ランティスのお茶会②
公爵家のお茶会は、前回と異なり庭園で開かれていた。
参加人数が多いため、テーブルや椅子が用意されているものの、立食形式となっている。
セラフィ達が向かうと、皆すでに飲み物を片手に談笑していた。
同世代しかいないこのお茶会は、かなり盛り上がっているようだ。
エトハルトは、セラフィのことを一番端の席に座らせると飲み物を取りに行った。
彼女のことを気遣い、一番目立たない場所を選んでくれたのだ。
セラフィは、席に座りながら目だけで周囲を見渡した。
ランティスとマシューの二人は女子達に囲まれて戸惑った顔をしており、アザリアはなぜかビリーと話をしているようであった。だが、彼女の表情から察するに、一方的に絡まれているだけのようだ。
久しぶりにアザリアの姿を見たセラフィは、後で声を掛けに行こうと決めた。
ひと通り辺りを見渡し終わると、近くに人の気配がした。
エトハルトが戻ってきたのだと思い、御礼を言うために口を開き掛けたが、目の前にいた人物は銀髪の彼ではなかった。
近づいてきたのは、顔と名前は知っているが、話したことのないクラスメイトの男子であった。
なぜ自分の方に来たのか分からず、思わず振り返ったが、後ろの席は空席であった。ということは、彼はセラフィに用があるということになる。セラフィが困惑していると、彼の方から話しかけて来た。
「こんにちは、セラフィさん。僕は、エメラド・シーシャ。同じクラスだけど、話すのは初めてだね。」
黒髪黒目の大人しそうに見える彼は、にこやかに言った。
「え、ええ。こんにちは。」
相手の真意が分からず、セラフィは不審そうに相手の顔を見ながら挨拶を返した。
分かりやすい警戒のされ方に、エメラドは一瞬傷付いたような表情を見せた。
「君に婚約者がいることは知ってるから、安心して。僕はただ、セラフィさんの成績の良さに驚いてね、一度話を聞いてみたかったんだ。」
「そう、だったんだ。うん、私なんかで良ければ…」
セラフィはクラスメイト相手に警戒し過ぎてしまった自分のことを恥じた。
好意的な理由で話しかけてくれたにも関わらず、話を聞く前から疑うように相手のことを見てしまったからだ。
「良かった。セラフィさんは優しいんだね。」
エメラドは先ほどまでとは異なり、砕けた笑顔を見せた。
気安く話してくれるクラスメイトはいなかったため、セラフィは、こんな自分と気負いなく話してくれることを嬉しいと思っていた。
彼の笑顔に吊られて、セラフィも笑顔を見せる。
そんな二人の様子を見た周囲の者達は、コソコソと何か話し始めた。
だが、クラスメイトに話しかけてもらったことが嬉しかったセラフィはそれに気付かない。
「セラフィさんの瞳って綺麗な色をしているよね。」
「え…??」
エメラドの顔から笑顔が消え、真顔に近い無表情でセラフィのことをじっと見つめてきた。
いきなり豹変した彼に、セラフィは一気に恐怖を感じた。
何を考えているか分からないエメラドに、セラフィの身体は緊張して硬直した。
何か理由を付けてその場を去ればいいものの、こういった場に慣れていないセラフィは、上手い躱し方が分からず、真正面から受けてしまった。
「えっと、勉強の話、聞きたいんじゃ…」
「それも目的のうちの一つだけど、一番は、こうしてセラフィさんと二人きりで話してみたかったんだ。クラスメイトなんだから、話すくらい構わないだろ?」
そういう言い方をされてしまうとセラフィも断りにくかった。
相手に悪意があるのか単純な興味なのか、それがよく分からない。
だが、これ以上彼と話すことは苦痛だということだけは明確に感じた。
思わず助けを求めてアザリアやマシューの方を見たが、他の人と話している彼らはセラフィの異変に気付いていない。
相手に失礼かもしれないけど、
一旦席を外して、エティの元に行こう。
セラフィがそう決意したその時、エメラドが彼女に向かって手を伸ばしてきた。
「セラフィさんの髪って綺麗だよね。」
触られるっ………………!!!
そう思ったセラフィはぎゅっと目を閉じて歯を食いしばり、出来る限り顔を横に晒した。
こうまでされても、立ち上がって逃げ出す勇気がなかった。
彼女は、耐えることを選んだ。
「ぎゃあああああああっ」
エメラドの悲鳴に驚いて目を開けると、そこには見たこともないくらい怒りに満ちているエトハルトの姿があった。
「僕のセラフィに何してんの?」
エトハルトはセラフィに触れようとしたエメラドの手を容赦なく捻り上げ、蔑んだ目で彼のことを見下ろしていた。
その顔にいつもの微笑みはなく、全身から怒りが溢れ出ており、周りにいた人達まで彼の怒りに当てられて青い顔をしていた。
「今すぐ消えて。僕の大切な婚約者に触れようとしたこと、シーシャ家にはサンクタント家の名で厳重注意を行う。この意味が分かるな?それと、セラフィには二度と話しかけるは近づくな。彼女の名前を呼ぶことも禁ずる。分かったら早く行け。」
氷のように冷たく低い声で言い放ったエトハルト。掴んでいたエメラドの手を振り払うように離した。
恐怖に震えるエメラドは、泣きながら全速力でセラフィ達の元を走り去っていった。
「…セラフィ、遅くなってごめん。本当にごめん。」
エトハルトは固まるセラフィのことを抱きしめた。
彼の声は今にも泣き出しそうで震えていた。先ほどの姿とはまるで異なり、そこには一切の自信も威圧も無く、不安に押し潰されそうになっている。
「ううん、助けてくれてありがとう。」
エトハルトが来てくれて心から安堵したセラフィ。
自分がどれだけ彼に救われたのか、余すことなく伝えたかったのだが、言葉だけでは伝えきれないと思った。
自分と同じくらい、いや、自分以上に傷付いている目の前の彼に、自分の想いが一つでも多く伝わりますように。そう強く願ったセラフィは、優しく抱きしめてくれているエトハルトの背中に手を回した。
「感謝、してる。」
彼女の行動と言葉に、エトハルトの中で上手く言い表わせない感情が込み上げてきた。
嬉しくて、離したくなくて、もっと欲しくて、そばにいたくて、傷付けたくなくて、守ってあげたくて、頼って欲しくて、求めて欲しくて、そんな取り止めのない感情の数々。
理性的に処理しきれない感情で溢れたが、セラフィのことを抱きしめて抱きしめ返されると、自分の気持ちが少しだけ落ち着くような気がした。




