかけた手を止めた。彼の考えていることに察しがついてしまったからだ。
気付かなくていいことに気付いてしまう。
こういう時に、マシューは自身の察しの良さを煩わしく思う。だが、気付いてしまった以上、気にせずにはいられない。それが彼の根っからの性分だ。
「ことを荒立てるなよ…」
「もちろん。僕はただ、久しぶりに挨拶に行くだけだからね。ただのそれだけだよ。」
その温和な言葉とは裏腹に、エトハルトの笑顔は黒かった。
***
「大丈夫、大丈夫。」
馬車から降りる直前、セラフィは胸に手を当て、自分に言い聞かせるように言葉を唱えた。
ひとつ息を深く吸うと、静かに馬車から降り立った。
今日は、クルエラ主催のお茶会の日だ。
セラフィは、一人で馬車に乗り、デモランド家の邸を訪れていた。
今回もエトハルトに贈ってもらったシルバーのドレスを着ている。
馬車から出てきたセラフィの元に、邸の使用人と思われる女性が声を掛けてきた。
「シブースト様、本日はデモランド家のお茶会にお越し下さり誠にありがとうございます。クルエラお嬢様がお待ちです。こちらへどうぞ。」
丁寧に挨拶をすると、セラフィのことを邸内に案内してくれた。
今日の茶会は少人数のため、邸内にあるサロンで開催されるようだ。
案内された部屋は壁一面ガラスで出来ており、広い庭園を見渡すことが出来た。
天井まである大きなガラス窓から夏の日差しが室内に降り注ぐが、窓枠の上部を覆うレースのカーテンのおかげで、丁度良い具合に遮光されており、心地よい空間となっていた。
部屋に入ったセラフィは、ガラス越しに見える美しい庭園に目を奪われた。
外に向けた視線を室内に戻すと、今度は5人がけの大きなテーブルの真ん中に座るクルエラの姿を見て目を見開いた。
クルエラの他に、キャサリン、フローラ、システィーナもいたが、他の者達のことなどセラフィの視界には入っていなかった。
え………………
セラフィは絶句した。
そんな彼女を嘲笑うかのように、クルエラの隣に座るキャサリンが言葉を発した。
「まぁ、セラフィさんったら、主催者と同じ色を選ぶだなんてマナー違反でなくて?」
キャサリンは扇子で口元を隠しているが、彼女が馬鹿にして笑っていることは明白であった。
確かに、主催者と同じ色のドレスは避けるべきとされている。
だが、シルバーやゴールドなど自然界に存在しない色は避けることがこの国の慣わしだ。それこそ、婚約者や配偶者の色でない限り社交の場で身に付けることは良しとされていない。
よって、セラフィは何も悪いことはしていない。
この場合、咎められるべきは、彼女の婚約者の色を知っているにも関わらず、それに被せてきたクルエラの方だ。
しかし、この場で自分が正しいなどと言えるわけが無かった。
「ごめん、なさい…」
セラフィは膝の上で両手を握り締め、謝罪の言葉を口にした。
謝らなくていいのに謝ってしまう自分のことを情けなく思うのと同時に、このドレスを贈ってくれたエトハルトに対して申し訳ない気持ちで一杯になった。
彼の婚約者として自信を持って振る舞うために、お茶会で社交を学ぶことを決意したのに、結局何一つ変えられなかった。
正しいことを正しいとすら主張出来ない自分。
結末はいつも同じ。
責められて虐げられて謝って、それでも状況は好転しなくて、最後は自信を無くす。その繰り返し。
その先に自分が望む未来なんてあるはずがない。
「あら、責めるつもりは無かったのよ。ただ、セラフィさんのためを思って伝えただけで。だから気に病まないでね。」
キャサリンは白々しく言ってきた。
その表情からは、落ち込むセラフィを見て楽しんでいるようにしか思えない。
「本当に、キャサリンは優しいわ。」
「ええ、キャサリン様、私のためにありがとうございます。」
「キャサリン様は、お友達想いですわね。」
フローラ達がこぞってキャサリンのことを褒め称えてきた。
こんなこと、セラフィへの嫌がらせでわざと行っているに決まっているが、今の彼女にはそんなことに気づく余裕はなかった。
口々にキャサリンのことを褒める声と何も出来ない自分。嫌でも比較してしまい、劣等感がセラフィの精神を蝕んでいく。
彼女は俯いた顔を上げることが出来なかった。




