ランティスのお茶会③
「エトハルト!」
慌てた様子のマシューが走ってセラフィ達の元へと駆けつけてきた。
その後ろにはランティスの姿も見える。
「お前、やってないよな…?」
エメラドの悲鳴で騒ぎに気付き、辺りに殺気を撒き散らすエトハルトの姿を見たマシューは、彼が命まで取ろうとしていないか心配してやってきたのだ。
セラフィ絡みとなれば、彼はやりかねない…本気でそう思っていた。
「失礼だね。僕がセラフィの前でそんなことするはずないだろ。それに命を取っても何も面白くはないよ。やるなら、社会的に抹殺を…」
「せ、セラフィさん、向こうのテーブルに珍しい菓子があるんだが。」
「そうそう、アレは食べた方がいい。せっかく来たんだから。」
物騒なことを言い出すエトハルトに、ランティスは慌てて話に割り込んだ。必死過ぎて、自分でもよくわからないことを口走っている。
マシューもその話に乗っかり、気を逸らすことに全力であった。
「セラフィ!」
そこに救世主のごとく現れたアザリア。気を紛らわすには打ってつけの人材だ。マシューは期待の眼差しで彼女のことを見たが、様子が少しおかしい。
「アザリアお前、その両手はどうした…」
「え?むしろみんなはその手、どうしたのよ?何もないじゃない。」
現れたアザリアは、両手に皿を持ち、その上には所狭しとスイーツが取り分けられていた。
お茶会以前に、食べ物で両手を塞ぐなど、貴族令嬢としてあってはならないマナー違反であった。
そんなアザリアに呆れつつも、マシューは彼女から一皿受け取るとテーブルの上に置き、その代わりに飲み物の入ったグラスを手渡した。
それを当たり前のように受け取り口をつけるアザリア。
「で?二人は女子達に囲われていたようだけど、いい子はいたの?」
「「…ゴホッゴボッ!!」」
アザリアは、飲み物を口にしながら、さらりと聞いてきた。
思わぬ不意打ちに、ランティスとマシューの二人は盛大に咳き込んだ。
その惨事を目の前にしても微動だにしないアザリアの代わりに、セラフィがハンカチを差し出そうとしたが、ポケットに手を入れた瞬間、無言で二人に止められてしまった。
セラフィからハンカチを借りるほど命知らずな二人ではない。
目にも止まらぬ速さで内側のポケットからハンカチを取り出すと、取り繕うように口元を拭った。
「…何もないって。彼女達は俺に興味なんてないから。興味があるのは俺の将来性だけ。俺自身に興味を持つヤツなんていない。」
「右に同じく。まぁ、それでもいつかは結婚相手を決めなければいけないというのが中々難儀だな。」
マシューとランティスの二人は、似たような顔をしてため息を吐いた。
なんとなくこの二人は通じるところがあるらしい。
「だから私は、既に伴侶を決めているエトハルトのことが素直に羨ましい。いつも仲良さそうだしな。」
羨ましそうな瞳でエトハルトのことを見ると、自嘲気味に笑ったランティス。
「ふふふ、そうでしょ?セラフィは僕にとっての唯一で特別な存在だから。」
「え!!?」「はぁ!!?」
アザリアとマシューの声が重なった。
いきなり大きな声を出す二人に、周囲の視線が集まる。皆、今度は一体何事かという顔をしていた。
「いきなりどうした君たち…」
特に驚くべきでないと思うところで驚愕の表情を浮かべる二人に、ランティスは困惑を通り越して呆れ顔をしていた。
「はは、何でもないわよ。」
「そうそう、こっちのことは構わなくていいから。」
アザリアとマシューは皆に背を向けると顔を寄せてコソコソと話し出した。
「今のはなに!?とうとう自分の気持ち自覚したってこと!?え、セラフィにもそれ伝えているのかしら。」
「いや、早とちりはしない方がいい。なんて言ったってあのエトハルトだ。そう簡単に何かが変わるとは到底思えん…」
「確かに…そうよね。鵜呑みにするのは良くないわよね。慎重に慎重に…」
声を潜めて話す二人のことを不審そうな目で見ているランティス。
おい、彼らを放っておいていいのか、そうエトハルトに尋ねようとしたのだが、その僅か一秒後に後悔した。
「セラフィ、公爵家のチョコレートは絶品だよ。僕も前にもらったことがあるんだ。遠慮せずに食べてごらん。ね?」
「…いいよ、エティが食べて。」
「僕はセラフィにもこの美味しさを味わってほしいんだ。さぁ。」
人差し指と親指で摘んだチョコレートを嬉々とした表情でセラフィの口元に差し出すエトハルトと、恥ずかしそうに頬を染めて顔を晒すセラフィ。
婚約者同士のイチャイチャなど、完全に目に毒であった。
「今日は私が開いた茶会なんだが…」
自分だけ仲間外れにされている気分になったランティスは、一人呟いた。
その後、エトハルトの愚行に気付いたアザリアがセラフィのことを奪還しにかかり、一人寂しそうにしているランティスにマシューが絡みに行った。
そんなことをして皆で騒いでいる内にお茶会はお開きとなった。
実戦でマナーを学ぶために課題に出された今回のお茶会への参加。
その観点で言えば、評価されるような内容ではなかったが、セラフィにとっては、今まで参加したお茶会の中で最も楽しいものとなった。
色々あったけれど、最後にはそんなことどうでも良くなるくらい心から楽しむことが出来たお茶会。
セラフィは、次のクルエラのお茶会も楽しみだな、とそう思っていた。




